思い出の数だけ
譜楽士
みんなで色々なものを持ち寄って
十二月二十五日、クリスマス当日。
「ふう、こんなもんかな……」
なぜか先日の流れで、自分の家でクリスマスパーティーをやることになってしまったのである。
これから同じ部活の部員たちが、食べたいものや飲みたいものを持ち寄って、それぞれここにやってくるのだ。
それまでに片付けられるものは片付けておかないと、また前のように家捜しが始まって大変だ。
何だか恥ずかしいので、できるだけ家族の痕跡を消していく。幸いにして今日は両親とも仕事、姉も何やら出かけていた。
もし今日こんなことがあると言ったら、「なぁにー? そんな女の子ばっかり来るなんて楽しそうじゃない。私も混ぜなさい!」などと言い出すのが分かりきっていたので、出かけてくれてほっとした。今日はもう帰ってこないでほしい。
この間見られて恥ずかしかった、家族写真をしまう。
そうこうしているうちに、玄関のベルが鳴った。
「あ、はーい」
時間には少し早いが、誰か来たようだ。
鍵太郎がドアを開けると、そこには
「メリークリスマスです、先輩!」
「メリークリスマス、です……」
「メリークリマスマス。早いね、二人とも」
吹奏楽部は五分前行動やら十分前行動などと言われているが、一年生二人が一番乗りとはびっくりだ。
こちらが首を傾げていると、朝実は横に置いてあった大きな箱に手を置き言ってくる。
「これがあったので、お父さんに車で送ってもらいました! 恵那ちゃんも途中で一緒に乗ってきたんです!」
「乗せて、もらいました……」
「あ、そうなんだ」
朝実の親には挨拶したかったが、もう行ってしまった後のようだ。
道に車はもうない。鍵太郎は引き返して朝実の身長の、三分の二くらいはあるその箱を見た。
外装からしてどうやらそれは、クリスマスツリーが入っているらしい。
というか。
「宮本家は飾らなくていいの? クリスマスツリー」
「いいんです! というかわたしがちっちゃい頃は飾ってたんですけど、最近はずっと、しまいっぱなしだったんですよ。だから今日は先輩の家に飾れて、ほんと嬉しいです!」
「あはは。そっか」
自分だって高校生にもなって、こんな風に家でクリスマスパーティーなんてやることなんて、想像もつかなかったのだ。
これは存外、楽しいことになるのかもしれない。
そう思って、後輩二人を家に迎え入れる。
♪♪♪
「こんにちは」
と。
今日が何の日かも関係ないとばかりに、次にやってきて普通に挨拶をしたのは
とはいっても、彼女だってクリスマスが別に嫌いなわけではないのだろう。だったらそもそも、ここには来ていないはずだ。
ただ単に、自分が何を言ったらいか分からないから、普段通りのことを口にしただけだ。
年が変わりそうになっても相変わらず不器用な同い年に、「よう。よく来たな」と苦笑して、こちらも部屋に通す。
中には鍵太郎が並べたテーブルがあり、その横では一年生二人がツリーの飾り付けをしていた。
「あ、片柳先輩こんにちはー」
「……こんにちは」
「こんにちは。早いのね」
ツリーは恵那のセンスもあってか、なかなかそれらしい感じに仕上がってきている。
それをしばらく眺めて、ようやくクリスマスを実感したのか、隣花はふっとひと息ついた。
「綺麗ね」
そう言ってかすかに微笑む彼女は、そこで何を思ったのだろうか。
こちらから訊くようなことはしない。というか隣花自身も、きっとはっきりとは答えられないだろう。
彼女と話せるようになったのはここ半年くらいからで、心中に関しては未だもって、よく分からない部分がある。
しかし隣花が決して悪く思っていないことは、ここ最近でよく分かっていた。
だからこれは、みんなでワイワイやる席で問うべきことではない。今日は彼女も、思い切り楽しんでもらえればいい。
感情を表に出しても、出さなくてもだ――そんなことを考えていると、玄関のチャイムがピンポンピンポンピンポンと何度も鳴らされる。
「はいはいはいはい。次は誰だ?」
まあ、この感じからあらかた予想はついているが。
そう思って扉を開けると、そこには浅沼涼子がいつも通り元気に、手を上げて立っていた。
「やっほー湊! 色々買ってきたよ!」
「うん、ありがとな浅沼。あと炭酸飲料が入った袋を乱暴に扱うのは、来年からは止めてくれよ」
その仕草に今年彼女と夏祭りに行って、思い切りラムネをこぼしたことを思い出す。
