13-2

 秋がすっかり深まって、田んぼがきれいな黄金色にかがやいている。

 お祭りの実行委員長の山本さんに電話をしてみたら、店にいるからと言われて、町の山本文具店に直接向かうことになった。


 助手席に置いた企画書が、野道でカサカサ揺らされる。どういう反応が返ってくるだろう。

 誰かになにかを伝えることは、本当はもっとうれしいはずなのに、いつも不安が先にくる。

「ああ、すまんねわざわざ」

「いえ、こちらこそお仕事中に」

 ぺこぺこと頭を下げ、お客のいない隙を見計らって、企画書を見てもらった。ふん、ふん、とぱらぱらめくる。

 ぐっと手を組んで待つ間、ポケットの上からスマホにさりげなくふれた。いつでもそばにいる。

「うん、これで預かっとこう。次の集まりでみんなにも見せるし、他の人のも見せるから、また参考にしたらええわ」

「ありがとうございます」

 深々と頭を下げた。顔を上げて、ぐっと静かに両手を握る。

 ひとりでぶつぶつ仕上げたものを、しっかりと受けとってもらえた。一歩進んだ、と確実な達成感がうれしすぎる。

「今日は、もう帰る?」

 山本のおじさんが、両手を腰にあてて愛想よく言う。

「はい、特には……」

「ほんなら、ここらまわり見て帰ったらええわ。ほれ、浦田さんと同年代の人の店とかな、この通りにあるんよ」

「あ! そうします」

 歯切れよく返事をすると、いそいそとレジの奥からチラシをくれる。ふるさと商店街マップ、と書いてあった。

「ここのな、通りをずらーっと……」

 ウキウキと説明してくれる。この町の人たちは、人と人との距離が近いというか、親切が深い。ずっと離れていたから忘れてしまったけど、もともとこういう町だったのだろうか。

 レジの周りにある「タクシー呼びます」という貼り紙や、バスの時刻表。食事の配送サービスに、「お手伝いします」という介護のチラシ。

 わさわさと鈴なりに貼ってある貼り紙を見ていたら、それが浦田商店だけの特色ではないような気がしてきた。


 お礼を言って、車を停めたまま商店街を歩いた。閉店が多くて閑散としているように見えたけど、明るく営業している店もある。

 通りの向こうに、真っ白にひかる大根がどっさり積まれた店先が見えた。店全体からいきいきとした力があふれ、ひときわ目を引く活気がある。

 マップを見ると、前回の集まりで、八百屋のかずくんと呼ばれていた若い店主のいる店だ。

 あれから名刺を用意して、いつでも持ち歩いている。会ってみたい人のことは事前に調べ、きっちり頭に叩き込む。

 そんな風に、さびついていたアンテナのひとつひとつを、ゆっくりと立ててきた。


 店に近づくと、お客さんが楽しそうに野菜を選んでいるのが見えた。昼過ぎの八百屋に、子連れのお母さん、ひとりのおじいちゃん、仲のよさそうな老夫婦。

 みんながあれこれと、野菜を直接さわって確かめるように見定めて、かごに入れている。

 子どもは鼻を近づけて、きゃっきゃと鼻を押さえていた。初めて見る光景に、思わず腕を組んで見入ってしまった。

 しばらくそうしているとお客さんがはけて、店の感じがよく見える。ふわふわと明るいのは、中の壁が真っ白なせいだろうか。

 もっとよく見てみたくて、ずんずんと奥へ入った。レジの奥の倉庫のようなスペースで、頭にタオルを巻いた若い男が、きびきびと働いている。

「あの、すみません」

 声をかけるとぱっとこっちへ顔を向ける。目が鋭い。

 ポケットから名刺入れを出して、ぐんと頭を下げた。

「浦田商店の浦田と申します、ご挨拶が遅れまして。先日の実行委員会でご挨拶できなかったもので、突然で申し訳ございませんがお伺いさせていただきました」

「ああ、いえいえ、こちらこそ」

 腰から下げた手拭いで、ごしごしと顔を拭く。ぱたぱたとレジの周りをかき回して、名刺を出してきた。

「吉田です。浦田さんは、最近こっちに戻られたと聞いてますが」

「はい、去年の冬に。祖母が亡くなりまして、私が継ぐことになったというか」

 勢いというか意地というか。そのへんまで話してしまいそうになって、ぱくっと口を閉じた。

「吉田さんも、Uターン組ですか?」

「ええ、僕も。いろいろありまして」

 にや、と顔が笑った。きりっとタオルで締まった顔が、人懐っこくゆるむ。

 なまりのない発音と、微妙にぼかしたもの言いが、いかにもこの土地を一度離れた人らしい。

「よかったら、今度いろいろ教えてください」

「ええ、もちろんもちろん。……浦田さん、よかったらこれ入りませんか」

 デニムのポケットからさっとスマホを取り出し、画面を見せてくれる。メッセージのグループだった。

「Uターン、三代目会?」

「ええ、このへんの店のUターン組……主に三代目なんですが、地元に帰ってきた人が集まって、ときどき飲み会してるんですよ」

「へえ、楽しそう」

「浦田さんもぜひ! 誘うのが遅れてすみません」

 ぱきっとのぞく白い歯が、この店のなによりの信頼になるに違いない。ぴかぴかと健康な空気が満ちていて、こんな人がやっている八百屋なら、とお客さんが思うだろう。

 自分のよれよれのポロシャツとチノパンをちらりと見て、小さく反省した。

「ありがとうございます、ぜひ寄らせてもらいます」

「よかった! お待ちしてます。浦田さんのこと、みんな気にしてたんですよ。話、聞かせてください」

 おばあちゃんがとことこと店に入ってきて、吉田さんはすぐに向かっていった。挨拶をして、おしゃべりをして、楽しそうに野菜の話をしている。

 商品をすすめているわけでもないのに、次々と売れていく様子を見て、すごいなあ、と思うしかなかった。

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