ブライトの決意
【ブライト】
俺は元々、貧しい農村に住むただの農家の息子だった。
そんな俺がある日を境に冒険者を目指すようになっていた。
そのきっかけは昔、俺が住んでいた村に魔物が襲ってきて、それを冒険者に助けられた事だった。
依頼を出そうと思っていた段階で、俺たちが困っていたからという理由で助けに来てくれた冒険者。
被害もそれなりに出てしまったが、このままでは全滅するかと思っていたので村の皆が喜んでいた。
そして、俺も颯爽と魔物を倒すその姿を見て目を輝かせていた。
当初Aランク冒険者だった男が何十もの魔物達を圧倒していたその姿。
何度も真似をしようとしたけど、とても同じ動きはできなかった。
その冒険者も今はSランク冒険者になっていると聞く。
その人物に憧れて俺は冒険者になろうと決意した。
冒険者になって人助けをしようと――。
幸いなことに農作業の手伝いで人並み以上に力はあった。
ただ、剣はどうしても上手く扱えなかったので、武器は大斧を選んでいた。
手に馴染む感覚と扱いやすさから選んだのだが、どうしても力で押していくスタイルになりがちだった。
それでも、弱い魔物なら一人で簡単に倒すことができた。
更に自分を鍛えることは辞めなかった。
その結果、今では他人に負けない力を手に入れることはできた。
ただ、勉学の方が苦手で策略とか謀略は全くといって良いほど身につかなかったが――。
まぁ、そんなものは冒険者になる上で必要ない。
これでようやく色んな人の役に立てる……。
期待を胸に冒険者ギルドの門をくぐった。
そこで俺もあの冒険者みたいにたくさんの困っている人を救うんだ……と。
しかし、そこで目にしたのは腐りきったギルドの現状だった。
確かに最近依頼料が跳ね上がって、貧しい人が依頼を出せなくなった……という話も聞く。
ただ、俺が高ランク冒険者になって、たくさん稼いだ上で、金に困った貧しい人に寄付をすればどうにでもなると思っていた。
でも、高ランクになる方法を見て唖然とした。
『冒険者ギルドへ一定額の寄付をしたもの』
実力のことは一切書かれずに、あくまでもギルドに金を納付して初めて高ランクになれるようだった。
しかし、ギルドが断ってしまっているので低ランクの依頼はほとんどない。
冒険者ギルドも初めから金のあるやつしか求めていないようだった。
その現状を知ったときに俺はギルドを抜けた。
元々困った人間を助けたい、という一心で冒険者になったのだから、その決断に未練もなかった。
唯一の心残りと言えば、俺の村を救ってくれた冒険者と並び立てなかったことだが、あの人もこんなギルドはとっくに見放しているだろう。
むしろ長居をしている方が笑われるかも知れない。
ギルドの方も元々俺がDランクという下位の冒険者だったこともあり、引き止めることもなかったのは幸いだ。
そして、今の何でも屋を始めた。
依頼の内容はちょっとした魔物退治がメイン。
基本的には元々冒険者ギルドが下位ランク用に受けていたような依頼で、もらえる金も少なめの物が多かった。
ただ、報酬はギルドを挟んでいないからなんとかできていたが、その生活はギリギリだった。
それでも依頼達成後に言われる『ありがとう』の一言があるからこそ次も頑張ろう、という気持ちになっていた。
しかし、アインが言っていた台詞がどうしても脳裏をよぎる様になる。
『個々で助けてどうする。それで何かが変わるのか?』
「くそっ、そんなこと俺もわかってるんだよ! でも、どうすることもできないだろ!」
誰もいない宿屋の部屋で悪態をつく。
そして、近くにあった椅子を思わず蹴ってしまう。
ただ、その言葉に返答はなく、すぐに訪れる静寂が虚しい気持ちにさせる。
俺にできることはただ目の前にいる人を助けるだけ……。
確かに腕っ節には自信がある。
しかし、それも
俺の能力は力だけならせいぜいAランク。
それ以外を入れるとなるとBランク止まりだ。
そんな俺に何を期待してるんだ……アインは。
まるで俺を探していた様な言い方をしていた。
この状況を打開する方法があるようだ。
ただ、俺は全く思い浮かばない。
「まさか俺に隠された能力でも……って、あるわけないよな。はははっ……」
おかしくなり思わず笑ってしまう。
やはり、俺にできることは今の様に自分の手の届く範囲を守るだけだな……。
アインがしようとしていることは俺には遠すぎる。
でも、あいつが指揮してくれるならそれすらも適うのではないだろうか?