来年は自分たちは三年生、最上級生になるのだ。
もう少し落ち着いた言動を――まあ、無理か。
そんな風に諦めていると、隣にいた
「必要そうなものは、大体買ってきたよ。あとこれ、うちにあったお菓子。みんなで摘もうか」
「ありがとう宝木さん。助かる」
実家が寺の咲耶は、何かと家でお菓子をもらうことが多いらしい。
今回の買い物の費用は学年で差はあれど割り勘ということになっているので、こうした形で費用を抑えてくれるのはありがたかった。
クッキーやチョコレート、そして涼子から飲み物を受け取る。
だが
「見てなさいよ。今度こそ、今度こそはちゃんとホットケーキ焼いてみせるんだから……!」
「あーはいはい。分かった、今日はちゃんとホットプレート用意しておいたから。存分に焼け、存分に」
先日ここでホットケーキを焼いて、盛大に焦がしてしまったことをまだ悔しがっているのか、彼女はそのリベンジに燃えているようだ。
まあ前回はそうならざるを得ない、事件があったからなのだが。
そのことを思い出して鍵太郎が額を押さえると、今度はその諸悪の権化、
「やっほー! メリークリスマス、湊!」
「たこ焼き機持ってきたよー! 今日はパーティーだー! イェーイ!」
「おまえらには色々と言いたいことがあるが……いい。たこ焼き機に免じて許してやる」
まあ、上がれよ――と同い年たちに言って、全員が揃うと。
部屋は音楽室のように、一気に賑やかになった。
光莉はホットプレートとにらめっこしながら、生地を作っていて。
近くでは涼子が「ツノ、ツノ、ツノ~♪」と歌いながら生クリームを泡立てている。
ゆかりとみのりはたこ焼き機をセットし、朝実と恵那はツリーの飾りつけを終えて、グラスなどを運ぶ咲耶を手伝っていた。
それらをぼんやりと眺めていると、今回撮影係を買って出ていた隣花が、そんな自分をパシャリと撮る。
「……湊。この間来たときにあったものが、一部なくなってるようだけど」
「おまえ、記憶力いいな……片付けたよ。うちの家の人間の私物なんか、あったら俺が恥ずかしいだけだからさ」
写真やら何やら、ゴチャゴチャと居間に置いてあったものは、人数も多いし邪魔になると思って片付けた。
今この同い年に答えた通り、そういったものは見られると、何となく自分が恥ずかしいからだ。この間は隠す時間もなかったため、かなり小っ恥ずかしい思いをした。
それに――
「こんなに家族みたいなのが、何人もいるんだ。両方のものが置いてあったら、混乱するんだよ。俺が」
リビングではしゃぐ部員たちを見ていると、そんな風に考えてしまうから不思議だった。
そう言うと隣花はなぜかまた笑って、そしてそんなちょっとふてくされた自分の写真を撮る。
今回はちゃんと綺麗にホットケーキを焼いた光莉だったが、きちんと冷まさないまま生クリームを塗ってしまったため、クリームをドロドロに溶けさせて見る影もない有り様のものを作っていた。
爆死している彼女を慰めるため、鍵太郎はその場を離れてテーブル席へと向かう。
その後を追いかけ、隣花もこちらについてきた。
♪♪♪
「んじゃま……ホットケーキは何とか食うとして、今日は適当に楽しんでってくれ。かんぱーい」
『かんぱーい』
「ちょっとなんか納得いかないけど、かんぱーい!?」
自分の号令に部員たちは、それぞれのグラスを掲げてそう返事をした。
約一名、半ばヤケクソになっている人間もいるようだったが――まあ仕方がない。失敗をして人間は、成長をしていくものである。
咲耶が持ってきたお菓子や、ゆかりやみのりが作るたこ焼きを食べて、わいわいと会話が弾んでいく。甘いしょっぱいの無限のループができて、おしゃべりもそれに応じて止まらなさそうだった。
そして、さらに。
「湊。言っておいたものはある? 音楽かけるけど」
「ん、ここにある」
隣花がバックから携帯を取り出して、スピーカーに繋いだ。
するとそこから、定番のクリスマスソングが流れてくる。街でよく聞くような、耳馴染みのあるものばかりだ。
クラシックから洋楽、自分たちのやる吹奏楽に至るまで――そういったものがかかって、一気にその場の雰囲気がクリスマスムードになる。
「あ、これやったことあるね、『そりすべり』!」
「懐かしいわね。そういえば去年は頼まれて、部活でクリスマスコンサートやったのよね」
「あ、それわたし聞いてました!」
「そっか、そうだったね」
