13-3

 二回目の実行委員会の帰りに、三代目会に誘われて居酒屋に集まった。

 ヨガのワークショップとアクセサリー販売の企画がみんなに伝えられ、委員会では大人しかった三代目たちが、なんやかんやと早速突っ込んでくる。

「ちょ、待って待って、人妻と女子大生? 浦田さんなにそれ、どんなつながり?」

「いや、そこだけ取り出すとそうですけど、そうじゃなくて」

「ひょー! うらやましい!」

 ビールのジョッキがガツンと揺れる。笑うたびにとなりの人と肩がぶつかって、泡が飛ぶ。

 みんなTシャツやポロシャツにデニムかチノパン。この季節にハーフパンツの人もいる。

 二十代から三十代くらいの、個人商店を引き継いだ三代目たちは、気のいい感じの笑顔がそろって、どこか似た雰囲気だ。


 八百屋のかずくんこと吉田さんは、前掛けと頭のタオルを外すと、気のいい兄ちゃんだった。商売中の厳しい目つきはどこかに失せている。

 他にも、商工会の集まりで見た若い顔ぶれが六人ほど集まっていた。

「こっちの人って、みんなやさしいっていうか」

「わかる。ある意味お節介なくらいっすよね」

 ぽそっともらすと、吉田さんがすかさず拾ってくれる。うんうんと頷いて、

「俺も帰ってすぐは、こっちのノリに慣れなくて」

「え、吉田さんもですか?」

 テーブルの上の皿に、どんどん箸が伸びる。カラッと揚がった小魚が大盛りになっていたはずなのに、もうほとんど残っていない。

「すげえ勢いで踏み込んでくるでしょう」

 吉田さんの一言に、目の前のツンツン頭の兄ちゃんが食いついてきた。

「それ! 俺、彼女ほしーってなんの気なしに言ってたら、となりのじいさんが見合い写真ガンガン持ってきて」

「まじで?!」

「三か月後には結婚してましたよ。恐ろしいですわ、田舎の本気」

 途中で話に割り込んだ金物屋の店主が、ばっはっはと気持ちのいい笑顔を見せる。

 すっかり酒が回った顔はしあわせそうだけれど、笑っていいところなのかちょっと引く。

「俺もこないだ、うちのおかんが見合いだのなんだの言ってたんですけど」

「あ、それやばいっすよ。来ますよ」

「うわあ……まじかあ……」

 片手で頭を抱えた。ジョッキに半分残ったビールが、ぷちぷちと弾けている。久しぶりの酒はよく回る。

「浦田さん、もしかしてあれっすか」

「へ?」

「向こうに誰か残してきたとか」

「あー! 遠距離! 浦田さんありそう~」

 うひゃっと笑って首をふった。それだけの反応で、もう金物屋の兄ちゃんは、となりの人と次の話題にうつっている。

 この、微妙に立ち入らない距離のとり方がなつかしい。


 お祭りの打ち合わせと称して集まった飲み会は、やっぱりそんな打ち合わせはそこそこで、ただの飲み会だった。

 田舎でなかなか集まらない同年代が、わっと集まってただ話す。それだけなのに、同志というか同郷というか、妙な連帯感があって、居心地がいい。

「ふるさとマルシェって、最初は吉田さんが提案されたんですよね?」

「そうっす。こっちって、若者が騒げるお祭り、ないじゃないすか」

 空のジョッキをごとりと置く。目に、強いひかりが宿っていた。

「神社の祭りはじいさんがメインだし。それはそれで、大事な文化なんですけど」

 頷くと、さらに続けた。

「もっとこう、若い世代にも参加させたいっていうか。都会もいいけど、ここにこんなおもしろいものがある、って教えたいんすよね」

「すげえ、立派……」

「いやいやいや、浦田さんだってそうでしょう。つぐみのあたりが活気づいてきた、ってよく聞きますよ」

 嬉しいことを言ってくれる。やっとジョッキを八割がた飲み干して、鼻をこすった。

「キッチンカーにしてもヨガにしても、いい人脈持ってますね」

「ああ、あれは……」

 良さんが、と言いそうになって、はっと口をつぐむ。余計なことだ。

「たまたまです。昔、マッチングサイトやってたことがあって。企業同士の」

「へえ!」

「それとは全然関係ないんですけど。……ま、そんな感じで」

 答えになっていない答えも、店の喧騒に流されていく。

 目の前の金物屋の兄ちゃんは、見ていられないほど真っ赤な顔だ。となりを見ると、吉田さんは顔色も変えずけろりとしている。

「強いですね、酒」

「僕、営業やってたんで」

「ああ、それで……」

「毎日毎日、これですからね。もう肝臓がだめです」

 ゆっくりと、やわらかく笑う人だ。この人になら、とふと考えて、すぐに打ち消した。

「やっぱりノウハウがありますね。マッチングサイトかあ……」

「いや、もうずいぶん前のことです。一回つぶしてるんですよ。それで買収されて人のものになって」

「それでも十分すごいですよ。僕らは……ああ、地元のこいつらのことですけど。それぞれの店の専門的な知識があっても、それをつないでいく大きなノウハウはないですからね」

 日に焼けて引き締まった頬に、決意のような色が浮かぶ。俺にはとても思いつかないような、スケールの大きなことを考えているのだろう、となんとなく思う。

 揚げ出し豆腐の最後のひときれを、どうぞと笑顔で差し出され、ぽいっと口に入れた。

「浦田さあん、毎年呼んでよ、人妻と女子大生!」

 ゆらゆらと揺れながら、箸の先でぴっと差してくる。金物屋の兄ちゃんの目があやしい。

「お前、いい加減にしとけ。すいません、こいつこんなんで」

「金森、おい、金森」

 ばたんと転がり、ごおごお言っている。

 うるさいくらいのいびきをかいて、あっという間に寝てしまった。店の人が笑いながら見ている。

「今のはあれですけど、浦田さん、ほんと毎年呼んでくださいよ」

 吉田さんが、兄ちゃんの頭の下に座布団を押し込みながら言う。

「じっくり育てていきましょう。ふるさとマルシェも、浦田商店も」

「浦田さん、こいつめちゃくちゃ暑苦しいから、適当に流して」

「元営業はな、成果成果できてるからな。しゃあないわあ」

 金森さんと話していた二人が、口々に言った。吉田さんが恥ずかしそうに、ちょっと照れている。

「また飲みましょ。なんかあったら、いつでも相談のりまっさ」

「お前はほんっと、他所のなまりが抜けんのう」

 がはがはと笑ういろんな方言に混ざって、一緒にのけぞった。みんなはどこでどう時間を過ごして、ここに帰ってきたのだろう。

 良さん以外の他人に興味を持つのも、話をしたいと思うのも、久しぶりの感覚だ。

 ゆっくりとなにかが動き出すような、あたらしい感覚が、いつまでもきらきらと回っていて、ただ嬉しかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る