第十三章 Uターン三代目会

13-1

 次の日から、出店に向けて慌ただしく動き始めた。

 まずは母のところへ行き、足りない言葉をつなぎ合わせて説明した。

「一緒に暮らしたいと思っている人がいる」

「でも結婚はできない」

「ちゃんと説明するから、お祭りが終わるまで待っていてほしい」

 ずいぶん勝手な言い訳だと思ったけれど、母はしぶしぶ納得してくれた。進めようとしていた見合いがあって、返事を待たせているのだとため息をついた。

 申し訳ないけど、と謝っていたら、勝手に進める母も悪い、となぜか父が間を取り持ってくれた。


 それから、リカ先生に教えてもらって、さなちゃんのツイッターにもメッセージを送った。

 お祭りでテントを出すのだけれど、なにか出してくれないか、と頼んだら、きらきらした絵文字で喜んでくれた。

「まーじでー!」

「さっちゃん今そんなことになってんの?!」

「行きたい行きたい! 絶対行く!」

 どこか良さんに似た、若々しいノリのよさに笑ってしまう。一度しか会っていないのに、良さんのカレーがつないでくれた楽しさの縁は、しっかりと生きている。

「うちの彼氏が革細工やっててね、一緒に出してもいいかなあ?」

「私はビーズアクセサリー。連れてかないと怒りそうだし(笑)」

 もちろんいいよと返事を送る。女性向けばかりになりそうだったから、心強い。

 ぜひ来てほしいと伝えて、と合わせて伝えた。あのときぎろりとにらまれた彼氏に、絶対来てほしいと思うなんて、これだから時間の流れはありがたい。

「良さん」

 話しながら寝てしまったかわいい人を、画面越しに呼んでみる。うん、とくぐもった声がして、腕だけがぴよんと上がった。

 ゆっくりと体を起こして、寝ぼけた目で俺を見る。

「あれ……え? まだ夜?」

「もうそろそろ朝」

「え?! あれ? 今日いつ?」

 ばさばさと髪をかきまぜ、くわあとあくび。見ているだけで心がほころぶ。

「話してる途中に寝ちゃって、つなぎっぱにしてた」

「うそ。ごめん」

「いや、いいから。ゆっくり寝てて」

「それじゃつないでる意味ないじゃん」

 ふへへ、と甘ったるく笑う。その声と笑い方を取り出して、かたちに残してそばに置きたい。

 秋がすっかり深まって、明け方は特に人恋しくなる。電気ストーブもフリースの上着もあたたかいけれど、もっとあたたかい人と手をつないでとなりで寝ていたい。

 良さんがとろんとした目でスマホをいじる。寝ぐせの髪ともこもこしたパーカー。

 ときどき鼻をすする音がする。その耳の形を見ているだけで、ああ、と言葉を失う。

 最近こうして、テレビ電話をしていても、黙っていることが多くなった。画面の向こうに姿が見えているから、まるで一緒にいるように錯覚してしまう。

 途切れることのないメッセージと通話で、心がぴったりと寄りそっていると思えたし、良さんは俺にとってすごく良さんで、これ以上のものはない。

「さっちゃん、寝てないの?」

 スマホをぱたりと置いて、つぶやくように良さんが言う。画面をじっと見つめる目から、たくさんのものを受けとった。

「うん、なんか、寝れなかった」

「だめだよ、ちゃんと寝てよ。俺の見張りとかしなくていいから」

「見張ってないよ」

「うそ」

 うひゃひゃと笑うかすれ声が甘くて、にんまりと目を閉じた。声を聞くと眠くなる。

 ここのところ出店の企画書を作っていて、やっと仕上がりそうになり、昨夜は徹夜してしまった。

「とりあえずできたから、これ」

 画面越しに印刷したばかりの企画書を見せる。かわいい人はうおっ、とまんまるな目をして、パンパンと手をたたく。

「やったじゃん! おつかれ、さっちゃん」

「ありがとう」

「これで、浦田商店が世界に羽ばたく準備ができたねえ」

「そんな大げさな」

 笑いながらあくびをした。ぐしゃぐしゃと眠い目をこする。その間も良さんはじっとしていて、俺から目をそらさない。

「なに? なに見てんの?」

「かっこいいなあと思って」

「ええ? 徹夜明けでよれよれのおっさんが?」

「おっさんじゃないよ、さっちゃんだよ」

 嬉しそうに笑ってスマホをかざす。カシャ、と写真を撮って、黙って手元で確認している。

 もし、俺がシャッターを切るときと同じ気持ちだとしたら。こういう時間をいつまでも残しておきたいと思っていてくれたら。

 良さんが大切に思うものと、俺が大切に思うものが、重なっているといいなと思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る