兵の襲撃
ブライトと約束をした三日後まで俺も自分で出来ることを始めていた。
まずは兵士達の様子を視察する。
「く、クロウリッシュ様!? こんなところにどうして?」
まずは城壁の詰め所に顔を出す。
すると口をぽっかり開けて驚かれてしまう。
「ここ最近、暴動とか兵が殴られたりとかしていたからな。様子を見に来たんだ」
「そうなのですね。ですが、ここではいつもの変わらずにのんびりしていますね」
確かに門を通ってる人はかなり少ない。
逆の意味で心配になってくるな――。
でも、通行税がかなり高いのが原因だからな。
無用の場合に通る人がいないのは十分に理解できる。
通行税を下げることが出来るなら、容赦なく下げたいところだが、俺はあくまでも公爵子息。
貴族の息子という立場なので、税金を触ることはできない。
それが国民を苦しめているとわかるのに、ただ眺めているしか出来ない歯がゆさ……。
こういうものの積み重ねが反乱に繋がってくるのに……。
ただ、それを兵に伝えても仕方のないことだ。
ここの兵は普通に仕事をしている様子だった。
それならば、俺自身が手を出せることはないだろう。
「すまんな、時間を取らせた」
「いえ、クロウリッシュ様が直々に出向いてくださって、兵の士気も上がったと思います」
「ははっ、そうだと良いのだけどな」
適当に話を合わせて、詰め所を後にする。
そして、三日間。
他の兵も含めて不正がないかを調べて回ったが、俺が来たときには何もしないようで変わったことがなく終わっていた。
◇◇◇
そして、ブライトとの約束の日。
俺は使用人達を集めていた。
「今晩から少し外に出る。数日帰ってこないかもしれないが、気にしないでくれ」
そのことを使用人に告げた瞬間に、彼らの動きが固まった。
各々が不安そうに話し合い、その中の一人が小さく手を上げて言ってくる。
「な、なにかあったのですか?」
「いや、特になにもないが――」
その返答を聞いて安心したようにため息を吐いていた。
家出をしてもう帰ってこないと思われたのだろうか?
さすがに今はまだ出て行くわけにはいかない。
ここにいる間は貴族からの情報も集めることが出来るのだから――。
「そう……ですか。いつお戻りでしょうか?」
「遅くても数日後に戻ってくる」
「かしこまりました。では、いつお戻りされても大丈夫な様に待機させていただきます」
軽く頭を下げてくる使用人達。
ただ、俺がいないときくらいはゆっくりしてくれたら良いのにな……。
そんな彼らの様子を見て、思わず苦笑をしてしまう。
「あぁ、よろしく頼む」
「あと、護衛の兵は――」
「いらない。邪魔になるだけだ」
「かしこまりました。では、そのように手配させていただきます」
メイドが軽く頭を下げてくる。
しかし、余計なことを気取られたかもしれない。
貴族の人間が護衛も付けずに出歩くわけだもんな。
隠れて付いてくる兵がいる可能性もあるな。
念のために注意をしておこう。
それと、この館に待機しておける人間は必要になるだろうな。
もしくは館の人間を懐柔して――。
いや、ここにいる者たちは皆、父に雇われている奴らだ。
もし、俺の行動に気取られてしまうと、それはそのまま父へと報告されてしまう。
貴族らしい行動を常にしないといけない。
ただ、元々のクロウリッシュが勝手気ままな生活だったのが幸いした。
自由奔放な性格だったので、逆に真面目に政務の補佐をしていたら目を点にして驚かれてしまった。
まぁ、俺もあくまでもやっている素振りを見せただけなんだけどな……。
むしろ、こうやって数日出掛けた方が疑いをもたれないだろう。
元の性格に戻っただけ……。元々がそういう性格なのだから――。
難しく考える必要はない。
今は行動するしかないのだから――。
「あっ、そういえば一つだけ注意してください。最近ヘクセルの森で魔女を見かけた……という報告があります」
「魔女? それがどうかしたのか?」
魔法が普通にある世界なんだから、別に魔法が使える女の人なんておかしくもない。
しかし、使用人が言ってきたのはそういうことではなかった。
「魔女は人間を見かけたら容赦なく襲ってくると聞きます。既に旦那様から『国が依頼して冒険者ギルドが動いているから安心してくれ』という連絡を受けておりますが、出歩かれるのでしたら注意を――」
「あぁ、わかった。注意だけしておく」
わざわざギルドが動く?
