第14話

コンサートホールの重い扉が開けられると、色とりどりの感情を抱えた人が決壊したダムのごとく解放されていく。


我が子の優勝と成功を信じていた親の怒りと、まさかの無名校の逆転優勝に敗者への配慮を忘れて喜ぶ家族と友達、一発触発が起こっても不思議ではない摩擦は文化的雰囲気を超越し、同時期に西で行われている炎天下に照らされ、冷静さを失った甲子園の客席のヤジが飛び交う雰囲気に近い。


役目を終えた技術部は知らぬ、存ぜぬ。そそくさと片付け作業。


自分らの審査に野次が飛んだことで首を捻りながら控え室に戻る審査員ら。スポンサーと文部省のお偉いんさんは相変わらずご立腹の様子。


敗退した高校生らは意気消沈し泣いているし、大逆転劇を繰り広げた二校の生徒らも、舞台上の前半と後半の違いに戸惑いを隠せない。


甲子園大会に例えるならば、試合終盤に甲子園の魔物が気まぐれな悪戯に似ている。片や悪戯が優位に働き勝利を手にし、心の底からは喜べないが嬉しい感情と、片や邪魔され敗北し、何が起こったかを把握できないで呆然としているのだが、何故だか涙が出てくるというようなものだろう。


後半の出来がよかった高校生らの無垢な心は、家族や友人らが喜ぶのとは違う。前半部の一被害者として後半部で失速した戦友に起こったことを考えると素直に喜び、称え合うことができないでいる。


優勝候補だった高校生らが後半の失墜に涙し嗚咽する姿が印象的。


姑息な大人の力が働いたと心では思っている。休憩中に前半の失敗を訴えられ、運営側が詰め寄られていたのを多くの人が目撃していた。

だが、彼らは高校生という立場から派手に訴えはしない。


しかし、各校の合唱部の部長や顧問らが、本部の人間との協議の場を設けて欲しいとまとまった考えを申請したが、運営サイドは判定は覆ることはないと願いを断ち切った。


一度きりの本番。地方校はさっさと荷物をまとめ、指定された新幹線で帰路につかなければならない。応対に追われる部下を尻目に責任ある男は本部に内側から鍵を閉めて引きこもってしまった。


生徒、家族らが会場を後にしたのは都会から夕日が消える間際の頃だった。それから、黒塗りのバンが会場裏口に横付けされ、一枚の皮となった表情の連中がステージ裏に入っていく。


借り出した貴重なかな文字の迅速な返却作業。一文字、数十万から数百万する歴史的文字。貸し出しを承諾した文部省の男の怒りは収まることはなく、待機していた部下らに即刻、引き取りにこさせ、正常に保管ができないコンサート会場側の係には指一本触れさせない対応をした。


消えた「やゆよ」はその字体、緩やかな曲線美と音の柔らかさの為に、五十音のかな文字の中でも最上位の価値がある。


「その三文字を失った事は大きい。今後の損害賠償問題の成り行き次第ではコンサートホールの存続はわからないだろうと逃げた彼に伝えておけ!!」


文部省とスポンサーの人間らは消えた柔らかなかな三文字を含まないとげとげしい捨台詞を吐いて会場を後にした。


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