第一の仲間
「なんだと⁉︎ 兵士が国民に殴られた?」
執務(の真似事)をしていた俺に使用人が教えてくれる。
巡回した兵の報告らしいのだが、強面の男が町の別の兵士を突然殴ってきた……ということらしい。
よほど恨みが溜まっていたのか?
暴動を鎮圧した腹いせか?
ただ、そんなことをしたら自分も捕まることくらいわかるんじゃないか?
それに強面の男というのは――。
ブライトと被る容姿。
嫌な予感が胸をよぎる。
以前の暴動を皮切りに国民達の中で緊張感が漂っている。
下手に手を加えてしまうと感情が爆発して再び行動を起こしてきそうな素振りがある。
それならば、今回は殴った方の国民を味方するか?
いや、ここで国民を味方すると逆に兵の不満が爆発して、兵達の反乱も考えられるようになる。
それに兵が何もしていないなら、殴った方が悪になる。
どう行動すべきか――。
状況を精査しようにも、入ってきている情報が少なすぎる。
これは直接現地に赴かないと何もわからないままだろう。
「すまないが、騒動のあった場所に案内してくれるか?」
「はい、かしこまりました。護衛も数人呼んできますね」
「あぁ、よろしく頼む」
国民が一方的に暴れているのなら、その場はかなり危険な地になる。
さすがに俺一人で行動をするわけにはいかないな。
俺自身も最低限の装備は身につけていくべきだろう。
ただ、アインの時の装備は使うべきではないな。
そこからバレる恐れがある。
むしろ、貴族として動くなら――。
武器としての性能はそっちのけで、見た目が豪華な剣を手に取るとそれを腰に携える。
念のために巻物も懐に忍ばせておく。
ただ、アインとして使ったことのある土魔法は除いて――。
そして、護衛の兵を呼んできた使用人と共に中央広場へと向かった。
◇◇◇
中央広場にはたくさんの人が集まっていた。
ただそのほとんどが遠巻きに見ているだけで、騒動に拘わっているのは中央にいる倒れた兵と強面の大男、ブライトだと言うことがわかる。
まずいところを見られた……とでも言いたげにブライトは顔を歪めている。
特に今の俺はこの町の貴族だ。
暴動を起こしたから捕まるとでも考えているのだろう。
ただ、ブライトがしたとなると兵を殴ったのには何か事情がありそうだな。
周囲を見渡してみると、すぐ側に肉串が転がっていた。
よく見るとその肉串のタレが兵士の服に付いている。
ブライトが食べていた肉串を落として、それが兵の服に付いた?
いや、それだとただ単にブライトが逆上しただけになってしまう。
しかし、ブライトはそこまで短気ではない。もっと、お人好しのタイプだ。
それを考えるとこの肉串の持ち主は別の誰かだろう。
おそらくそいつは既にブライトが逃がした後でこの場にはいない。
それに抜き身の剣が転がっているところを見ると、ブライトはただ兵士の攻撃を防いだだけ。
そう考えるといつものブライトなので安心することができた。
ここは完全に兵士が悪いな……。
兵寄りの判断を下すわけにはいかない。ただ、貴族らしくない態度を取ることもできない。特にこの中央広場には冒険者ギルドがある。
そこの職員も軽くこちらの様子を窺っている。
そこからの情報網で王都ギルドへ……。更には国へと報告が行くことも十分に考えられる。
ブライトの味方をしつつ、庇わない……。
罪に問うことなく、貴族らしく逃がす方法は――。
周りにいた野次馬がジッと俺の言葉を待っている。
怒りのあまり、ギュッと唇を噛みしめている奴もいる。
やはりかなり嫌われているようだな。
石を投げたり、いきなり襲われたりしないだけマシと思っておこう。
「私は今来たところで状況が飲み込めないのだが、兵を殴ったのはお前……ということでいいのか?」
「……あぁ、そうだ。それで俺をどうするつもりだ?」
ブライトは恨みすらこもった低い声を出してくる。
これは下手な行動を起こせばすぐに斧で斬りかかってくるな。
俺が下手な対応をしてしまったら――。
よし――。
「何もしない……」
「……はぁっ!?」
「この程度のことで私の力を煩わせるな、面倒くさい」
わかりやすく、大きなため息を吐く。
するとブライトは頭に血を上らせて、顔を真っ赤にしていた。
「くっ、貴様……。言わせておけば――」
「いいからさっさと行け! これ以上私の手を煩わせるな!」
手で追い払う仕草をする。
それをしながら俺は心の中で、『ブライト、さっさと行ってくれ』と祈っていた。
下手に貴族らしくない態度を取るわけにもいかない。
ただ、国民を敵に回すわけにも行かない。
その両方を満たす方法が今のように全く興味がない素振りをする……ということだった。
あとはブライトが去って行ってくれたら無事に終わる。
しかし、ブライトは怒りを露わにして、ゆっくり俺に近づいてくる。
「いい加減にしろ。俺たちがどれほど苦労をしていると――」
「ならばお前一人で抗ってみるか? お前一人が暴れることでここにいる皆に迷惑がかかるんだぞ」
俺の言葉にブライトの足が止まる。
貴族ならブライトの暴動を理由にここにいる民を皆殺しにしてもおかしくない、と思わせると共に、昨日アインとして言った言葉を彷彿とさせる台詞を使う。
さすがにブライトは反応せざるを得なかったようだ。
「くっ、覚えていろよ……」
悔しそうに口を噛みしめながらブライトは去って行った。
その後ろ姿を見て、俺は心の中でホッとため息を吐いていた。
◇◇◇
「クロウリッシュ様、あの反乱者を放っておいて良いのですか?」
ブライトが去って行くのを見送った後、護衛が確認をしてくる。
確かに状況のわからない奴からしたら、殴りかかってきた国民を罪に問わずに逃がしたように見えるか。
「問題ない。それよりもその兵を早く治療してやれ」
「はっ、かしこまりました」
「全く……、これ以上俺の手を煩わせるな。あと、今後はこのようなことがないように巡回を増やせ。民だけじゃなくて魔物とかが襲ってきたらどうするんだ。しっかり夜も見張っておけ!」
常に巡回兵がいるとわかると魔物の襲撃回数が減ってくれるはずだ。
その指示を出すには良いきっかけだっただろう。ただ、今の俺が動けるのはこの程度だな。
しかし、それを聞いた兵士はにやりと笑みを浮かべていた。
「かしまりました。確かにやっかいな魔物が出たら大変ですよね。念を入れて調べさせていただきます」
何か含みを持たせた言い方をしてくる奴だな。
余計な企てでもしているのだろうか?
滅多なことはしないだろうが、俺の評判を落とすのだけは辞めて欲しいな。
どこか不安の残る態度を不審に思いながらもどうすることもできないので、あとのことは任せて館へ戻っていく。
◇◇◇
夜になると仮面を付けて、アインとして出かける。当然ながら巻物をマントの下に隠して――。
今日は特に情報を知れることはできていない。
むしろ、昼間の騒動があったから、ブライトを見つけられるかのほうが心配なところではあった。
しかし、そんな心配は杞憂に終わる。
ブライトは初めて見かけた酒場にいた。
中央広場のすぐ近く……。
いくら何でも危険じゃないかとも思うが、貴族が直々に罪を問わないと言ったのだ。
これで手を出してくる奴はほとんどいないだろう。
ヤケ酒でもしている様に見えるので、俺はその隣の席に座る。
「どうした? やけに荒れているではないか」
「そ、その声はアインか⁉︎」
ブライトが慌てて振り向いてくる。
そして、俺の顔を見た瞬間にどこかホッとした表情へと変わる。
「アイン……探したぞ」
「あまり目立つわけにはいかないからな。それよりも昼間の騒動でお前は目立ちすぎた」
「し、しかし、子供が殺されかけていたんだ。助けないわけにはいかないだろ!」
なるほどな。
そういう事情があったのか……。
やはりブライトはブライトだったか。
それとは別に子供が服を汚したからといって、殺そうとする兵士達も危ないな。
今回は相手がブライトで返り討ちにあったから良いようなものの、今までもそういった理由で国民達を殺してきたのだろう。
兵達の様子も確認しておかないといけなさそうだ。
それに事情を聞けばブライトが手を出さずにはいられなかった理由がよくわかる。
「ただ、今回のことでアインの言いたいこともわかった。本当に一人ずつ助けていったところで全く意味がないな……。俺は無力だった――」
ブライトが乾いた笑みを見せてくる。
確かにあのタイミングで俺が「その男を殺せ」と言っていたら、ブライトの命はなかったわけだからな。
「いくら俺一人が助けたところで敵が強大すぎる。今日も相手の気まぐれがなければ命がなかったところだ」
「でも、そのおかげで子供は助かった――」
「あぁ、でも無力感を味わったよ……。力だけじゃどうすることもできないんだな……」
ぐいっと酒を飲むブライト。
ほのかに頬が染まっているところを見ると酔っているようだな。
「とにかく俺一人じゃどうすることもできないことはわかった……。だから、俺はアインの誘いを受けようと思う」
どうやら今日の出来事は最後の一押しになった様だ。
これは俺にとっては助かるな。
俺が動けないときでもブライトを動かすことができる。
有力な駒が一つできた訳だからな。
「……わかった。これからよろしく頼む」
「あぁ、一緒に国を倒そう……」
ブライトがとんでもないことを口走る。
ちょっと待て! 国を倒す? 俺はそんなこと、一度も言ってないぞ?
むしろ国を倒されたら俺も殺されるじゃないか!
俺はただ、革命を起こされないために国民の不満を解消したいだけなのだが――。
思わず口を出しそうになるが、もしそれで「やっぱり仲間になるのを辞める」と言われても困る。
それに酔いから勘違いしてしまっただけなのだろう。
改めて俺の目的を話せばどうにかなるだろう。
やる事は国民を助ける事……。俺にまで被害が及ばない様にすることが重要だ。
それに「国を倒す」なんて堂々と酒場で言ったら、注目を集めるだけだろう……。
少し心配して周りを見る。
しかし、誰一人として俺たちのことを気にしている人はいなかった。
むしろ、国への不満が酒の
こんなところを兵士に聞かれでもしたら、トラブルの種になりそうだな。
でも、聞かれても良い、と思っているのだろうが。
ただ、細心の注意を払うならここはごまかしておくべきか……。
「……酔いすぎだぞ、ブライト」
「お、俺はそんなに酔ってなんか――」
「はぁ……、まぁいい。とりあえず今日は一旦別れるか」
「あぁ……、わかった。俺はこのあとヘクセルの森に身を隠すつもりだ」
ヘクセルの森。
このヴァンダイム領の北に位置する大森林。
かなり広範囲に広がっているこの森は魔力がかなり充満しており、簡単な魔法ですら暴発を起こしやすい。
しかも、一部霞がかっている場所もあり、更にBからAランク級の魔物も闊歩する……という。
「大丈夫なのか? 危なくないか?」
「問題ない。誰だと思ってるだ?」
「――ただの飲んだくれだな」
「なにをー!!」
ブライトが顔はニマニマと笑いながらも口では文句を良いってくる。
「まぁ、数日掛けて安全なところを探すつもりだ。そうだな……、三日後の夜に戻ってくる。北にある例の場所で待ち合わせはどうだ?」
例の場所……か。
貧困街の奥にある壊れた城壁。
一人で向かうには少々大変そうだな。
それにこれから活動していくなら数日動けるように手配をしておく必要があるだろうな。
――まぁ、これは元々の俺の性格を利用すればなんとかなるか。
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