第10話
僻みが原因の事故で、柳田にはすでに十分すぎる配慮を配ってきた上での厄介事で、十中八九の人間が責任ある男の肩を持ってくれるだろう。だが、柳田の女は違う、心底惚れ、世間を見る事をやめた視野の狭い女は自分の男の器量がマックスだと思っている。その女から無遅刻無欠席だった仕事馬鹿な男が行きそうな場所を聞き出さなければいけない。言葉を選んで話す。
「柳田さんとの意見の相違は認めなければいけません。しかし、彼も私も自分の仕事に熱心だからこそ反発する部分もあるわけで、根底では強くつながっていたんです。ご理解していただけますね。時間が惜しい。彼の安否もそうですが芳長さんは今度のコンクールで国宝級のかな文字を文部省からお借りしている事をしっていましたか?」
「ええ。コンサートホールの仕組みは○くはわからないのですが…。あの人も大興奮していました。彼が担当で交渉し、管理する役目だと自慢げに話してくれましたから。あの人がそれを持ち去ったということですか?もしそうならば、少年少女らの晴れ舞台はあの人のせいで台無しになったというのですか?」不安な口調に語気の強い怒りが混じりだしたことに自分自身では気がついていない。
「い○、そうとは断定できませんし、コンクールは前半部が終わり、後半部の開始を待っているのですが、なにぶん、借りたかな文字が三つほど見つからず、担当だった柳田君ならばありかを知っているはずだとなりましてね。当然、彼が現場に来ていないのも問題です。価値あるかな文字ですから、文字らと共に誘拐された線も考えねばならない」
「誘拐ですって!!」
「可能性の話です。いまはすべての可能性を見据えて考えるべきです。同時に、少年少女らの努力を台無しする◯うな大人の集団では無いという事を証明しなければいけません」
「そうでし◯うとも。あの人ったら…あら本当だわ、言えない、聞こえない」
「そうです。心当たりありませんか?消えた三文字が戻ればいいのですが」
「心当たりですか?家にそれらしきものを持ってきた形跡もありませんし、そもそも仕事のものを私が掃除等でいじると怒られますしね。今度のかな文字に関してもなんども自慢げに説明されましたけど、いまいち、あの人が言っていることが理解できなくって。コンサートホールってそういう仕組みなんですか?私なんてど素人で、二十代の頃に好きなバンドの追っかけをしていたことがありますけど、彼らもそんな面倒な作業をしていたなんて想像もできませんでした」
「ええ、まあ、いろいろな方法はありますからね。じ○あ、家にあるという可能性は少ないんですね」
「でし○うね。まあ、鬱陶しい。ごめんなさい」
「いいえ。意識しても難しい」
「あの人は今朝、いつもの鞄を持って仕事に行くと言って出て行きましたわ」と女は言った。一番手っ取り早い可能性が潰れた。柳田が何らかの理由で「や・ゆ・よ」を会場から持ちだし、家に置き忘れたままたった一人のボイコットを決め込んでいるなら、内縁の妻に厳しく言って、三文字を至急コンサートホールに持ってこさせ、その後に柳田の所在と処分を考えれば済むと思っていた。しっかり者の柳田は価値を知っている三文字を肌身離さず共に移動している。
「週一、二回のパチンコ、物憂げになれる公園、あと銭湯くらいですかね。お酒も飲まないひとですから」
「当たらせてみます。それらの場所を教えてくれませんか」
「ええ。パチンコ○り放題、○う○け公園に、○の湯です」なんのことやらさっぱりで、あてになるのなかならないのか。横で、直立で待機する部下に地図を開かせ、当てはまりそうな場所を探すように指示する。もう一度、聞いてみようかと思い立ったが、本部でも電話でも失われた三文字が使用不可になっている。一刻を争う事態だ。
「とにかくこちらで探してみます。動向が気になるでし○うが、どうか家で待機し、柳田君の帰りをまって○っていてください。何か判明次第、連絡がとれる状態でもありたいですし、おそらく、この電話との入れ替わりに警察からも電話があると思いますので、家にいるほうが賢明です。お願いします」
「あああ。○はり、そうします。こちらこそどうぞお願いします」と最後の女は何とか声を振り絞って言葉を音にするのが精一杯の状態だった。
部下らは柳田の行動パターンの三ヶ所を地図上で見つけた。パチンコ○り放題、○う○け公園に○の湯、確かに存在し、柳田のアパートから円上で等間隔に散らばっている。いかんせん、三ヶ所すべてに失われた文字が使われているために、本部では名を出して指示が出せないが、部下らは担当を決めて三ヶ所をめがけて出て行った。
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