第6話
歌い出しがどうにも聞こえづらい。
〜〜○うがな川の○うに、○う日の向こうの明日へのメッセージ〜〜
輪唱する歌声もどうも聞こえづらい。サビに至るまでも、ところどころ聞こえづらいところはあったが、歌い出しの緊張のせいで声が出ていないのだろうと思っていたが、生徒らは目一杯口を縦に開き感情を表して歌っている。あろうことか、もう一つの高校が歌った同じ課題曲の同じ部分が聞きづらかった。
「文部省からお借りしている大事なかな文字五十音。三文字ないではないか」と責任ある男は言った。本部に音響を手がける赤ら顔の男も入ってきて、部下らを責める姿勢だ。しかし、責任ある男がすでに説教の佳境は終わったという態度を表し、音響のベテランはむっつりして腕を組んで部屋の隅で部下らを睨むだけだった。
「そうなんです。僕は一組目の歌を聞いてすぐに気が付きました。音響の問題ではなく、五十音を配列する作業に不始末があったと気がついて一目散にステージ裏に向かいました。案の定、それらはなく、作業を行った係らに問いただしても知らぬ存ぜぬの無責任な発言ばかりで、たったひとり、最後の最後を運んだ彼女がそれっぽいことを教えてくれました。」勇敢に青年は言い、証言をしたという後輩の女性が前に出され発言した。
「私もみんなが焦って運んでいるので、自分の仕事を切り上げ手伝いにいきました。私が到着した時にはほとんど全てが運ばれていて、金庫の中を覗くと「わ ん」が残されていましたのでそれを運びました。」
「ちなみに「を」を運んだのは僕ですが、その時にはありませんでしたし、全員に確認してもそれらは最初から見当たらなかったようです。僕は皆を信じますし、一つ一つ確認しながら運べと命じましたから」と青年
「そうだ。「わ ん」の上に置いてあったはずだ。それは私も担当と昨晩確認した。「を」はバランスが悪いので横に置いておくことにしたんだ。「わ ん」を運んだという君はそれらを見なかったのだな」責任ある男
「ええ、見ませんでした」対立している人をきっぱりと跳ね返す口調。
ひらがな文字「や・ゆ・よ」はステージに運ばれなかった。機転を利かして文字を運んだ係らの証言を信用するとすれば問題の三文字は金庫にすらなかったことになる。結果、一つの課題曲、二つの若い合唱団が煮え湯を飲まされることになった。全国大会の舞台の仕組みなど知る訳もなく、若い歌い手は泣いて訴えた。事を荒げたくない主催者側とスポンサー、文部省からの大事な借り物を無くしてしまったことが知られれば、その管理能力を問われ叱咤されるのは必至だ。
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