15-3
テントに戻ると良さんがきびきび動いている。お盆を持ってお茶を出し、おばあちゃんたちと笑顔をかわす。俺より上手い。
「ごめん、遅くなって」
「さっちゃん!」
はい、とお盆を渡される。目が合う。まぶしくてすぐそらしてしまった。
「ええんよ、このお兄ちゃんが相手してくれよった」
「さっちゃん兄ちゃんより、愛想がええでな。カレー屋さんなんやて?」
「はい、向こうのキッチンカーで出してますんで! さっちゃん兄ちゃんに言ってくれたら、ここまで配達しますよ」
んっ、と目を見た。ちりっとウインクが飛んでくる。
「ああ、そらええわ。お昼どきになったら、戻ってこうわい」
「ぜひ! 井上カレーです、よろしくお願いしまーす」
おばあちゃんたちのしわしわの指に、ショップカードがやさしく渡される。あっという間に場の空気をふわっとあかるくしてしまう良さんのこういうところが、すごく俺に必要だとつくづく思う。
「良さん」
「ごめんさっちゃん勝手なこと。よかった?」
「もちろん」
顔を近づけて小声で話す。じゃ、と小さく手をふって、良さんは自分のキッチンカーに戻っていった。
おばあちゃんたちがのんびり話す。あの白いテーブルを、まあるく囲んでいる。
ぽってりした湯飲みをコンと置くと、ふと、きらきらしたものに包まれているような気がした。そこにばあちゃんがきっといる。見てくれているはずだ、と思えて仕方ない。
さなちゃんやリカ先生の様子を見に行きたいと思っていたけれど、交代を頼んでいた父さんと母さんがなかなか来ない。人ごみを見るともなく見ていたら、なんとなく浮いた姿を見つけた。
ちっちゃな子犬を大事そうに抱えた、智也とそのお母さんだ。
「浦田のおっちゃん!」
たたっと駆け寄ってくる。お母さんもちらっとこっちを見て、仕方なさそうに寄ってきた。
「おう。なんかいいもんあったか」
「ポコにね、犬用のケーキがあった! あと、お母さんにプレゼントした」
ぐんとひかる満面の笑み。最初に見たときの、か細くしおれそうな笑顔とはまるで違う。智也の指さす胸元を見ると、カラフルなビーズのネックレス。
「やだ、あんまり見ないでください。私の趣味じゃないんだけど、この子がどうしてもって言うから」
つるりとかがやく爪の指をひらいて、すこしはずかしそうにネックレスを隠す。シックな色味のワンピースからは、たしかに浮いている。
「いいの! ママお花みたいでかわいいでしょ」
「うん、いいなあ。智也が選んだのか、すごいなあ」
「ポコにもつけたかったけどね、飲みこんだらあぶないってお姉さんが」
「あー……」
「だから、ポコのおうちの上に飾るの」
ここらで見かけないブランドのボディバッグから、ごそごそと小さなブレスレットを出した。色使いが同じだ。
「ママとおそろい。これでポコと仲良しになるかな」
急に声がしぼんだ。うつむいたまつげが、頬に影を落とす。
「はいはい、なるわよ。大丈夫」
「ほんと? 浦田のおっちゃん、覚えといてね。証人だからね」
「ええ? はいはい、わかったよ」
すこし笑って見上げると、お母さんも同じように笑っていた。諦めたように笑う顔が、ほのかにやさしい。大人はいつでも子どもの言いなりだ。
ポコはちっちゃな前足をばたつかせて、智也の胸で一生懸命もがいている。抑え込もうと抱きしめる細い腕からとうとう抜け出して、たしんと地面に下りた。アスファルトを確かめるように、かしかしっと踏みしめて、鼻を鳴らしている。
「ママ、ポコ歩いてもいい?」
「しょうがないわね、ちょっとだけよ」
「はーい!」
智也とちっちゃな子犬は、転がるように走りだす。モノトーンでまとめた小粋な子ども服が、遠くから見てもよく目立つ。
シルエットが大人のように流行のもので、よく見るとお母さんの服と色味が同じだ。
「じゃ、すみません。あ、もしおばあちゃんが来たら、お世話になります」
「えっ、来られてるんですか」
「私たちとは別でね。一緒に来てもよかったんだけど、朝、畑見てから行くって言うから。浦田さんとこのぞきに行くって言ってましたから、すいませんけどお願いしますね」
仕方なさそうな口ぶりに、ちょっとだけ、前とは違うやわらかな色がのっている。
アスファルトをカツカツと響くヒールの音が、ポコの声が呼ぶ方へと向かっていった。
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