8-3
「おっちゃん! これちょうだい!」
「お、おいおいおっちゃんはないだろおっちゃんは」
「えー、でもおにいちゃんではないよな」
背中になじんだランドセルをぐわんぐわんと振り回し、後ろの小さな子の顔を見る。黄色い帽子の女の子は、楽しそうにえへへと笑っている。
「おっちゃん、仕事中はスマホ禁止で!」
「ああ、ごめんごめん。これとこれ、三十円な」
「もう置いた」
どこまでも子どもに先回りされてしまって、口をあけて笑った。小さな女の子がぴょんぴょんと跳びはねている。
「なあ、なんでここにはキングモンのチョコないの?」
「え? なにそれ」
「知らんのおっちゃん! 今、町のスーパーに、みいんな買いに行ってんで」
思わず目をむいた。今、この小さくて元気いっぱいでちょっと生意気な小学生男子は、ものすごく大事なことを言ったんじゃないか。
「ちょっ、もうちょっと詳しく教えて」
「いいよ」
「これ載ってるかな?」
「すげえ! なにこれ!」
問屋さんから渡されている商品カタログを引き寄せて、バサバサとめくる。駄菓子のページをひらいて、あとは男の子に任せた。
「あ、こんなんあるんや。ほっしい!」
「それも流行ってんの?」
「まあちゃんねえ、お人形がほしいな」
まだランドセルの重みでふらついている小さな女の子も、横から口を出してくる。跳びはねたり回ったり、急に歌いだしたりと、くるくるきらきら動く。
「これや! キングモンチョコ。シールがついてる」
「シール?」
「いま出てるゲームのな、レアキャラが出るバーコードが隠れててな」
「ゲーム? みんな持ってんの?」
汗をかきかき、話してくれる。つぶらなまあるい目がきらきらとかがやいて、一生懸命に肩で息をする。子どもってこんなにかわいかったっけ、と頬がほどけた。
「おっちゃんなんにも知らんのやなあ」
「いや、ありがとう、教えてくれて助かるよ」
「ほんとに? ほんとにここに置いてくれんの?」
「たぶんな。一応頼んでみるけど」
「よっしゃー! そしたら休みの日にお父ちゃんに連れていってもらわんでも、帰りに買いに来れる!」
男の子はランドセルのふたが開いてしまったのもおかまいなしに、どっしんどっしんと大またをひらいて騒ぎに騒ぐ。
ガラス戸の向こうを通りがかった他の小学生も、男の子が騒いでいるのを見つけて、次々に店へと入ってきた。
「しゅんご、なにしてんの」
「今度キングモンのチョコ来るって!」
「え? どこに?」
「ここ! さっきおっちゃんと注文の見た」
「まじで? こんなとこ古い洗剤とひなびたお菓子しかないって、ママが言ってたよ」
「えっ、それほんと?」
思わず身を乗り出した。ちょっと小じゃれたポロシャツを着ている男の子は、怯えたようにうんと小さくうなづいて、他の子の影に隠れてしまった。
「智也のママ言いそう~」
「きれいやもんな」
「いつも町に買いに行くんやろ。マリーベルのショートケーキ」
「あ、むっちゃ高いやつや!」
「違う違う、カフェに行くんって!」
ギャーギャーと大はしゃぎ。智也と呼ばれた男の子は、真っ赤になって棚の後ろに隠れている。
「みんな、なんか他に町のスーパーに買いに行ってるもんあるか?」
「ある! ていうかここはなんもなさすぎ」
「ないー」
「あ、俺、マツヤのポテたべたい」
「ポッテポテポテ、マッツッヤ~」
小学生男子の大合唱。もはや収拾がつかない。耳を押さえたくなるけれど、小さくとも大事なお客さんだ。
こんなとき、祖母はどうしていただろう。俺たちが騒いでも、笑っても、泣いてもただじっとそばにいて、おだやかに見守ってくれていた気がする。
「これか! カタログ」
「あ、俺、しるしつける」
「うわ! それはだめ!」
大混乱の中、カタログをめちゃくちゃにされそうになって、赤鉛筆がかする前になんとか奪い返した。ぶうぶうとすねる子どもたちに、今日だけだよとジュースを配ってなんとか解散させた。
自分の少ない財布の中から、ペットボトル七本分の小銭を払う。チン、とレジをおさめると、静かになった店の外から雨音が聞こえた。
しっとりと葉を湿らせ、倉庫の屋根にトントンと落ちる。店の入り口のほろをパラパラと叩いて、ガラス戸の向こうに大きな水たまりをつくる。
カタログを見直して、店の電話を手に取った。すぐに問屋さんに連絡して、教えてもらったチョコの型番を読み上げる。
「ああ、はいはい、キングモンね」
「丸本さん、ご存じなんですか」
「そらもう、いま引っ張りだこでね。そうか、浦田さんとこも置くか。他の個人さんとこも、みいんな入れてるよ」
どうやらうちだけが出遅れていたようだ。店をただ回すだけで必死になって、周りなんてなんにも見えていなかった。
「丸本さん、もし、またこういうのありましたら、ぜひ教えてください」
「いいけど、いいの? 浦田さんみたいな若いひとがやる店は、そういうの置かないんだと思ってたよ」
「え? どういうことです?」
「そりゃ置いたら小学生は来るよ。でも、それじゃあ田舎の商店になっちゃうよ」
雨音が強くなる。ザバザバとガラス戸が洗われて、外の色がぼやけてにじむ。
「テーブル置いたりベンチ増やしたり、お茶出したりしてるじゃない。今時のおしゃれな……なんつうんだっけ、カフェ付き雑貨店みたいにするんじゃないの」
「そんなことないですよ。俺はばあちゃんがやってたみたいな、ほんとにふつうの……」
あとの言葉が出ない。雨音に負けないようにと声を強めたけれど、くっと喉が閉じた。ほんとにふつうの、なんだろう。
「まあいいや、発注しとくから。ええと、次の納品と合わせてでいいかな」
「あ、はい、よろしくお願いします」
商売人は忙し気に話をパタパタと閉じる。電話を切ってしばらく、受話器から手を放せず、じっとボタンを見つめていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます