Sランク冒険者、ジークフリード

「あれで……よかったのでしょうか?」



 ルリカが不安そうな表情をみせて聞いてくる。



「これ以上襲われることがなくなったんだ。喜ぶと良い」



 再び仮面を付けるとルリカの方を振り向く。

 それよりも彼女には言っておくことがある。



「さっき、俺の名前を聞いたな?」

「はい。えっと、クロウリッシュ――」

「いや、俺の名前はアインだ。さっきのは忘れてくれ」

「でも、貴族って……」

「それも忘れろ!」

「わ、わかりました」



 少し怯えた様子を見せながらルリカが小さく頷いていた。



「それよりも全て終わった。里へ戻るぞ」

「わかりました。案内しますね」



 ルリカが先に進んでいこうとする。

 しかし、そのときに人の気配を感じる。


 またさっきの冒険者が戻ってきたのだろうか?


 不思議に思いながら目を凝らせて見る。

 すると全く違う白銀の鎧姿の男が近づいてくる。



「……魔女か?」



 低い声を出してくる。

 見た目からは騎士のように思えるが、聞いてきた内容から冒険者ではないかと予測する。



「お前の方こそ冒険者なのか?」

「……なんだ、俺のとこを知らないのか?」



 有名人なんだろうか?

 ただ、まだこの世界のことに疎い俺が知るよしもなかった。



「――知らんな。誰だ、お前は?」

「そうか……。俺もまだまだだな。俺の名前はジークフリード。冒険者をしている」

「……冒険者か。俺はアインだ。それとこいつは魔女ではない。ルリカだ」

「しかし、白銀赤眼の少女……という話だった。かなり危険なユリース人の生き残りという話だぞ」



 ユリース人?

 種族名なんだろうか?



「種族なんて知らんな。こいつが実際に危険かどうか……、それが全てじゃないか?」

「それもそうだな――」



 意外と物わかりの良い奴だった。

 でも、有名な冒険者なんだよな?

 かなり高ランクを見た方が良いだろう。


 マントの下にある巻物に触れようとする。

 しかし、その瞬間にジークフリードが持っていた大剣を突きつけてくる。


 み、見えなかった……。


 あまりの動きの速さに全く見えなかった。

 冷や汗を流しながら、巻物に触れようとした手を止める。



「その服の下のものは触れないでくれよ。余計なことをされるとつい切ってしまう」

「――やはりお前も冒険者……ということか」



 ちょっとは見所のある奴かと思ったが、やはり不正が横行するギルドの冒険者……ということのようだ。



「あぁ、これでもSランク冒険者だからな」

「……っ!?」



 Sランク冒険者というとブライトが人外と言っていた連中のことだな。

 ブライトで勝てないなら戦闘で俺に勝てるはずがない。

 それならさっきの冒険者のように買収するか?