『個々で救うな! やるなら全てを救え!』
全てを救う……。つまり、今の国やギルドを潰すってことだよな?
それをしない限り俺たちは救われない。
いくら金を稼いだところで税として徴収されてしまう。
永遠に搾取される側なのだ。
そして、そこから抜け出せる
騎士団を有する国と私兵を抱えている貴族たち、更に今は冒険者ギルドも手を組んでいる。
特に冒険者だったからこそ言えるが、
ギルドが腐っていても解体されずに成り立っているのは彼らがいるからに他ならない。
ドラゴンすら単騎で倒せる圧倒的実力を持つ冒険者が五人も……。
おそらく正面から戦えば国の騎士団も軽く倒せるだろう。
そんな相手に勝つ方法は俺には全く見えない。
ただ、そんな作戦に俺が必要……と言ってくれているのだ。
それも高価な巻物すら使った上で――。
金貨一枚……今日の依頼を七回してようやく手に入れることができる銀貨百枚分の価値がある貨幣だ。
俺たち貧乏人が持つことはまずない。
それだけ金の掛かる巻物を自由に使える人物――。
一体どこの誰なんだ⁉︎
それだけの金を持っている奴といえば、貴族とか
しかし、そんなやつがわざわざ自分たちを潰そうとするか?
……あり得ないな。
今の貴族たちがそんな自己犠牲の行動をするはずがない。
それなら外国の奴らの方が可能性はあるが、そもそもこの国に喧嘩を売ってくるような国がない。この国はあまりにも強大だからな。
いくら中が腐っていても、まだ手を出せるような国はないわけだ。
そうなると本当にどこの誰か想像も付かない。
しかし、一つだけ言えることがある。
この国のことを本当に変えたいと思ってることだな。
そのためには金も惜しみなく使える……。おそらく、それ以外にもできることは何でもするのだろうな。
ここまでこの国のことを思っている人間をみすみすと殺してしまっても良いのだろうか?
それこそ人を助けたいという自分の気持ちに相反するのではないだろうか?
思考がぐるぐると回り、一向に纏まらない。
このまま一人で悩んでも仕方がない。
側の机に置いていた酒をあおる。
「プハァ……。全く、どうして俺がこんなに考え事をしてるんだ! 思うがまま突っ走るのが俺の良さだろ!」
一気に飲んだからかすぐに頬が赤く染まり、そのまま空になった酒瓶を枕に眠りこけていた。
◇◇◇
「うっ、痛ててて……」
翌日、痛む頭によって目を覚ます。
昨日のことは夢だったのだろうか?
