第4話 微熱

「──はあ、はあ……」


 翌朝……


 俺、江戸川えどがわ弓弦ゆづるはどうやら、先程まで夢を見ていた。

 それも、エドガーなる人物の夢を。


 英理香えりかの話によると、エドガーは前世の俺らしい。

 そしてエドガーは、英理香の前世であるエリーズと愛し合っていたようだ。


 先程見た夢でも、似たような展開が繰り広げられていた。

 俺は夢の中でエリーズに膝枕をしてあげ、その後もイチャイチャした──いや、してしまった。

 正直ドキドキしたし、夢なのにも関わらず今でもはっきり思い出せる。


 そういえば、膝枕の感触やエリーズの香りはやけにリアルだったな……


「まあいいや──そろそろ起きるか……」


 俺は布団をはがし、立ち上がる。

 ──が、ふらついて倒れてしまった。


「いてて……おかしいな……」


 何度立ち上がろうとしても、立ち上がれない。

 頭痛と倦怠感がひどい。

 俺は特に虚弱体質というわけではないが、今日は学校には行けそうにない。


「──お兄ちゃん、大丈夫!?」


 突如、妹である真央まおがドアを蹴破るようにして、俺の部屋に入ってきた。

 彼女は俺に、なんの脈絡もなく抱きついてくる。


「こ、これって……まさか! 弓騎士エドガーの魂が覚醒しちゃったのかなっ……!」

「あ、あのー……真央さん?」

「ううん、まだ完全には覚醒していないみたいだけど……──え!? う、ううん、なんでもないよっ!」


 真央はとても慌てた様子で返事をする。

 しかし依然、俺は彼女に抱きつかれたままだ。

 感触は柔らかく、温かくて気持ちいいし、いい香りもする。


 が、兄妹でこの状況はマズい。

 さっきも女の子とイチャイチャする夢を見てしまったし、いやらしい気持ちでいっぱいになる。


「お兄ちゃん、なんか熱っぽいね。今日は学校休んだほうがいいよ?」

「それは君が抱きついてるからなんじゃ……」

「そうじゃなくて、最初から熱かったんだもん」

「分かった。今日は学校休むから、離れてくれないか?」

「うん……」


 ようやく真央は離れてくれた。

 彼女は少し顔を赤らめつつも、しかし焦燥しきっているようにも見える。



◇ ◇ ◇



 とりあえず熱を測り、37.6度の微熱が出ていたのを確認した俺は、スマホを操作する。

 今日から毎朝英理香と電車通学する約束だったが、それについて謝らなければならないのだ。


「うっ……」


 俺は先程の夢を思い出す。

 夢でクラスの女子が出てきた時、しばらくは気まずい思いをしてしまうものだ。


 夢に出てきたのは英理香本人というわけではないが、彼女と瓜二つの少女と夢の中で、膝枕をしてあげた上に頭も撫でてあげたのだ。

 あまりにも気恥ずかしい。


 が、そうも言っていられないので、俺は電話することにした。


『おはようございます、英理香です』

「江戸川弓弦だ。おはよう、英理香──すまない、今日は学校休む事になった。一緒には登校できない」

『えっ……もしかして体調不良ですか!? お体は大丈夫なのですか!?』

「ああ、微熱と頭痛がひどくて……それに立っていられないんだ」

『それは大変ですね……あの、もしよろしければ、本日お見舞いをさせていただけませんか?』


 お見舞い、か……

 病気を移してしまう危険性もあるが、本人の気持ちを無下にするのも嫌だ。

 まあそもそも、俺の症状が感染症なのかどうかも分からないが。


「ありがとう。後で住所をメッセージで送るから、確認してくれ」

『分かりました。では放課後に伺いますね──失礼します』

「ああ、またな」


 俺は耳からスマホを外す。

 そして5秒程度「通話中」の状態が続いた後、俺は「終了」をタップして通話を切った。


 英理香、自分から電話を切らないんだな。


 俺は少し嬉しくなりつつ、地図アプリを開く。

 そして自宅の共有リンクを取得し、メッセージアプリを使って英理香に送った。


「よし……」

「──お兄ちゃん、誰と電話してたの?」


 先程まで俺の部屋から離れていた真央。

 彼女はいつの間にかこちらに戻ってきており、俺の傍にいた。


「え? ああ、友達だよ。今日の放課後、お見舞いに来てくれるんだ」

「そうなんだ、よかったね!」


 真央はまるで自分の事のように喜んでくれている。

 耳元で大声を出されて耳が痛いが、まあそれは些細なことだ。


「で、どんな人?」

「えっと……あまり良くは知らないけど、優等生のクラスメイトだよ」

「知らないってどういうこと? 友達なんだよね?」

「友達になったばかりなんだ。ほら、昨日話した女子のクラスメイトだよ」

「え……それってお兄ちゃんに告白してきた子、ってことだよね……」

「断ったけどな」

「だ、だったら大丈夫……かな。あはは……」


 真央は微妙そうな表情をしながら、苦笑いしていた。

 英理香と仲良くできたらいいんだが……



◇ ◇ ◇



「真央、学校に行かないのか?」


 8時過ぎ……

 布団で寝ている俺の傍には、真央が座っていた。


 彼女は高校1年生で、俺と同じ高校に通っている。

 今家を出なければ確実に遅刻することを、俺は知っている。


「お兄ちゃんが心配なんだもん。お母さん、今日はお仕事だし……だから今日は私も休むよ」


 両親は共働きである。

 そのおかげで俺たちは比較的裕福な生活を送れているのだが、今回のような事態が発生した時に面倒だ。


 だが──


「別に微熱と頭痛だけなんだから、俺一人だけでも留守番できるんだがな」

「ダメ! 絶対ダメ! なにかあったら困るからっ!」


 真央は必死になって否定する。


 まったく、まいったな……俺はガキじゃないんだが。

 そもそも、真央のほうが年下なんだが。


「分かった。今日は真央に看病してもらおうかな。よろしく頼む」

「うん! 私にいっぱい甘えてもいいんだよ?」

「甘えないけどな」

「じゃあ私から甘えるね! えへへ」


 真央はそう言って、嬉々として俺の布団に入り込んできた。

 もしかしたら風邪引いてるかもしれないのに、移ったときのこととか考えないのだろうか。


 それに、なんだか薔薇のような甘い香りがする。

 兄妹でこれはマズいのではないのか。


 だが今の俺は身体が上手く動かないので、彼女に対して抵抗することはできない。

 なので、とりあえず目を閉じて瞑想することにした。



◇ ◇ ◇



「そろそろ腹減ったな……」


 12時頃……

 腹の虫が鳴った。

 どうやら食欲はあるようで安心している。


 真央は十数分前に「おかゆ作ってくるね」と言って、部屋を出ていった。

 もうそろそろ戻ってくる頃合いか。


「おかゆできたよ、お兄ちゃん」

「ありがとう」


 真央は俺の布団の横に、お盆を置く。

 お盆の上にはおかゆが載せられていた。


 おかゆには梅干しが添えられており、見れば条件反射によって唾液が出てくる。

 俺はスプーンを取ろうとするが、何故かお盆の上にそれはなかった。


「真央、悪いがスプーンを持ってきてくれ」

「ううん、大丈夫だよ。私が食べさせてあげる」


 真央はそう言って、スプーンでおかゆをすくう。

 そして潤んだ瞳で俺を見つめつつ、「あ~ん……」と言いながら差し出してきた。

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