「それでお前はいくらでこの子を殺る依頼を受けたんだ?」

「……受けていない」

「――はぁ!?」

「俺はお前が言ったとおりに本当に魔女が悪い奴なのか確認しに来ただけだ」

「冒険者なのにか!?」

「冒険者かどうかは関係ない。困っている人間を助けるのが我々の仕事だ!」



 どうやらこの男は俺のイメージ通りの冒険者のようだ。

 不正も関係なく……。

 おそらく今の地位は実力で勝ち取ったのだろう。


 不正を使っていない……、強すぎるからこそのSランク冒険者。



「……それでこいつはどうだ? 悪い奴か?」

「いや、違うな。どうやら魔女の話はデタラメだったようだ」

「それならそろそろ俺の離してくれないか」

「……その仮面を取ってくれないか? お前が怪しいやつかはまだ見ていない」

「……それはできない」



 さすがに冒険者に今の活動を気取られるわけにはいかない。

 ただ、どうしても殺されそうなら――。

 少し考えたけど、俺が折れる前にジークフリードが首を振って呆れ顔になる。



「まぁ、このくらいの能力なら気にするほどでもないな」



 剣を離してくれ、ようやく一心地付く。

 しかし、態度には出さないように気をつける。



「わかってくれて嬉しいぞ。では俺たちはそろそろ行かせてもらう」

「それならば、俺も同行させてもらおう」

「――どうして?」

「魔女の隠れ里も確認しておきたい。無論、ここが安全ならギルドにはそのように報告させていただく」

「……わかった。一緒に付いてこい」



 それから俺たちは隠れ里の方へと戻っていった。



◇◇◇



「アインを、放せ―!!」



 隠れ家にたどり着くと、突然ブライドがジークフリードに襲いかかっていた。

 確かに味方によっては俺が捕まっているようにも見えるだろう。

 でも、勝ち目のない相手に挑むのは蛮勇でしかないぞ……。


 とりあえず、ジークフリートとまともに戦わせるのはまずい……。

 俺は巻物で地面に小さな土の突起物を作る。

 すると、それにつまずいたブライトがそのまま転けていた。



「落ち着け、ブライト! 俺は捕まっていない」

「あ、あれっ? そうなのか? しかし、そいつはSランク冒険者のジークだろう?」

「あぁ、そうだ」

「どう考えてもてきじゃないか!」

「いや、いきなり襲ってこないから大丈夫だ」

「ほ、本当なのか?」

「安心しろ!」



 俺が説得してようやくブライトは安心していた。



「しかし、アインを捕まえたわけじゃないのなら、どうして冒険者がこんなところに――」

「私も現状を確認しておきたかった……。それだけだ」



 短い言葉で言い切るジークフリード。

 その表情はかなり強張っていた。



「本当にすまなかった……。私にできるだけの援助をさせてもらう。あと、今後手出しさせないように提言させてもらう。私にできることはそれしかないが、本当に冒険者達が住まなかった……」



 頭を下げて謝るジークフリード。

 それを見て、俺は思わず感心してしまう。


 もう完全に腐りきっていると思っていたギルドにもこういった人間がいるんだな。


 彼だけかも知れないが、ジークフリードを旗印に掲げたらギルドは元の姿へと変わっていくかも知れない。


 少しは光明が見えたギルド。

 あとはジークフリード以外をどう排除するか……、それを考え始める。



◇◇◇



 壊れた建物の補修やけが人の治療を手伝った後、ジークフリードは帰っていった。

 そして、俺たちの方だが――。



「なぁ、ここの家を借りて隠れ家にするのはどうだ?」



 ブライトが提案してくる。

 まぁ、ブライトがこの森に身を潜める以上、それが良いだろうな。



「しかし、借りられる家なんてあるのか?」

「あぁ、何でも助けてくれたお礼に一件譲ってくれることになったんだ」

「それならこれからはここに集まるか――」



 ブライトと相談し合っているとルリカが近づいてくる。



「その、私もその活動に参加してもいいですか?」

「さすがに嬢ちゃんみたいな子供に参加させられるか。なぁ、アイン――」



 ブライトが視線を送ってくる。


 確かに言いたいことはよくわかる。しかし、このままルリカを放っておくことはできるのか?

 仕方なかったとはいえ、俺の正体を知っている彼女を……。



「いや、ルリカには参加してもらう――。今は少しでも人手が欲しいところだ。それに、魔法が使えるんだろう?」



 首を縦に振るルリカ。



「しかし、魔法ならアインも――」

「俺の巻物も有限だぞ?」

「――そうだったな。わかった。その代わり、あまり危険なところには連れて行かないからな。極力アインと行動をしろ」

「わかりました……」

「いや、俺は一人で――」

「お前が崩れたら、俺たちは終わりだからな。俺が常に付き従えない以上、誰か護衛においておきたかったんだ」

「はぁ……、わかった。ならルリカは俺と一緒に来い。でも、家族と離れることになるのは良いか? もう戻ってこられなくなるかも知れないぞ?」

「はい、国に復讐をするまでは戻らないって決めましたので――」



 決意のこもった視線を向けてくる。

 別に国に復讐をしたくて動いているんじゃないんだけど……、こうなってくるとそれを前提に、俺が殺されないようにだけしておく方が無難な気がしてきたな。


 一応いくつかの対策を考えた上で、動かなくてはいけないな……。

 そのためにも一度王国の様子を探った方が良さそうだな。



「なら、ルリカは俺に付き従ってくれ。ブライトはこの辺りで困っている奴がいたら助けてやれ。しばらくはここで強化を計る」

「いざというときに力になってもらえるようにするんだな。わかった。任せておけ!」



 ブライトは自信たっぷりに言ってくる。

 元々ここ相手にはしていたことだからな。

 これは問題ないだろう。



「では、ルリカ、行くぞ!」

「はい」



 隠れ里はブライトに任せて、俺たちはヴァンダイム領にある館へと戻っていった。

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