第四五段 茂木の港

元は料亭であった建物を改築してできたドミトリーは茂木の港のやや外れにあり、潮騒が優しい場所にあった。

道路に面しているとはいえその通りは少なく、一面に広がる海行く波の方が目立つほど。

そこに荷を下ろし、私は夕暮れの茂木の港を散策することとした。


夕暮れといえども、四月ともなれば寒さとは無縁である。

その中で居並ぶ漁船は昔の威容を僅かに偲ばせる。

この地もまた、多くの船と多くの魚を歓喜で迎えた歴史を持つ地である。

それが、今では夕方にもなれば人通りもまばらで穏やかな時が流れるだけの場所と化している。

市街地からは僅かに三十分ほどである。

それでも、山を一つ越えてしまえばそこにあるのはより過疎の進んだ寂しい光景である。悲しみが込み上げてきそうになる。


しかし、それを制したのは夜に立ち向かう空と水面の姿であった。

燃えるような赤さというよりも人を迎えるような温かさ、それが一面に広がりその足元には穏やかな波の行き交いが静かに独り身を迎え入れる。

私のような根無し草に居場所があるのかという問いに、半分に切られたドラム缶が黙って頷く。


さらに、入った鮨屋で頂く肴はいずれも私に命を吹き込もうとする。

漁師町らしい武骨な寿司は、しかし、だからこそ私の軟弱を叩き直そうと躍起になる。

鮑を焙った握りは豊満な旨味以上に私に与えた命の在り方と輝きが喩えようもなく眩しかった。

そして、宿で行われていたべーべキューに迎えられ、私はこの地の虜となってしまった。


 潮騒や 根も無き草も 震えだす 茂木に血潮の 滾る若造


早朝、寝ぼけ眼でやや明るくなりつつあるのを感じる。

締め切られた部屋の奥から波の音が母の声のように誘う。

その手招きに預かって外に目をやれば、私の一日が始まる。

東より高らかに声を上げる旭日が金色の海を成し、この地を海の都とした。

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