第十章 ポコと智也
10-1
レジに座ったとたんに猛烈な眠気が襲ってくる。テレビやなんやでよく店番のじいさんがこっくりこっくりと居眠りをしているけれど、まだああはなりたくない。
こうなったらなにか体でも動かしていようと、思いついて店の裏の倉庫に向かった。
ここの庭は、刈っても刈っても雑草が茂る。除草剤をまけばいいと言われたけれど、小学生が騒いでいるのを見ていると、なんだか薬をまく気がしない。
庭の木からはわんわんとセミの声が響いて、睡眠不足の頭に響く。
ガタガタと引き戸をあける。あのテーブル以外にも、なにか使えるものはないかと見回して、首をつっこんだ。
「あら、またなにか出すの」
振り向くと母が立っている。夏もののジャケットを羽織って、ハンドバッグまで持っている。
「どっか行くの?」
「ちょっとね、商工会。あ、そうだ、理に行ってもらえばよかった」
「俺でいい用事なら行くけど、店番は?」
「あ、そうだそうだ、そう思って私が用意したんだった」
からからとあかるく笑う。物忘れが進んだのかとぎょっとしたけれど、この母に限ってそんなことはないだろう。
「ま、とにかく、次からこういう外の用事もあんたが行かなきゃね」
「そのときは、店番頼んでもいいかな」
「そりゃもちろん。父さんもいるんだし、みんなでかわりばんこだよ」
そんじゃ、と軽自動車に飛び乗って、あっという間に行ってしまった。
田舎の個人商店なんて、一日座っていればいいと思っていたけれどとんでもない。細かな用事がたくさんあって、座っていられるのはほんの少しだ。
倉庫をがさごそやっているうちに、おばあちゃんの集まる時間になって、すぐに戻ってお湯をわかした。どんなに暑くなろうと、熱いお茶がいいと言う。
氷ぎっしりのグラスで飲みたい俺からは考えられないことだけれど、いろんな好みの人がいる。せっかく一人でやっているのだから、対応できる限りはしていこうと、なるべく合わせるようにしていた。
「おうおう、あちち、ありがとうね」
「ここはいいねえ、喫茶店よりサービスがいい」
「ほんと、店で飲んだら冷たいもんしかないもんねえ」
ふっふ、ほっほと笑いながら、俺の淹れたお茶を手にとって、目をぴかりとかがやかせる。いつものおばあちゃん三人組だ。
店の前に置いたベンチに並んで、祖母の代からの白いテーブルに湯飲みを置く。毎日毎日よくまあ話題が尽きないなと思う。今日もまた始まるみたいだ。
「そうそう、うちとこ、孫が子犬を拾てきてね」
「ああら! そりゃあ大変だ」
「うちの嫁が、犬は嫌いじゃいうて。誰かもろうてくれんかな」
「いうても、うちとこもカヨさんとこも、大きいのがおるしな」
「ほうよ。うちの犬はえらい嫉妬しいやから、小さいのが来ても困るて」
「なあ、さっちゃん兄ちゃん、誰かおらんかな」
急に呼ばれて、気の抜けた妙な声で返事をしてしまった。レジの近くの棚を整えていて、うつらうつらと立ったまま寝かけていた。慌てて店の入り口に向かう。
「すいません、聞いてなくて」
「犬をね、飼える家をね、知らんかと思うてね」
「犬、ですか」
「まだちいちゃいんよ。こおんな、かあわいい」
しわくちゃの手をそうっとまるめて、ちいさなおわんを作る。子犬なんてしばらく見ていないけれど、そこまで小さいものなのだろうか。
「ここ、夕方に小学生がようさん来るじゃろ。聞いてみてくれんね」
「ああ、そうですね。そうしてみます」
「頼んだよ。嫁の機嫌が悪うて、みそ汁がしょっぱあて困っとるんじゃ」
あっはっはとみんなで笑う。笑いごとでもないけれど、みんなで笑うと大したことも、そうでもないみたいに思えてくる。
おばあちゃんのおしゃべりは止まらない。店のラジオもにぎやかなのに、ぼんやりするとつい頭が揺れて、何度か棚にぶつけそうになった。
そもそも夕方まで正しく覚えていられるか不安になって、メモを書いた。それを見ていると、もういっそ貼ればいいのではと思い付き、おばあちゃんたちから聞き取りながら、かんたんな貼り紙をつくる。
「おお、いいね、これならわかりやすいね」
「この、絵がいいのう」
「え、犬に見えますか?」
「見える見える。立派なもんよ、なあ?」
おばあちゃんたちにほめられるとなんだか気恥ずかしい。一番笑ってくれる人に見せたいと、スマホで一枚写真を撮った。
貼る場所は店の入り口がいい。小学生にも見えやすいように、ガラス戸の下のあたりに、雨にぬれないよう内側からテープで貼り付ける。
そのとき、言いようのないじゅわじゅわした気持ちが胸の底からわき上がった。これだ、と意味もなく頭に浮かぶ。
二日まともに寝ていない頭では、それ以上のことがまとまらないけれど、とにかくこれなんだとはっきり思えた。
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