第2話 二人での帰り道

 駅のプラットホームにて、俺と英理香えりかは電車を待っている。

 我が校から徒歩10分という立地にあるこの駅は、生徒たちの姿でいっぱいだ。


 俺はかつてソロプレイヤーとして、駅という名の小規模ダンジョンを毎日攻略していた。

 仲間内で談笑する生徒たちを尻目に、スマホでネットサーフィンをするような人間だった。


 だが、今は違う。

 俺にも仲間が、しかも女の友達ができたのだ。

 思わず小躍りしたくなるような気分だった。


 俺は英理香に話を振る。


「英理香、部活はなにをやってるんだ?」

「華道部です。週1回の活動なのですが、お花はとても綺麗で見ていて癒やされます。それに前世でも、私にたくさんのお花をプレゼントしてくれましたよね? それを思い出すのです……」


 英理香はとても楽しそうに、華道部の活動について語ってくれた。

 その顔を見ていると、こっちも笑顔になれる。


 もっとも、俺が前世で花をプレゼントしたことについては、まったくもって身に覚えがないのだが。


「華道部は女子ばかりですし、弓弦ゆづるも途中入部しませんか?」

「いや、やめとくよ。花は好きだし華道は面白そうだけど、女子ばっかりなら恥ずかしいし」

「うそ……あのエドガーが、女の子に対して恥じらうですって……!?」


 英理香は口元を塞ぎ、ありえないものを見たような表情をしていた。


 確か「エドガー」というのは、俺の前世という設定だったはずだ。

 エドガーは結構な女たらしだったのかもしれない。

 さっき英理香は「花をプレゼントしてくれた」と言っていたが、それは女の子を落とすためのテクニックとしてなのだろうか。


「でも、良かったです。他の女の子に目移りせず、私だけを愛してくださる……もしそういうことなら嬉しいです」

「い、いやー……まだ君とは友達だから──お、来た」


 電車の走行音とブレーキ音が、ホームに鳴り響く。

 圧縮空気が抜ける音とともに、ドアが開いた。


 車内はかなり空いており、二人とも座れそうな感じだ。

 俺と英理香は隣合わせで座席に座る。


 エリカの花のような甘い香りがして、なんだか落ち着かない。

 綺麗でスラッとした脚が、なかなかに魅力的だ。

 思わず目が吸い寄せられてしまう。


「弓弦のエッチ……うふふ」


 英理香に耳元で囁かれる。

 甘い声と熱い吐息。


 俺は陥落した。


 「まずは友達から」と、英理香の告白を有耶無耶にした俺。

 そのことを軽く後悔しそうになる。


 ──いや、それはダメだ!

 まだ俺は英理香のことをよく知らない。

 性欲に身を任せて告白を受けるなど、お互いにとって不幸だ。


 いや、そんなことを考える前に、言わなければならないことが!


「ご、ごめん。綺麗だなって思って、思わず見てしまった……」

「弓弦なら大丈夫です──けれど勘違いしないでください。弓弦以外の人に同じことされたら私、怒っちゃいますから。弓弦以外には気安くありませんから」


 つまり英理香が言いたいことは、「俺だけは特別」ということなのだろう。

 それはとても嬉しい。


 が、どうしてそこまで俺を特別扱いしてくれるのか……

 本当に、前世で英理香と恋人関係だったのだろうか。


「──おっと」


 車内アナウンスが、次の停車駅を告げる。

 俺はこの駅で一旦降りて、電車を乗り換えなければならない。


 もう少し、英理香と一緒にいたかったな……

 って、何彼氏みたいなこと言ってるんだ、俺。


「俺、次の駅で乗り換えるから」

「私もです」


 よかった、もしかしたら乗り換え先でも一緒かもしれない。

 俺は期待を胸に電車を降りる。



◇ ◇ ◇



 が、駅構内の分かれ道にて──


「俺、こっちなんだ」

「あ……そうなのですか……」


 英理香は少しだけ残念そうな表情をしていた。

 俺も彼女と同じくらい、いやそれ以上に残念だという自負はある。


「あ、あのっ! 連絡先、教えてくださいませんか……?」

「そういえば友達になったというのに、まだしてなかったな」


 俺と英理香はスマホを取り出し、メッセージアプリを起動させる。

 そしてQRコードを読み取って、俺たちはアプリ上の「友達」となった。

 これで、電話やメッセージ機能が使えるようになる。


 「友達」は家族と、そして疎遠になってしまった人々しかいない。

 そんな俺にとって、英理香の提案は天恵に等しかった。


「それと、明日の朝もこの駅で待ち合わせしませんか?」

「分かった、一緒に行こう──誘ってくれてありがとう」

「はい! ──それでは、また明日」

「ああ、じゃあな」


 俺と英理香は駅の分かれ道で別れる。

 だが俺は彼女とのつながりを、より強く感じられるようになった。



◇ ◇ ◇



「ふう……」


 ようやく俺の家にたどり着く。

 ドアを開けた途端、なにやらドタドタと大きな足音が聞こえてきた。


「お兄ちゃん!」

「うおっ!?」


 ものすごい勢いで俺に抱きついてきた妹。

 彼女は江戸川えどがわ真央まお、同じ高校に通う1年生だ。


 真央からは体温と、そして薔薇のような甘い香りを感じた。


 彼女は長めの髪を左右に結い、ツーサイドアップにしている。

 背丈はかなり小さい上に貧乳で、とても可愛らしい。


 ──まあ、妹に「可愛い」はないかもしれないが。

 だが、学校ではそこそこモテているとも聞く。


 真央は俺を勢いよく抱きしめ、上目遣いをしながら言う。


「お兄ちゃん、おかえりっ!」

「ああ、ただいま」

「くんくん……はあ、いい香り……ん? くんくん……」


 真央は俺に密着し、何やら匂いを嗅いでいるようだ。

 いくら妹とはいえ、とても恥ずかしい。

 それに、どうして俺の体臭を好き好んで嗅いでいるのか、俺にはよく分からない。


「あ、あれっ!? なんでお兄ちゃんから勇者の魔力が!?」

「えっ!?」


 突如、真央は慌てた様子で叫んだ。

 どうやら「勇者」を名乗ったクラスメイト・英理香だけでなく、我が妹までもが中二病になってしまったらしい。


 ──これは、賑やかになりそうだな……

 真央が狼狽しているのを尻目に、俺はそんなことを思っていた。

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