自分たちがやった曲がかかると、やはりこういった部活のせいか話が盛り上がる。
朝実もそういえば去年の自分たちの演奏を聞いて、この部活に入ったのだった。
懐かしいなあ、もうあれから一年経つのか――と思ったところで、ゆかりとみのりが、言ってはならないことを口にしてしまう。
「そうだよねー、それにあの後、みんなでプリクラ撮ったんだっけねー」
「あれまだ、携帯に貼ってあるよ。ほら」
『…………』
と。
その去年の写真シールを見て、隣花と恵那の目が据わった。
朝実などは「いいなー。わたしも先輩たちと撮りたいですー」などと無邪気に言っているが、この二人はそうではない。
そう特に、恵那などは――
「ずるいです」
前髪の隙間から見える目にほの暗さを点して、ぽつりとそうこぼした。
「ずるいです。先輩たちだけでプリクラ撮るなんて。わたしとも撮ってほしいです」
「いやあの、野中さん? このときもキッツキツだったんだよ? この人数であの筐体の中、正直入れないでしょ?」
去年の出来事を思い出して、鍵太郎は顔を引きつらせ、後輩にそう言った。
あの時も数日前とほぼ同じレベルで、恥ずかしい思いをさせられたのだ。狭い撮影スペースの中で男一人だけなんて、まるで女性専用車両に迷い込んでしまったぐらいの居たたまれなさである。
そして今年ももう一度、あんな思いをするなんて。
しかもさらに人数が増えるなんて、地獄の極みとしか言いようがなかった。
だが恵那の頬の膨れは、そう言っても収まらない。
そしてこれを撮った時点では、こちらとそれほど親しくなかった隣花も――
「……ふーん。そうなんだ。みんなでプリクラとか撮ったのね。ふーん」
なぜか先ほどまで微笑んでいたはずの目を違う意味で細め、そんなことを言ってくる。
何だ、この流れは。
このままではまたあの地獄、そのさらにパワーアップ版に連れ込まれそうではないか。
鍵太郎がダラダラと汗をかき始めたとき、涼子がグラスを掲げてあっけらかんと言う。
「じゃあさ、今日はみんなでここで写真撮ろうよ」
たくさんのグラスと、料理と、お菓子と。
クリスマスツリーと――そして、人と。
全部を混ぜて一緒に写真を撮ろうと、彼女は言った。
「せっかく集まったんだからさー。みんなで撮ろ! 片柳さんも撮ってばっかりじゃ、自分が写らないでしょ」
「む……」
「わ、わたしが飾りつけしたツリーと……先輩が、一緒に写るのなら……いいです」
「じゃ、撮ろ撮ろ!」
「でかした浅沼!」
何だかよく分からんがでかした――と、半ばパニックになった中で鍵太郎はうなずいた。
そのまま、全員が入る角度での撮影会が始まる。
「……宮本さん。もうちょっと右。うん。そんな感じ。千渡が作ったその不恰好なホットケーキも写しましょう」
「ケンカ売ってんの、あんた!?」
などと隣花がカメラを見て位置を決め、タイマーをかけ――
パシャリ。
と音を立てて。
クリスマスツリーと、お菓子と、料理と。
そしてその場に集まった、大勢の部員たちを全部収めて、その日の写真が撮られたのだった。
♪♪♪
そして、後日――
「……これはこれで、恥ずかしいなあ……」
隣花がプリントしてくれたその写真を見て、鍵太郎は自室でボソリとつぶやいた。
大概もう気にしなくなっていたけれど、改めて見ると全員が女性の中に自分ひとりが男というのは、やっぱり異常で。
こうして客観的にそれを見せつけられると、やはりどうにも自分の周りは、ちょっとおかしいのかなとも思ったりもする。
というかこれは絶対、姉には見せてはならないのだ。
見せたらもう、絶対からかわれる。
あのとき彼女たちに対して家族の写真を隠したように、今度はこの写真を、家族に対して隠さなければいけなかった。
去年のクリスマスに撮ったプリクラも、実は机の中に仕舞ってある。
なので鍵太郎はそれと同じ引き出しに、その写真をしまった。
なぜならこれはもうひとつの家族との、大切な思い出なのだから。
「ふう……」
しかし、とその写真を仕舞って、鍵太郎は思う。
失敗の数だけ人は成長し。
そして大切なものの数だけ、人が強くなるというのなら。
自分はどこまで恥ずかしい思いをすれば――彼女たちを守れるくらい、強くなるのだろうか。
思い出の数だけ 譜楽士 @fugakushi
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