第13話

打つ手がないままいると、警察から連絡が入り、責任ある男が悲壮感漂い無言の本部に一つ、場違いなやる気を見出して、けたたましく鳴る黒電の受話器をぶっきらぼうに手に取り耳に当てる。


「はい代々木コンサートホール」依頼主としては穏やかではない態度、不安や焦りの態度からの豹変に「何かわかったんですか?」ずぼらな性格が回線を通しても悟られてしまう田舎武者警察官が言った。


「ええ、柳田君は仕事を休み、彼が休日に過ごすコースを堪能していたことがわかりました。部下が彼とニアミスで出会えなかった」こちらが警察に報告行為をする馬鹿馬鹿しさに日頃の疲れが湧き出てきた。


「そうらしいですね」田舎武者の警察官の無神経加減に「ちょっとなんなんですかその…」責任ある男は言いかけて止めた。


無駄だ。きっと、集落に信号機ひとつしかない孤島からやってきた警察官、到底、同じ国の近代化、経済成長、繁栄を支えてきた男には思えない。

この警察官は責任ある男が芳長さゆりに報告を入れた後に電話をかけ、収穫した情報で得意気になって優越に浸っているのだ。


「安否は確認され、どちらかというと、休日を楽しんでいるようですし、これ以上警察は手の施しようがありませんね。そのなんとか、ええっと、なんでしたっけ?借りたかな文字ですか?それもこちらとしては判断しかねますしね。上司や同僚に尋ねても、コンサートホールが文字を配列させて音を出しているなんて誰も知らなんだったですわ。柳田さんが忘れたまま、仕事をサボっているならば、後でお灸を添えればすむでしょうし、雰囲気ではその価値のある文字を売り渡そうという感じでもなさそうですしね。代用のものがホールにはあると聞きましたよ。とりあえずはそれを使って、あとで柳田さんと話し合えばいいのではないのですか?いい大人かもしれませんが、あたしだって日々、現実、都会のジャングルから逃げ出したくなるときはあります。何より、柳田さん本人とその借り物のかな文字が無事ならば今度の件はいいのではないですかね。まだ柳田さんがそれを持っているとも限定できないではありませんがね。もし、本当の本当にコンサートホールに無く、盗難の疑いがあるのなら今一度我々に連絡していただければよろしいかと。悪しからず。失礼いたしやす」


ゆったりと話す田舎武者警察官の奥では大声で罵声を上げて指示が飛び交い、電話が鳴っていた。猛暑日に気が狂った奴らが多出したのか、重なって市民から通報を受けているようだ。


一方的に切られた電話に責任ある男は呆然とし黒電話を見つめた。


一理ある。柳田は出勤用の鞄を持って家を出たらしいが、一つが、長方形型、100枚入りティッシュ箱大のかな文字三つを入れて持ち運ぶだろうか。

重量はなく、鞄に入れて持ち運びできなくもないが、出勤用の鞄としては膨らみすぎで不格好だ。


かな文字管理者で、本番当日に無責任な欠勤ということと、これまでの仕事上での意見の食い違いという私情を組み込んで犯人に仕立て上げているが、勝手な早とちりをしているのではないだろうか。部下らの意見を鵜呑みにし、自らステージ周辺などを調べることを怠っていた。しかし、音響部の壁のためにもう中には入れない。


三組目、四組目と代用された三文字の為に一瞬音が雑になる。


熱中して歌う学生らの表情に変化はない。全国大会レベルとなると失敗しても表情に出すなという教えを徹底できていて当たり前のようだ。


組が入れ替わる際に客席が少々騒ついた。五組目も所々、音が歪み、ミスをしたと思われた。六組目はインタースクールの英語の歌でまともに聴けた。


優勝候補と前評判が高い七組目、何の因果か、代用された三文字が多用された曲で大失敗に終わり、段を降り舞台袖に下がる学生らは何が起こったか理解できず軽いパニック状態に陥っている。


最終組の前半戦英語の課題曲で優位に歌ったもう一つの優勝候補のインタースクール、どうしてか自由曲は不慣れな日本語の曲で勝負を挑み、代用された三文字の乱れ打ちでずさんな結果となった。インタースクールの子らは舞台上で泣き出し、我が子らを心配する客席は負の連鎖を目の当たりにし、より一層騒つく。


無いことではない。ライバル校が下手をこき、触発されてヘマをする。客席はそんな風にとられているかもしれない。


質の違う「や ゆ よ」で調子が崩されていたという細部に気がついた観衆はいないだろう。だが、耳が肥えた審査員らはそうはいかない。原因は分からずとも、学生らの音の強弱に規則性を見つけたはず。音響の不備を訴え出すに違いない。


 極めて難しい審査は、唯一まともに歌えた一組目を最優秀校に選んだ。前半の課題曲で最初に消えた三文字に泣かされた高校で、前半の最低評価からの大どんでん返しの逆転劇にコンサートホールの様子は例年の学生とその親御さんのそれとは違い、乱舞、歓喜、激怒、感傷が入り乱れた。優秀校には英語の歌詞を歌ったインタースクールが選ばれ、後半戦で消えた三文字の影響を受けなかった二組に有利に審査は運ばれた。


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