そこまでしないといけない相手なのだろうか?
俺はどこか心に引っかかるものがあった。
◇◇◇
夜になると仮面を付けて、ブライトが待つ貧困街へと向かっていく。
少し遠出になるため巻物と金は多めに持っていく。
まぁ、森の方へ行くのだから金を使うかと言われたら疑問符が浮かぶが。
相変わらず嫌な雰囲気の町中を堂々と
乞食の連中が俺のことを獲物のような視線を向けている。
いざというときは巻物でどうにかするしかないだろう。
隙を見せないように俺も警戒心を解かずにまっすぐに進む。
最低限、いつでもブライトに連絡が出来るようにしておきたい。
そのための行動だ。
むしろ、少し離れた距離にある方が助かるかも知れない。
安心して対話することが出来るからな。
ヘクセルの森か……。一応ブライトに注意喚起も必要だろうな。
いきなり襲ってくる魔女……という人間について。
でも、気になる点もある。
襲ってくる……ということは襲われた側の人間もいるはず。
そして、最近連絡があったということは俺がクロウリッシュになった後の話だろう。
『――どうしてそれを俺より早く国の連中が知っているんだ?』
ヘクセルの森から一番近い町はここ、ヴァンダイム領の町だ。
真っ先に襲われた物の情報が入ってくるはず。
それなのに、それを真っ先に知るべきはずの俺にまで情報が回ってこなかった。
意図的に隠されていたのか、それとも被害者などいないのか……。
魔女についてはもう少し情報を仕入れる必要があるな。
本当に魔女が加害者かどうかも……。
その辺りを調べるのはブライトがうってつけだろう。
この森に身を潜めているのだから――。
もし、魔女も国や貴族に虐げられているならその場合は――。
とにかく今はブライトとの合流を急ごう。
俺は城壁へと急いでいく。
◇◇◇
「アイン、来たか」
貧困街の先でブライトは腕を組んで待っていた。
どうやらしっかりと戻ってこられたようだ。
「――待たせたか?」
「いや、問題ない。では早速ヘクセルの森へ向かうか」
「あぁ……」
ブライトの後を歩いていく。
そして、畑を通り過ぎようとした瞬間にブライトは立ち止まる。
そのことを不思議に思い、ブライトに話しかける。
「――なにかあったのか?」
「あぁ、敵だな」
魔物でも現れたのだろうかと思い、目を凝らしてみる。
すると、そこにいたのはブライトに殴られた兵士だった。
ただし、剣を向けていた。
盗賊か? いや、あの姿は――。
どこかで見覚えのある姿。
……というより、巡回を頼んだ兵士じゃないのか?
なんで巡回兵が剣を向けてくる?
俺たちのことを不審者と思っているのか?
「待て。まだ攻撃するな」
「しかし、奴らは
しかし、俺はブライトの制止を聞かずに兵たちの前に出る。
「やはり現れたか。しかもおあつらえ向きに仲間も連れて……。クロウリッシュ様の読み通りだな」
……っ!? どうしてそこで俺の名前が出てくるんだ!
驚きの出来事に思わず声を詰まらせる。
しかし、ブライトはこの状況も予想通りだったようだ。
「まぁ、何もなしで終わるとは思っていなかったぞ。貴族の奴らは
……っ!?!?
ブライトからも驚きの言葉が出てくる。
もしかして、俺ってそんな残虐な性格に見えていたのだろうか?
こう見えてもそれなりにまともに暮らしていたつもりなんだけどな……。
って違う! どうして、俺が兵を差し向ける命令をしたことになっているんだ!
