言いたいことも言えないこんな部の中じゃ
「はあ、軽音部、ですか」
戸惑ったように
彼女は柔らかそうな長い髪を下ろして、少し垂れ気味の目に困惑した色を浮かべている。
背が高くてスタイルのよい彼女だったが、今のその様子は頼りなさげだった。この学校祭が終わったら部長になることが決まっているのに、こいつはそんな調子で本当に大丈夫なのだろうか、と聡司は思う。
美里の担当は低音楽器のチューバだ。打楽器の聡司とは一緒に練習する機会も多く、彼女の穏やかな性格もあって、美里は聡司にとって比較的話しやすい相手であった。
「そう。軽音部。頼まれたんだ、学校祭でドラム叩いてくれって」
「……そうですか」
「……ひょっとして、春日もあんまり賛成じゃないのか?」
「うーん。そういうわけでは、ないのですが……」
美里の返事はどうも、歯切れが悪かった。賛成ではないことは明白だ。
基本的に人の意見に反対することのない彼女だけに、その反応は意外だった。聡司としては「がんばってくださいね!」と言ってもらえることを期待していたのである。
なんでだろうと思っていると、同い年でトランペットの
「軽音部ってさー。なんか、ナンパじゃん。そういうとこ行ったらあんた、ますます練習しなくなっちゃうでしょ」
「……あいつらの悪口言うなよ」
「悪口じゃないよ。ホントのことじゃん」
奏恵はイスに腰掛け、足をブラブラさせていた。短いスカートがギリギリで大変なことになりそうだったが、聡司は突っ込めなかった。言ったら即座に殴られることをわかっていたからだ。
吹奏楽部の男子部員は、言いたいことを言えない。
「派手な電子音でごまかして、勢いで盛り上げてる感じなんだよ軽音部って。あれ、音楽じゃないよ。ただうるさいだけ。あれがあたしらより校内で評価されてるって、意味わかんない」
奏恵は不満そうに言った。実際に去年の学校祭コンサートで、軽音部への観客は吹奏楽部のそれよりも多かったのだ。
自分が認めないものが一般的に高く評価されている。そのことが奏恵は気に入らないらしい。
「ギターもベースもドラムもキーボードも、自分のやりたいことやってるだけって感じ。自分が自分がってどんどん音が大きくなって――すっごいうるさい。歌が聞こえてないことに気づいてないのかな、あいつら」
聞く人の立場になって考えてない。あいつらなにがしたくて音楽やってるんだろ。そう言って唇を尖らせる奏恵に、聡司は遠慮がちに言った。
「……あいつらは、自分がかっこいいと思ったことをやってるだけだよ。だからすっげー楽しそうで――いいじゃねえか別にそれで」
聡司の脳裏によぎるのは、軽音部の
あれはなんにも考えてなくて、ただ自分のやりたいことをやってて、だからこそのあの表情だ。他人からどう見えていようがかまわない。うるさかろうが汚かろうが、自分がかっこいいと思ったままに突き進んでいく軽音部は、今の聡司にとってうらやましいものだった。
こんな風にいろんなもんに押さえつけられて、やりたいこともやれないなんて。
それこそ、なんのために音楽をやっているのかわからないじゃないか。
先ほどのセリフは、そんな思いから出た微かな反抗だった。しかし奏恵はそれを「バッカじゃないの」と一蹴した。
「かっこつけたいから音楽やるの? そんなの、すっげーかっこわるいじゃん」
「……うっせえよ」
おまえらには絶対わかんねーんだよ、男のオレの気持ちなんて。
そう思って聡司は、奏恵と分かり合うのをあきらめた。そんなことだから、軽音部で気楽に楽しくやりたいという思いが余計強くなった。
そし、そっちのほうが楽しければ。
ここをやめて軽音部に行ったって――
「……あの、がんばってくださいね、聡司くん」
美里の遠慮がちな声に、ぴくりと聡司は反応した。
「軽音部のことはよくわかりませんが――聡司くんが楽しくやれれば、わたしはそれでいいと思います」
聡司が考えていることがうっすらわかったのか、美里の表情は不安そうなものだった。
しかし、その不安を隠して一生懸命笑おうとしている。そんな美里を見て、なぜか聡司は逆に苛立ちを覚えた。
「がんばってくださいね」――なんて、望んでいた言葉をもらえたはずなのに、心が晴れなかった。
むしろ、彼女がこんな風に無理に笑おうとしていることに、どこにぶつけたらいいのかもわからない怒りが湧き上がる。
「……わかったよ。がんばればいいんだろ、がんばれば」
だから思わず、そんな憎まれ口を叩いてしまった。美里の顔がさらに曇る。それに気まずくなって、今度は口には出さず心の中で毒づいた。
まったく、どいつもこいつも、なんでオレのやりたいことを認めてくれないんだ。
瞬間的にイライラがこみ上げて、勢い任せにドラムを叩いた。小柄な後輩用にセッティングされているそれは、聡司にとってとても窮屈なものだった。それにも腹が立った。
自分がどうしてこんなにイラついているのか。聡司がその理由に気づくのは、もう少し先の話だった。
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