第十七段 唐八景
長崎は昔より独自の文化を育んでおり、ハタもその中の一つである。
その中でも、特に喧嘩バタは華やかであり、人の持つ蛮性を文化へと昇華させた偉大な例の一つである。
その文化を未だに受け継ぐ土地が唐八景であり、時季になればハタの秀麗さが空を覆う。
それも、錦絵ではなく西洋の油絵のような美しさであり、その色彩だけで長崎を象徴している。
さて、唐八景は市内南部の中では一際高い丘であり、一種特殊な景色を望むことができる。
眼下には海、空には霞、そして、それを分かつ丘は勾配をつけながら遥かに広がり、一瞬、日本にいることを忘れさせる。
中世まで日本では、世界に国は日本と唐土と天竺の三つしかなく、この景色を見て昔の人が幻想的な印象を受けたであろうことはその名前からも想像に難くない。
また、以前は長崎の港を望むには大浦が最も美しく、グラバーがその眺望を求めて邸宅を設けたことは先述したとおりである。
しかし、そのように美しい景色を求めるのであれば、今はこの唐八景に到るより他にない。
『ハコモノ』の密林で街が覆われている現代に生まれていれば、グラバーは迷うことなく、この地に邸宅を求めたであろう。
それほどに、この地は眼下に広がる海と人並みの眺望が美しいのである。
このように、長崎に残る希少な景勝地に、幼少の頃は何の有り難味も感じることなく訪れていた。
むしろ、遠足の行く先としては遠いこの地に対して、僅かな恨みを覚えていたかもしれない。
それでも私は、この丘で大地に寝そべり、空の行く末を見守るのが好きであり、潮騒を夢想しながら海原を眺めるのが何よりも好きであった。
潮騒の 夢の畔に 唐土の 思い冠した 泡沫の丘
ここからの景色も変わるのかもしれない。
その時、潮騒に身を委ねた子供は何を思うのであろうか。
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