俺はちゃんと『手を煩わせるな』と言ったはずだ。
それと同時に魔物とかが襲ってこないようにしっかりと夜も見張りを……。
そこでだんだん思考がゆっくりになってくる。
魔物が襲ってこないようにしっかりと……?
もし、この魔物がブライトのことを指していると思われたら――?
ブライトを逃がしてからの指示で、しかも夜を指定している。
俺の指示を勝手に『暗殺しろ』と思われたのだろう。
おそらく、やられた恨みを返すために自分がやりたい方向に考えをねじ曲げて――。
なんで素直に受け取ってくれなかったのだろうか……?
思わず頭に手を当ててしまう。
「はぁ……」
「くっ、貴様! 何がおかしい!」
俺がため息を吐くと兵士が過剰に反応してくる。
「いや、何でもない。お前たちがあまりに不憫でな」
今のアインとしての反応はこうするしかなかった。
力の差がかなりある状況だとわからせるために、強者に見せる。
あくまでも態度だけでしかないが、それでも表情が見えないので相手が感じる印象はガラッと変わる。
「な、何を!?」
兵士は俺の様子を見て、思わず身構えていた。
「なんだ、怖いのか? それなら戦おうとするな。今なら逃がしてやる」
出来れば逃げてくれ……。
兵を傷つけるとそれはそれで問題になるんだ――。
心の中で祈っていたのだが、兵士は顔を真っ赤にしていた。
「くっ、舐めやがって。死んで後悔しろ!」
殺気をむき出しにしながら、俺に向けて駆けだしてくる。
「ど、どうするつもりだ、アイン。殺されるぞ!」
「いや、安心しろ。この程度問題ない」
このまま放置しても、良い結果にはならない。
わざわざ待ち伏せをしてまで、国民を殺しに来る奴だ。
それに殴られたのもこいつ自身が悪いのだから、しっかり罪は償わせる必要がある。
それならば――。
「死ねー!!」
兵が思いっきり剣を突き立てようとしてくる。
しかし、それよりも早く、巻物の魔法を発動させる。
すると、次の瞬間に兵士の周りを壁が覆っていた。
今回は逃げ道を作る必要もない。
完全に覆ってしまい、逃げられなくしておく。
呼吸はできるように小穴は開けておくが……。
「こ、これは、巻物⁉︎」
「あぁ、そうだ。もうそこから動けまい」
「こ、この程度で……」
兵士が必死に壁を壊そうとするが、全く抜け出すことができていない。
ブライトなら簡単に壊せそうだが、この兵はそこまで力があるわけではないようだ。
無事に兵を捕まえることが出来た後、ブライトが近づいてくるがその表情はどこか腑に落ちていないようだった。
「ど、どうしてそんな奴の命を救うんだ……?」
ブライトが不思議そうに問いかけてくる。
敵だ、と言っていたほどだ。貴族の兵という時点で恨みも持っているのだろう。
ただ、殺し合っていてはいつまでたってもどちらかの不満は残る。
どこかで不満の連鎖は断ち切る必要がある。
「こんな奴を殺してなんになる!」
「し、しかし、こいつら兵士には――」
「捕らえる理由はあっても、こいつらのために俺たちが犯罪者まで身を落とす理由はない! 己をしっかりと持て! 俺たちは何をするんだ?」
ブライトに視線を向け、強い言葉で言い切る。
すると、ブライトはすぐに納得してくれる。
「そ、それもそうだな……。すまない、
頭を下げるブライト。
納得してくれて良かった、と俺は心の中でホッとしていた。
そんなことを話していると土の壁の中から兵士の怒声が聞こえてくる。
「おい、出せ! 出しやがれ‼︎」
魔力の壁を破ることを諦めた兵士たち。
しかし、助かる理由もないので、しばらくはこのまま捕らえておこう。
この町に戻ってきたときくらいに助けてやっても良いかな……。
反省を促すことも大事だからな。
それにこの巻物もそれほど効果が持続するわけではない。
飢餓で死ぬようなことはないだろう。
兵士をもう気にすることなく、俺たちはそのままヘクセルの森へと向かっていった。
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