12-2

「あはは、そんな書かんでも」

「いえ、今日が初めてなんで」

「そうかあ。あんた、熱心じゃなあ」

「まだ帰ったばかりですから」

 少し頭を下げると、ふほほと親しみのある目で笑う。おじさんは、自分は薬局の四代目だと教えてくれた。

 ホワイトボードの前で話していた二人も、話がすんだようだ。かずくんという若者が席に戻り、山本のおじさんが仕切り直そうとしている。そこへまた声がかかった。

「出店の配置は、やっちゃん」

「まだ出そろってないんで、締め切り次第決めていきます」

「うちとこ、去年は出口らへんやったから、今年こそは入り口ぎわに置いてえよ」

「はい、それもまたくじ引きで」

「まったそれや。運次第やのう」

 入ったときからテーブルに置かれていたペットボトルが、だらだらと汗をかいている。ふたをあけるだけで、だいぶ手が濡れてしまった。

 黙っていれば、何もわからないまま会議が終わる。緊張なんて一言話せば即消える。

 濡れた手をズボンで拭って、そのまま手を上げた。

「はい、そしたらまあ、皆さんもお忙しいと思いますので……」

「やっちゃん、ほれほれ、手え上げとる」

「あ、ごめんごめん。えー、どうぞ」

 ぱっと手のひらを向けられて、そろそろとパイプ椅子を下げながら腰を上げる。座ったままで、と言われて、落ち着かないまま腰を戻した。

「すいません、去年の様子を知らないもので。こちらにも書いてありますが、もっと様子がわかる写真とかがありましたら……」

「あ、そうか。兄さんはこっち帰ったばかりやったか」

「写真いうてもなあ。……ああ、菊池さんとこはどうじゃろ」

「あるわ。カメラ屋やもの、絶対撮ってる。ほ、ふぉ、フォトコンテストなんか、しよったじゃろ」

「そうじゃ、帰りに寄ってみいな。場所は、ええと」

 わあわあと口々に目印を教えられ、手書きの地図が次々に舞い込む。たくさんの親切がありがたくて、地図のアプリを開く間もなかった。

 挨拶もそぞろに、それぞれパイプ椅子を引きずり席を立つ。ドアを抜けようとすると、山本のおじさんに声をかけられた。

「そうや、浦田さんとこは出店なんか出すかね?」

「出店、ですか」

「うん、商工会の人らはみんな小さいテント一個ずつでな、店のもん置くんよ」

「はあ、そういう風にするんですか」

「浦田さんとこは……うーん……ただの商店やから、置くようなもんはなかろうか」

「そう……ですねえ」

 金物屋は毎日に欠かせないざるや鍋を、用品店は季節の洋服を、時計屋は電池の交換サービスをと、それぞれ店ごとに出すらしい。

 浦田商店は日用品雑貨店。小さなスーパーのようなものだから、店の目玉といっても、洗剤やスナック菓子くらいしか思いつかない。

「せっかくテント借りれるんなら、なんか出したいですよねえ」

 おじさんはうーんと相づちをくれながらも、廊下をさっさっと歩く。4階からの階段を降りる間も、いろいろと教えてくれた。張りのある声がくわんと天井に響く。

「浦田さんといえば御用聞きじゃろ。だからといって、テントで御用聞きするわけにものう」

「御用聞き……」

 こしょこしょと太ももがくすぐられる。ポケットの中で一回、スマホが震えた。たぶん良さんだ。

 かわいい笑顔がふわっと浮かび、ぱちんと心が弾けた。

「キッチンカーを呼ぶのはどうでしょう」

「キッチンカ? ああ、屋台の車かね」

「テントもいらないですし、電源さえ引かせてもらえれば」

「そりゃあ手間がかからんね。うん、保健所の許可さえ取ってくれれば、ええと思うよ」

 よし、と両手を握った。なんだかいけそうな気がしてくる。

 去年のクリスマスのカレーパーティーを思い出していたら、さなちゃんやリカ先生の顔が浮かんだ。なぜだかわからないけれど、記憶の中のいろんな人の笑顔がどんどん浮かんでくる。

 ビルの入り口から出ると、秋晴れの空がどこまでも高い。駐車場をせかせか歩く山本のおじさんに声をかけた。

「あの、ワークショップみたいなことはできるでしょうか」

「あん? なんかようわからんけど、浦田さんの段取りでやるんならなあ」

「ほんとですか?!」

 とんとん拍子にいきすぎて、目を見開いて食いついた。おじさんはぱかっと大きく笑う。

「一回、紙にまとめて出してもらえるか。焦らんでも、まだまだ打ち合わせはこれからや」

 おじさんよりもずいぶん勢いが落ちるけれど、素直に笑って頭を下げた。

 なんだかいろいろ見えてきた。ブオンブオンと出ていく他の店主たちの車を見て、同じように元気にエンジンをかけた。


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