15-7

「井上さん」

 母がきびしい目つきのまま、口をひらいた。みんなの視線が集まる。

「このバカ息子、けっこうな額の借金があるのは知ってる?」

「はい。経営されていた会社の負債と、浦田商店の店と土地のローンですよね」

「すぐカッときて、人様に食ってかかるようなことばっかりするよ」

「はい、知ってます。前向きっていうか、前のめりですよね」

 あははは、と美樹が横を向いて笑っている。沙織さんは目を白黒させている。

「会社起こしてつぶして、勤めては辞めて。うちの店だって、いつ放り出すか」

「そのときはそのときです。理さんはいつでも、誰かのために動いてるだけですから」

 母がぐっと黙りこむのを、久しぶりに見た。

 良さんの背中はすこしもゆがまず、その場からわずかも動かない。両足の先を母に向け、まっすぐに立っている。

「また、改めてご挨拶させてください。今日はカレー食べていただいて、ありがとうございました」

 深く深く頭を下げる。きれいなお辞儀だった。

 母はまだ、目を閉じて眉間に手を当てている。美樹と父さんが沙織さんを連れて、甘いものを買おうと出て行った。

 すぐに腕をつかんで、顔をよく見ようと引き寄せる。

「良さん」

 申し訳なさと恥ずかしさと、嬉しさもちゃんとあって、ぐしゃぐしゃにからまって言葉にならない。

 大丈夫、というふうににんまり広がるくちびる。このやわらかそうなところから、あんなに力強い言葉がぽんぽん飛び出すなんて、良さんはまだまだ計り知れない。

 

 ちらほらと帰る人の波が出てきて、その中に宮下と真帆の姿が見えた。すかさず大きく手を上げて、こっちへ来いと合図を送る。

「悪い、良さん、もう一仕事」

「ええ? 俺もうフラフラだよ」

「ごめん、でも宮下にだけは紹介させて。前に話した俺の親友」

 くりっとまんまるい目がかがやく。握った手のひらが口元を抑えた。

「えっまじで? 仲直りしたの?」

「うん。全部良さんのおかげ」

「いや、俺なんにもしてない……」

「浦田!」

 宮下が遠慮もなしに乱入する。いきなり握手をと手をつかまれた良さんが、ぽかんとあっけにとられている。

「宮下、良さん。俺のパートナー」

「はじめまして! いやあ、こいつほんと口下手だし無茶苦茶するし、めんどくさいやつなんですが、よろしくお願いします」

「お前なに言ってんの」

 力任せに肩をたたく。ぶはは、と吹き出し笑う顔が、学生時代に戻っている。

「井上カレーの井上です。こちらこそ、どうぞよろしく」

 両手でショップカードを持って、丁寧に差し出す。

 そのやわらかな頬のゆるまりを、やさしい仕草を、いつまでもこうして見ていられたら、と心から思った。

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