14-3

 んふふと笑って、さなちゃんとリカ先生が小突きあっている。みんなで慌ただしく改札のほうへ歩いた。

 前を行く女同士のからんだ視線が、ぶつかってそのままこっちへ振り向く。さなちゃんがちりっとかわいくウインクをした。

「さっちゃん、しっかりね」

「えっ、なにが?」

「良ちゃんもね。あんまり浦田さん困らせるんじゃないよ、いくらでも甘えさせてくれるからって」

 リカ先生がぴりっとつつく。良さんがとなりで絶句している。はくはくっとくちびるが動いていたから、なにか言おうとしたらしい。

「それじゃ、また!」

「早く早く、良ちゃん」

「二人ともありがとう、またご連絡します。……良さん!」

 くるりと振り向いたときの目が、とても楽しそうだった。あっけなくドアが閉まる。

 女子二人に、なにをわあわあ言われているのだろう。こっちを向いて手をふる良さんの、きらきらした目だけを見つめて見送った。


 電車が行ってしまうと、もうなにもない。急になにも持っていないような気分になって、がらんどうになる。

 背中からじわじわくるいやなものを振り払おうと、歩き出すとすぐにスマホが呼んだ。

「さっちゃんのふるさと、すっごくいいところだね」と、いつものスマイルマーク。

 黄色の太陽がぽこんと入って、さらに文章が流れた。

「今度はもっとゆっくり見たい!」

「できれば泊まりで!」

 足の先からあたまのてっぺんまで、あっという間にぱんぱんにふくらむ。手の甲なんて、しびれかけている。

 ポケットにスマホを押し込んで、大股で歩いた。お祭りまであと少し。やることも、やれることも、まだまだたくさん残っている。




 寝返りを打つとローテーブルの足に腕をぶつけた。目をあけると、つけっぱなしの電気とパソコン。画面は切れている。また、通話の途中で寝てしまった。

 時計を見ると四時半だった。まだ外は真っ暗で、でも鳥はもう鳴いている。カーテンをあけて、窓もあけた。十二月の澄んだ空気がびゅうびゅう入ってくる。

 緑のにおいはすっかり落ち着いて、冬枯れのにおいがする。土のかすれたような、枯葉や幹のかすかな部分から立ち上がる、この土地のにおいだ。

 吸いこむと、からだの中の記憶がどんどんよみがえる。小さい頃、中くらいの頃、この家を出ていく前の頃。ずっとこのにおいをくり返し浴びて、べつにありがたいとも思わずに、そもそもこんなにおいがすることさえ感じていなかったと思う。

 寒くなってきてくしゃみが出て、カラカラと窓をしめた。ガラスに部屋の中がうつる。

 紙やら本やらが散乱している。ひとつずつ拾い集めながら、ゆっくり部屋を見回した。

 ここに、数十年前には祖母がいた。どんな暮らしをしていたのだろう。ときどき遊びに来てはいたけれど、朝や夜のすきまをどう過ごしていたのかは知らない。

 今日は一日、会場で準備を手伝うことになっている。店の鍵は昨日のうちに母に渡してあって、もろもろのこともひと通り伝えた。

 お茶出しに御用聞きに、なんだか用事がたくさんあるねと笑って引き受けてくれたけれど、ほんとうは自分でこの店に立っていたい。お世辞にもにぎわっているとは言い難い、こんな田舎のさびれた店を、ここまでかけがえなく思う日が来るなんて、思わなかった。

 ふるさとマルシェは明日。うまくいくだろうか。はじめてのお祭りで、はじめての催しを出して、ほんとうに誰かに喜んでもらえるだろうか。

 ごちゃごちゃ考え始めて、薄暗いほうへ引きずりこまれそうなときは、すぐにスマホをひらく。メッセージをめくり、良さんのSNSを見て、あかるいものを分けてもらう。

 さらに自分のカメラロールをひらいて、照れた良さんがまともに写させてくれなくて、ブレブレにブレている写真を何枚か見てしまえばもう大丈夫だ。肩や背中のあたりからすっかり力が抜けて、ゆるやかな気持ちで満たされる。

 六時が過ぎ七時を回り、「行ってきます」と送り合う頃には、会えることばかりを考えて、目にうつるものがすべてひらひらとまぶしく見えた。

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