11-2

 夜が深くなるほどに、気持ちが上がって落ち着かない。

 声が聞けない日は息ができないみたいにどうにもならなくなるし、次の日の夜が遠くてたまらない。

 そんなに見たってなにも変わらないのに、メッセージの履歴を何度もめくる。自分でもどうかと思うほど、夢中になっていた。


 水でも飲もうと立ち上がりかけて、ローテーブルの角でひざを打つ。ぐうっとうずくまったところで、スマホが鳴った。

 痛みも忘れてつかみ取り、すぐ耳に当てる。

「さっちゃん! なにしてた?」

「足ぶつけてた」

「なにそれ? キレてんの?」

 くすくすと甘い笑い声。ぶつけた痛みやら焦る気持ちやら、さっきまでこんがらがっていたものが、すうっとほどけていく。

「ねえねえ、俺今度の日曜休みとれそうなんだけど」

「出店? 食べに行く」

「違う違う、さっちゃん、焦りすぎ」

 つんのめるように言葉を差し込んでしまって、また笑われた。

「うち来ない?」

 持っていたペットボトルをぐっと握ってしまって、慌てて放す。開けたての容器から水がこぼれて、服が濡れた。

「行く!」

「びしゃっていったよ、今。なんかこぼした?」

「水」

「もー、なにやってんのさっちゃん」

 あーあ、とかわいい文句を耳もとで聞きながら畳を拭く。こうしていると、良さんがすぐそこにいるみたいだ。

 いつかこんな風に、目の前でずっと姿を見られる日が来ればいいのに、とあてもなく思う。

 それから今日の時間を決めて、一生懸命しゃべり倒して、それでもまだ全然足りない。じゃあまた明日、と電話を切って、頭をかきむしった。

 やっと会える。考えれば考えるほど、指の先はどんどん冷えて、机に手をつくとカタカタとボールペンが揺れる。見てみると指が震えていた。

 会いたくて震える、なんてよくいうけれど、実際にこんな風に震えることがあるんだと笑ってしまった。指をぐっと握って、開いてもまだ小刻みに震えている。

 まだ会ってもいないのに、一週間も先なのに、うれしさで体が爆発してしまいそうだった。


 なるべく早くから会いたいと頼みこんだら爆笑されたけど、どうにか許してもらえた。八月の四時頃はもう日が上りかけていて、まだそのへんにかすかな夜気が残っている。

 ハンドルを握ると心が暴れて、制限速度、と何度も念じながら走った。

 昨夜、送ってもらった地図を何度も見た。駅から少し離れた場所にあるマンションで、駐車場がないからと、ていねいにコインパーキングの場所まで教えてくれた。

 こういうほんのささいなところを、さらりと扱ってくれるところが、良さんの良さんらしいところだと思う。すべてが晴れるようなあの笑顔が、人の心の奥深くまで届くのは、大事なことを知っているからだろう。


 教えられた通りに歩いて、一階にコンビニがあるビルを見つけた。送られた写真で見たことがある。

 現実の中にいるはずなのに、まるで画面の中に入ったみたいで、ふわふわと落ち着かない。階段を上がって、ドアを見つけて呼び鈴を押しても、まだどこか夢の中にいる。

 いきなり目の前のドアが開いた。まんまるな目がぴかりと笑う。

 声も出せずに息を止めていたら、ぐいっと腕を引っぱり込まれた。背中でバタンとドアが閉まる。

 大きな手のひらが首をかすって、ぐるぐると巻きつく。飛びつくように抱きつかれて、よろけて壁に頭をぶつけた。

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