第5話 食事とお見舞い

「あ~ん……」


 昼食のおかゆ。

 妹の真央まおは、俺に食べさせてくれるというのだ。


 ぶっちゃけていえばとても恥ずかしいので、俺は断ることにした。


「いや、恥ずかしいからいいよ。自分で食べる」

「せっかく食べさせてあげようと思ったのに、そんな事言うんだね。お兄ちゃんは酷いね」


 真央は落ち着いた声音ではあるもの、唇を尖らせ抗議している。

 なんだか申し訳なくなってきた俺だが、それでも──


 ふと、真央がスプーンでおかゆをすくい始めた。

 自分で食べるって言ったのに……


 そのスプーンを自身の桃色の唇に近づけながら、真央は妖しく笑いながら言った。


「ふふふ……あ~んと口移し、どっちがいい? 私はどっちでも大丈夫だよ?」

「あ~んでお願いしますっ!」


 即答だった。

 真央の口を介して食事をするよりも、スプーンで食べさせてもらったほうがマシだ。

 色んな意味で。


 俺の答えを聞いた真央は、したり顔で言う。


「最初からそうやって素直にしていればいいんだよ──あ~ん……」


 真央はスプーンを差し出す。

 俺は口を開けておかゆを口にする。


「塩味がきいていてうまいよ。作ってくれてありがとう」

「本当? ありがとう! ──あ~ん」


 俺はまた、真央からおかゆをもらう。

 真央は「えへへ……」と笑みを浮かべたあと、言った。


「なんだかこうしていると、恋人同士みたいだね」

「ぶはっ!?」


 俺は思わず吹き出してしまった。

 まだ飲み込んでいなかったおかゆが、真央の顔にかかる。


「す、すまん! 顔が汚れちゃったな……」

「お兄ちゃん可愛いね~。何の単語に反応しちゃったのかな~?」


 邪悪な笑みを浮かべながら、真央は俺に迫る。

 俺は質問に対しては黙秘権を行使し、ティッシュを取り出す。

 そして真央の顔を拭いた。


「あんっ……唇、触らないで……変な感じ……」

「俺をからかった罰だ。それと、変な声出すな」


 真央は顔を真赤にして、目を潤ませながら抗議してきた。

 だが俺はそれを意に介することはない。


 真央の顔に付着した米粒を取り除いたあと、床も拭いておく。


 俺はこのあとしばらく、真央におかゆを食べさせてもらった。

 兄としては少しだけ悔しいが、それよりもいい妹を持った事を喜ぶ気持ちのほうが大きかった。



◇ ◇ ◇



 17時頃、インターホンの呼び出し音が聞こえてきた。

 どうやらお客さんが来たらしい。

 少し身体がだるいが、もうそろそろ立ち上がれるので応対しないと……


「お兄ちゃんはここで待っててね。私が出るから」

「分かった、頼む」


 真央は足早に俺の部屋から出ていく。

 まだ少し体調不良が残っているので、俺は彼女の働きに内心ホッとしていた。


 それから数分くらい経過して……


「お、お兄ちゃん……お客さんだよっ……」

「こんにちは、弓弦ゆづる。お加減はいかがですか?」


 何故か怯えている様子の真央とともに、クラスメイトの英理香えりかが現れた。

 時間的に、授業が終わってからすぐに駆けつけた、といったところだろう。


 英理香の気遣いに、俺はとても嬉しく思った。

 それと同時に、夢でエリーズとイチャイチャしたことも思い出してしまう。

 エリーズと英理香は瓜二つだ。


「弓弦、顔が真っ赤ですよ? 大丈夫ですか?」

「いや、大丈夫だっ! ──えっと、熱も少し下がったし体調は良くなってる。英理香、今日は来てくれてありがとう」

「いいえ、私にできることといえば、これだけですから」


 英理香は俺の枕元に正座する。

 エリカの花の甘美な香りが、ふわりと部屋中に漂ってきた。


 英理香はかばんから紙を何枚か取り出し、俺に手渡してきた。


「こちら、本日配られたプリントです。それと、授業のノートもコピーしてきましたので」

「ありがとう」


 英理香のノートのコピー。

 綺麗かつ丁寧な字で、とても分かりやすくまとめられていた。

 恐らく板書以外にも、自分が気づいた事を書き込んでいるものと思われる。


 文字や文章には人柄が表れる、などというつもりはない。

 だが、少なくともこのノートに関しては、英理香の真面目さ・賢さ・優しさにあふれているような気がした。


 それに何故だか知らないが、少しドキドキしないわけでもない。

 これが、英理香の字なんだ……


 俺は立ち上がる。

 少し身体が重いが、朝立ち上がれなかった事を考えればだいぶマシになってきている。


 かばんから財布を取り出し、千円札1枚を取り出す。


「英理香、受け取ってくれ」

「そんな……受け取れません!」


 英理香は心底困惑している様子だった。

 だが誠意を示さなければ、俺の気がすまない。

 まあ、嫌がる相手に無理やり誠意を示すのもどうかと思うが、もうひと押しくらいしてもいいだろう。


「これは交通費と情報料、そして自分の時間を犠牲にしてまで見舞いに来てくれたお礼だ──受け取ってくれ」

「わ、分かりました……ありがとう、ございます……」

「何を言っているんだ。むしろこっちが礼を言う筋合いなんだ。ありがとう、英理香」

「は……はい!」


 英理香はとても嬉しそうにしていた。

 その顔を見ていると、もっと「ありがとう」と言いたい気分にさせてくれる。


「そういえば昔からずっと、エドガーはこういう人でしたね……」


 英理香は目を細め、この俺・江戸川弓弦の前世らしい「弓騎士エドガー」なる人物について、懐かしむように言った。

 俺が見た夢の正体を知るには、今が好機なのかもしれない。


「英理香、エドガーについてだが──」

「もしかして、思い出したのですか!?」

「いや、昨日ちょっと夢を見ただけなんだが……エドガーってもしかして、君に膝枕とかよくしていたのか?」

「はい……エドガーの膝の上は、いつも落ち着くんです……撫でられるのも気持ちいいですし……それにエドガーも、私の膝の上でよく寝ていたのですよ?」


 英理香は懐かしむように語った後、「覚えていませんか?」と言わんばかりに俺に同意を求めてくる。

 俺は昨日見た夢の内容以上のことを、何も知らない。


「エドガーは魔王討伐の旅で荒みきっていた私を、いつも癒やしてくれました……励ましてくれました……弓弦、今は思い出せなくても構いません。でもいつか前世のように、私のことを愛してくださいね?」


 英理香は挑発するような表情で、俺にそう言った。


 あ、愛してくださいねって……

 俺と英理香はまだ付き合ってすらいないんだが……


 一方、真央が身体をワナワナと震え上がらせた。

 そして「魔王討伐」という単語を小さく、そして何度も呟いていた。


「あ、ああ……や、やっぱりこの人……勇者、なんだ……助けて、お兄ちゃん!」

「うおっ!?」


 真央は目に涙を浮かべながら、俺に抱きついてきた。

 一体何が起こったのか、俺には分からなかった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る