起きがけ早々、まともに働かない頭で考える。
しかし、昨日の出来事が事実である証拠は何一つ残っていなかった。
どこか心の奥底で安心しつつも残念な気持ちもあった。
心にポッカリと穴が開いた様な……。
「まぁ、いつも通りの日々が続くだけだな――」
そんなときに服の中から銀貨が十五枚、転がり出す。
昨日の報酬額だ。
これだけなら別におかしいことではない。
それなりの額だが、稼ぐ手立てはあるわけだから。
証拠にはなり得ないが、俺からしたら事実にしか思えなくなった。
ただ、そうなると俺自身の返事も考えなくてはならない。
しかし、先程の虚無感を考えると答えは決まっていた。
それならば後はアインを探すだけだ。
装備を整え、必要な荷物を持つとそのまま町へと飛び出していった。
◇◇◇
町へと出るとどこか兵の数が多くなっている様な印象を受けた。
ただ、あまり良い雰囲気ではなさそうだ。
偉ぶって大通りの真ん中を歩き、道を歩く人たちに見下した視線を送り、嘲笑を向ける。
貴族たちに雇われているから見下しているが、奴らも同じ人間だ。
ちょっと腕が立つから、と雇われているに過ぎない。
それなのにどうして同じ人間を蔑むことができるのか。
しかし、彼らに手を出してしまえば、それは貴族たちへの反乱として受け取られ、周りにいる人たちにも迷惑をかけてしまう。
いや、違うな。
この場合だと、どうあがいても迷惑をかける。
今の状況に不満を持っていない者がいるはずもないからな。
口を噛みしめながら様子を見る。
すると兵士たちに対して何かが飛んでくる。
それをその身で受け止める兵士。
そのタイミングで兵士が受け止めたものの正体がわかる。
それは屋台で売られているタレ付きの肉だった。
そして、飛んできた方を見ると小さな子供が倒れていた。
おおかた、転んでしまって、その衝撃で肉も手から飛んでいったのだろう。
子供のしたことだから……と苦笑して終わるところだが、兵士の反応はまた違った。
「お前……、殺してやる!」
怒りに我を忘れて大通りで剣を抜く兵士。
すると周りの人間から悲鳴が上がる。
倒れていた子供は青ざめた表情を見せ、足がすくんだのか身動き一つ取れなかった。
ゆっくりと兵は子供へと近づいていく。
くっ、この程度のことで殺そうとするなんて――。
その光景を見た瞬間に俺は走り出し、そして子供を切ろうとしていた剣を斧で受け止めていた。
「誰だ!?」
「その子はわざとしたわけじゃないだろう? そのくらい許してやれ」
「俺の服を汚したんだぞ? 許せるはずがないな!」
「そうか……、それなら仕方ないな」
冷静に鋭い視線を兵へ送る。
しかし、内心は鼓動が早くなる。
兵士の妨害をしてしまった。おそらく反逆者扱いされるはず……。
もうこの辺りでは生活もできない。
しかし、それでも子供が殺されるよりマシだ。
俺の目が届かないところでこんなことをされるなら、俺はアインに付いていく!
こんな国、ぶっ潰してやる!
堅い決意を見せると、斧で思いっきり斬りかかる。
それを剣で受け止めるが、兵の細腕で受け止められるほど柔な攻撃ではない。
剣を吹き飛ばし、そのあまりの威力に兵は手がしびれていた。
「な、なんて怪力だ……。おいっ、お前。手伝え!」
向かい合っている兵が焦りだし、一緒にいた兵に応援を頼む。
しかし、もう一人の兵は青ざめた表情を見せ、慌ててその場を去って行った。
「お、俺は応援を呼んでくる……」
「あっ、ちょっと待て!」
見放された兵がゆっくりと俺に視線を向ける。
そんな兵に対して俺は思いっきり兵を殴りつける。
するとその兵はそのまま意識を失っていた。
「おい、子供。お前も気をつけろ!」
「う、うん……。ありがとう、おじちゃん」
子供がお礼を言うとすぐに母親に手を引かれてその場からいなくなる。
その様子をホッとしながらも見送る。
ただ、俺はまだおじちゃんなんて言われる年齢じゃないぞ!
その後ろ姿を見守りながら苦笑を浮かべる。
さて、このままここにいるわけにはいかないな。
ここの貴族に殺される前に逃げよう。
この町の北にある密林なんて隠れるにはもってこいだろうな。
魔女がいる……なんていう噂もあるが――。
まぁ、魔法が使えるような人間は何人もいる。
たまたまそれが女だった……という程度だろう。
それよりも身を隠すにはちょうど良い場所だ。
ただ、アインにはどうやってその場所へ行ったことを知らせるか……。
そんなことを考えているうちに小綺麗な格好をした線の細い男が走ってくる。
明らかに高そうなその衣服を見ると、この町の貴族であるヴァンダイム公爵の血縁者なのだろうと予測できる。
――俺を捕まえに来たのか?
まぁ、自分の兵がやられているわけだもんな。当然だろう。
ギュッと唇を噛みしめると、再び斧を構えジッと相手の出方を待つ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます