第十四章 リカ先生とさなちゃん
14-1
「ぎゃー! 広い!」
「ほーんと。気持ちいいとこね」
「ただの田舎道ですけど、そう言ってもらえると助かります」
「なに言ってんの、いっつも俺に自慢してるくせに」
助手席のかわいい人にくすくす笑われて、口をとがらせた。十一月の田んぼは稲刈り直前で、金色の穂がふさふさ揺れる。
つい格好をつけてしまったけれど、本当は俺の胸もばたばたとうるさい。毎日見て見飽きて、何の変哲もない風景も、となりにいる人でこんなに変わる。
「空気がちがーう。なんか透明?」
「さなちゃん、彼氏はよかったの?」
「うん、バイトだって。だから今日は早く帰れって、もううるさい」
「あーらあらあら」
スマホを見せられたリカ先生がくすくす笑う。まっすぐなまなざしが、さなちゃんと同じように窓の外へ。
バックミラーばかり見ていたら、となりの良さんにひじでつつかれた。ちらりと目を合わせる。
「なに」
「べつに」
問い詰めたいけど、今は手が離せない。
チラチラとうかがうと、スマホを出してうつむいている。それからさっとこっちに向けて、カシャっと音をたてた。
「なにやってんの良さん」
「景色撮ってる」
後ろの女子二人は、それぞれきゃあきゃあ騒いで楽しそうだ。二人っきりになれないことにもんもんとしたけれど、協力してくれる二人が嬉しそうで何より。
町の真ん中にある、文化センターに車を停めた。
「はい、着きました。そっちが会場です」
「え、どこどこ?」
全開の窓からさなちゃんが顔を出す。危ないよ、とリカ先生がたしなめている。
降りる直前、車のホルダーからペットボトルを取ろうとして、良さんが手を伸ばす。同じように取ろうとして、一瞬だけ指にふれた。
はっと見開いた目が俺を見る。うつむいて少しはにかむ。声をかけようとしたら、すぐにペットボトルをつかんで行ってしまった。しょうがなく、ひとりで頬をふくらます。
「勝手に入っていいの?」
「うん、開いてるなら」
「フロアの広さとか、確認できる? ヨガマット足りるといいけど」
「ちょっと聞いてきます」
三人を置いて、受付に声をかけた。許可をもらって、建物の案内を持って階段を上がる。
さなちゃんと先生は、それぞれ割り当てられた部屋を見に行った。ぽつんと残された俺と良さんは、なんとなく黙って外を眺めた。
窓の外から、日差しがまぶしく差し込んでくる。いい天気だ。ガラスの壁にはりついて、ひとつ息をつく。
「お祭りの日も、晴れるといいね」
良さんが、言いながらとなりにやってくる。顔を見上げた。
毎日見ているはずなのに、まるで知らない人みたいだ。画面越しの顔と、となりで感じる生きた息づかいは、ここまで違うのかとめまいがする。
夏と同じロゴのTシャツ。ざっくり羽織ったパーカーが、あたたかそうだ。気持ちよさそうに、景色に目を奪われている。
風が少し吹くたびに、首を動かすたびに、泣きたくなるようなやわらかなにおいが頬をなでる。
「あー、緊張すんな」
「なに? お祭り?」
「いや、実家に良さん連れて帰るの」
「……やっぱやめとく?」
うつむいて、静かに言った。目をあわせてくれない。それでも、そらさずに見つめて待つ。
「やめないよ。良さんがやだって言っても連れて帰る」
冗談ぽく言ったつもりだった。でも、いくら待ってもいつもの突っ込みがなくて、ちょっとさみしい。また怒らせてしまったかと、短くため息をついた。
「さっちゃん」
「うん?」
目を合わせると、まぶしいような、泣きそうな顔をした。今にも涙が落ちるんじゃないかと、うるんだ目じりを見て焦る。
「うわ、ごめん、俺またなんかした?」
「違うよ。なにさっちゃん、いつもそんな心当たりあるの?」
「ないけど、だって、良さんが」
ふふ、と笑って目じりをぬぐった。焦れば焦るほど、はらはらと顔をのぞくしかできない。
じっと見ていると、ふわりとくちびるがひらく。ゆっくりと口を動かして、すこし前に俺が雑に扱って、怒られた大事な言葉を伝えてくれた。
「わかった?」
「……なんとなく」
「え? だめだよそれじゃ。ちょっと耳かして」
すいっと顔を寄せてくる。あいしてるよ、とかすかな声で素早く言って、ぱっと顔を離した。
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