第7話

「全校の後半の自由曲の歌詞をくまなく調べろ」という責任ある男の号で部下らは歌詞に消えた文字が含まれているかを調べる。

 「youは?」

 「それは英単語だ」

 「夕焼けは?」

 「漢字の発音はいけていた。問題あるまい」

 「どうして?」

 「そんなこと知るか」

 「ヨットは?」

 「…わからない、どうなんだろう」

 「おい、そこ、無駄口叩いていないで○ってくれ○!!ん!?」 

 「あれっ。こっちも影響?」

 「ん。その○うだ」

 「面倒なことになった。◯うじ君、君の漢字はどんなんだっけ?漢字表記なら名前で○ぼう、おっと、呼び合うことも不可能な○うだ。あああああうっとうしいぞ」

 「洋二です」

 「案外、多いかも。自由曲に含まれているじゃないか。漢字でもなく、カタカナでもない」


 下端係が急務で各校の後半課題曲の歌詞の単語を調べている部屋に背広を着た三人の男らが入って来た。メインスポンサーのお偉いさん、文字を貸し出した文部省のお方、インタースクール運営に関わる理事的立場のアメリカ人。三種三様の仏頂面。どれも小太りな体格で、後半戦開始の遅れの責任を問いただしに来たのだ。

 おかんむり代表としてスポンサーのお偉いさんが、責任ある男に詰め寄る。ああだこうだと説明する、納得がいかないお三方は天を仰いで馬鹿馬鹿しいと部屋を後にする。金庫を開けた時には三文字は無かったという部下の主張を受け、盗難の可能性があるとし、金庫番担当の男への責任追及へと動く。


 文部省から借りたかな文字、ただのかな文字ではない。平安時代に世に広まった起源のかな文字でこそないが、大正時代以前に復元されたレプリカ。希少価値が高い逸品で、普段世に出ることは少なく、首脳会談や皇室の挨拶で使う大事な文字。記念となる全国大会、大型のスポンサーさんの意向とあって文部省の重い扉が開かれここへと運ばれてきたのだ。一文字一文字に価値があり、特にその曲線美が好まれ、消えた三文字の価値は高い。


 「普段使っているかな文字の三文字を代用すればいいのではないか」と軽々しく名案を思いついたと発言する部下だが、ことの重大さがわかっていない。

 「象牙とプラスティック、絹とポリエスティル、鉄とアルミニウム」質の違いを教えてやった。スポンサーを請け負う企業らは普段、頑丈な鉄金庫に守られた歴史的価値あるかな文字の音色が披露されるという謳い文句に惜しみなく協力すると契約を結んだのだ。一般家庭の食事テーブルに並ぶようなかな文字が混ざるようなコンクールになるのは企業の名を汚す契約違反だと怒る。


 混ぜれば良いは一番近道な解決策だが、最も可能性の低い策。スムースな絹を指の腹で撫で途中で化学質な素材にざらつきを感じる。意図していないチグハグが生まれてしまい耳に不快、とても全国一を決めるコンクールにはならない。ここは代々木、公民館の地方予選ではないのだ。


 「もともとなかったんだな!? それに担当がまだ来ていないとなれば、必然的に奴が怪しい。いますぐ、居所を探す!!」責任ある男は部屋隅の黒電話に向かって急ぎ足で歩く。チンッと受話器をあげる音がしてジュルジュルと番号を回しては、ダイヤルが戻る音が部屋にこだまする。


 「もしもし警察ですか?」責任ある男は盗難と決めつけて先に警察に届け出を出す事を選んだ。

 「はい。そうですが。」警察。電話の向こうの声は野太くこもり、語尾にアクセントを感じさせる。

 「盗難の届け出を出したいのですが」

 「盗難ですか。それは それは。どちらですかな?」 

 「代々木コンサートホールです」

 「ん??〇〇木ですか?」受け答える警察官の声が一層にどもり聞こえが悪くなる

 「代々木ですよ。有名どころじゃないですか」 

 「田舎から転勤してきたばかりでね。生涯初の都暮し。勉強中なもんで、いずれにしろ、そちらで盗難があったのですね?一体何が?」

 「かな文字三つです。とても歴史的価値ある文字らです」

 「あなた、正気ですかいな?」

 「正気も正気です…」と責任ある男は熱くなってきた受話器を右から左の耳へと取り替えて、全国大会の合唱コンクールの仕組みを田舎出身の警察官に教えた。

 「知らなんだ。それとも田舎者をたぶらかそうとしているたちの悪いいたずらか。コンサートっていうのはそういうもんだったんだとは」

 「方法は様々です。それ◯り、感心している場合じ◯ないです。なくなったのは事実です。担当の男が来ていないのもどうにも怪しい。スポンサーらの意向で事を内々に進めて欲しい」滑らかに行かない会話にイライラする。

「あい○。あれっ?本当だ、言えない。じ◯あ、その担当の方の線から捜査開始しますわ」田舎出身警察は面白がっている様子。

 「ほうとうにです○。担当の男は柳田雄介です」

 「○なぎた、○うすけねっと…」

 「○川の柳にたんぼの田に、雄の助です」

 「あれま、漢字なら平気なんですな」

 「ええ、消えたのはかな文字ですからね、何とぞ、お願いします」

 「摩訶不思議な事件、さすがは都会ですな。ぞくぞくします。精進させていただきます。ガチャリッ」電話を受けた田舎侍に不安を覚えたまま、続けざまに責任ある男は柳田雄介宅に電話をかける。黒電話のダイアルが戻る音が再び響く。

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