第四四段 ロード・トゥ・モギ

八四の年を刻んだ骨を手早く壺に詰め、私は呆けていたように思う。

母を焼いた地で今度は父を焼くことになり、こみ上げてくるものは感傷よりも安堵の方が大きかったように思う。

ただ、その時が終わった私は涙こそ流さなかったが、強い疲れのようなものを感じていた。

前の晩、港を一望するという宿をとりそこで眠りに就いたが、どこか晴らせぬものを心のどこかに抱えたように感じていた。

いつもであればそのようなものは近所の鴉にでも食わせてやるのだが、この日はどうもその気が身から剥がれようとしない。


仕方がないから帰るか、と仕事を思い出して連絡したところで上司はもう少し休んでも良いと優しい言葉をかけて下さった。

確か、忌引きはまだ四日ほど残っていたのではなかろうか。

その中で仕事に戻ろうというのは仕事人間であるがゆえの勤勉さによるのではなく、働いて雁字搦めになった心を無理矢理解してしまおうという魂胆の方が強い。

そのため、この時ばかりはその無理を自らに求めず、素直にもう一日の休みをいただくこととした。


ただ、休みをいただいたはいいものの、その一日をどのように過ごすかは決まっていない。

ひとまず、役所の手続きを済ませてから街中で一休みする。

姉の家に厄介になるという選択肢もあるのかもしれないが、どうもそうした気分でもない。

旧友を誘って飲み歩くかというのも脳裏を掠めたが、鉄筋の密林で夜を明かすのは何かが違う。

ただ、漫然と宿を探してネットの海を彷徨っていたところ、一つの文言が私の目についた。


「茂木は東洋のベネツィア」


私はたまらずに笑ってしまった。

ふざけたことを、と半ば冗談めいてスマホを叱ったのだが、その情景に惹かれた。

そして、そこに宿をとることにしたのである。


 芯もなく いずこへ向かう 根無し草 風の向くまま 陽の傾くまま

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