12-3

「うええ~! まーじで?」

 ひゃっほうとかわいく騒ぐ。

 画面の向こうの良さんが、両手をぶんぶん振って、ぱたぱたと踊っている。

「行く!! 絶対行く。カレー出す。なにがなんでも空けてみせるわその日」

「ほんとに? 無理なら他の人に声かけるから、仕事優先で……」

「ちょっ、さっちゃんのいじわる! 俺以外の人呼んじゃだめー!」

 とたんにしかめっ面になる。くるくる変わる表情がうれしい。

 やっぱり、声だけじゃなくて顔が見えると話がしやすい。というか、楽しい。

「良さんてほんとかわいいな」

 ぽつりともらした言葉も、最新のマイクはきっちり拾ってくれるようで、ぽわんと頬が染まる。すっかり大人しくなって、黙って水を飲もうとしている。

「ほら、気をつけて」

「うん」

 うっかりすると水がかかりそうな位置にスマホが見えたから、遠くに置こうよと指を差す。

 ほんとうはそばにいて、俺がさっさとどけてしまいたい。すこしでも姿が見られればと思って始めたテレビ電話は、楽しいけれど余計にこの距離がしみてくる。

「で、カメラ屋さんに写真見せてもらったんだけど」

「あ、そうだそうだ。どうだった?」

「なんか、すごいよかった」

「へえ~?」

 くすくす笑う頬にふれたい。ぷに、と液晶の画面を指でつついた。

 つけっぱなしのディスプレイは、あったかいけど固くて、つるつると味気ない。

「やってみたいこと全部詰め込んだ感じの、ある意味カオスなお祭り」

「なにそれ、楽しそう」

「フェスを意識して始めたらしいんだけど。俺みたいにちょっと前に帰ってきた人とか、あとは……」

 手元の紙を見て、メモした名前を読み上げる。帰る間際に車の中でメモした顔の特徴も、一緒に伝えた。

「さっちゃん、名刺交換しなかったの?」

「あっ!!」

 がっと頭をつかむ。そのまま髪をかき回した。顔をつないでいくには一番にそれなのに、俺はなにをぼんやりしていたのだろう。

「忘れてた……。だめだ、勘が鈍ってる」

「あ、さっちゃんが青年実業家に戻ろうとしてる」

 ぷくうと頬がふくらむ。かわいくてつねってしまいたい。

「戻んないよ。てか、そもそもそういうんじゃないし」

「ほんと? あんまし俺の知らない人になんないでよ」

 気づけばディスプレイをなでる癖を、もうやめないといけない。いくら手を伸ばしても、画面の向こうには届かない。

「さっきから、なにしてんの?」

「え?」

「画面、なんか操作してる?」

 ふと横を向いたときの首筋の線も、ぱさりと揺れる前髪も、ぜんぶ。さわりたくてしょうがないから、とりあえず画面をなでているなんて、とても言えない。

「いや、なんにも」

「ふうん? さっちゃんまたなにか隠してる?」

「隠してないよ」

 責められてもすねられても、うれしい。画面の隅の時計を見て、慌てて話を元に戻した。

「あ、そんで、リカ先生とかさなちゃんにも、なんか頼めないかな?」

 ぱかっと目が大きくなって、きらきらとほころぶ。もしかしたら、今までもこんな顔をして、俺と通話してくれていたのだろうか。

 そうだとしたら、これ以上ないほど舞い上がってしまう。

「いいと思うー! リカほんとは自分でヨガ教室やりたいって言ってたし。さなちゃんもアクセサリー作るのとか好きだし、なんなら美大の友達にも声かけてもらって……」

 良さんといると、楽しいことがつぎつぎに生まれる。

 俺のちいさな思いつきが、雪だるまみたいにぽんぽんと転がって、次第に大きくなっていく。

「早速、声かけてみよっか」

 スマホを取り出す手を、つかもうとしてまた手を伸ばしそうになる。重症だ。

「俺から声かけてみてもいいかな」

「……もちろん! どしたのさっちゃん、積極的だね」

「なんか、負けてらんねえなと思って」

 おおっ、とかわいくはやしてくれる。笑った目が、どこかすとんと落ち着いている。

「さっちゃんが、さっちゃんじゃなくなってきた~」

「なんにも変わんないよ。なに、さっきから」

「だって、そっちでいろいろ盛り上がって、俺のことなんか忘れちゃうんじゃない?」

 あんまり胸を締めつけることを言わないでほしい。もはやディスプレイのふちに、もたれるように手をかけている自分が、ばかみたいだ。

「俺はさあ、良さんとこっちで暮らそうと思って……」

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