14-2
心臓がいたい。ちぎれてしまう。
良さんはいつも、俺の中の深い深いところまで入って、えぐって、すべてを持っていこうとする。だから俺の中はとっくに空っぽになって、今はもう良さんしかいない。
すべて良さんのせいだから、俺に一生を預けて埋めていってほしいと、早いうちに伝えようと思った。
外のいちょうの金色が、良さんの髪にまぶしく反射する。言葉にならないたくさんのまぶしいものが、窓の外にも、足元にも、目の前にも。
「キッチンカーの場所って、駐車場のどのへん?」
「電源がいるから、たぶんあっちの……」
かざした指のすぐ先を、いちょうの葉が舞っていく。後ろからきゃあきゃあと声がして、リカ先生とさなちゃんが戻ってきた。
「ばっちりわかったよ会場!」
「けっこう入れそうね。でも来るかしら、お客さん」
「大丈夫ですよう、リカさんがキラッキラの衣装でシャララーンてしてれば」
「ちょっと、ヨガはそういうんじゃないのよ」
楽しそうにつつきあっている二人にも、まぶしいひかりが見える。良さんの提案で、みんなでいちょうの木と一緒に、写真を撮ろうと階段を下りた。
ついでに、と二人にお願いして、良さんとのツーショットも撮ってもらった。わかっているのかいないのか、二人は楽しそうににやにやして、何枚も何枚も撮ってくれた。
いちょうの木と、照れてすました俺の目つきと、ちょっとはにかんだ良さんの横顔。見るたびにいつでも、痛いくらいに刻み込まれたこの瞬間を、思い出させてくれるだろう。
駅まで送って、電車が来るまで一緒に待つことにした。
ぽつりぽつりと人がいる田舎の駅で、さなちゃんとリカ先生はどこか浮いている。キラキラしているというか、色が浮いているというか、まわりのどこかかすれたような色となじんでいない。
良さんも同じで、どことなくこの土地の人ではない空気がある。べつに特別派手な格好をしているわけでもないけれど、ワントーン明るい。
まわりがふわふわとひかって、きれいな色をして、ふっと笑うと、まるで夏のまぶしい雲のかたまりのようだった。
女子二人は、おみやげを見てきゃあきゃあ言っている。良さんは、そこらじゅうにスマホをかざし、カシャリ、カシャリと撮っている。
俺はべつにめずらしくもなくて、ベンチに座ってぼんやりしていたら、遠くから一枚撮られたようだった。吸い寄せられてふらふらと立ち上がり、となりに立ってスマホをのぞく。
「なに撮ってんの」
「んー? ないしょ」
「なんで。見せてよ」
「帰ったら送るよ」
親指でしゅっと画面をとじる。ホームから風が吹きこんで、良さんの髪がかき混ぜられる。甘いにおいをまともに浴びてしまって、なんとなく肩をぶつけた。
ぐらりと揺れた良さんと、目をあわせる。ふに、と目じりがゆるむ。
こうして見ても、さっきベンチから見ていても思ったけれど、ほんとうにふつうの、気のよさそうな男の人だ。東京で仕事をしていて、休みをとってこうして地方にふらりとやってきて、観光して帰る。
友達が多くて、居場所がたくさんあって、たぶん大事な人もいるだろう。良さんから放たれる安定した空気は、そんな勝手な想像をたしかなものだと思いこめるような、どこにでもいるふつうの人そのものだ。
「どうして……」
「ん?」
ぽつりともらすと、やっとスマホから顔を上げた。頬や目のまわりから力の抜けた、透明な表情。完全に気を許してくれているようで、嬉しい。
「良さんは、どうして俺がいいの」
うつむいたまま頭を寄せて、できるだけ喉をしぼって小さい声で言った。すぐに目がまんまるになって、やわらかな色の頬がゆるむ。
「えー? そんなの言えないよ」
「なんだよさっきから。内緒ばっかだな良さんは」
「さっちゃんだっていつもそうじゃん。……そんなの、すぐに言葉になんないよ」
むくれて見ていると、ほわほわと頬が染まっていく。もうすこしでひらく前の、ほころびかけた花びらみたいだ。
ホームに電車が入ってくる。アナウンスが聞こえて、女子二人が戻ってきた。
「次は前日だね。わあ、なんかドキドキしてきた」
「さなちゃんは彼氏と旅行みたいなもんだね」
「なによう、良さんだって……」
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