8-2

 いったんお客さんが引いてから、ひとりで倉庫に戻って見直した。明るさを調節し直して、何枚も何枚も写真を撮る。

 ばあちゃんが、ばあちゃんのいいように片づけたこの感じは、もう誰の手にもつくりだせない。棚にテーブルに椅子にと、俺が見てもわからないけれど、ばあちゃんにとっては大事なものをそっとしまう場所だったはずだ。

「ばあちゃん、使わせてもらうよ」

 ちいさく声をかけて、ひとつひとつ庭に出していく。二畳ほどの倉庫の三分の一くらいを出したところで、あのテーブルが取り出せた。

 ざらざらと砂ぼこりにまみれてほこりっぽい。幅の細い木の板を張り合わせた表面は、ぼこぼこつやつやしていて、きれいにすればまだ十分使えそうだ。

 庭にぽんと置いただけでも、春の草のあかるい緑に映えて、真っ白なテーブルはなかなかいい。また何枚か写真を撮って、良さんに送った。


 湯飲みの写真とテーブルの写真。もう何十年も前に、ここでみんなを笑顔にしていたものが、こうしてまた日のもとに引っ張り出され、よいしょと力を貸してくれる。

 この物たちに最初にそういう力を吹き込んだのは、まぎれもなくばあちゃんなのだろう。つやりとひかるまあるい湯飲みも、どっしりとひとり立つちいさなテーブルも、まるでばあちゃんがにこにことそこにいるみたいだ。

「あら、誰かいないの?」

 いつの間にかお客さんが店の中まで入っていて、レジにある湯飲みをけげんそうに見ている。慌てて走って片付けて、ぱぱぱとレジを打った。

 頭で考えるより先に指が動いて、左手がレジ下のビニール袋をつまんでさっと取り出す。

「さすが、若いと早いねえ」

 おばさんは感心したように笑ってくれた。波間を漂うような頼りない毎日でも、前に進んでいることはひとつくらいある。

 外から田植えのトラクターの音が響いてくる。その音にかき消されないように、腹から声を出して元気に頭を下げた。


 次の日から、お客さんがいないときはテーブルを磨き、倉庫に首をつっこみ、なにか使えるものはないかと探し回った。椅子を置いたら良さそうだけど、ひさしが短いから雨の日は無理だし、あんまりたくさん並べるとじゃまになる。

 母に頼んで昔のアルバムを引っぱりだしたり、祖母をよく知るあの三人組に聞いたりしながら、できるだけ忠実に再現しようと走り回った。

 なんだか雨がよく降るなと思ったら、梅雨入りしたらしい。これもお客さんのアドバイスで、倉庫にあった古いラジオをなんとか調整して、店で一日中鳴らしている。

 最初は慣れなくてうっとうしかったり、毎日毎日おんなじような内容で気が滅入ったこともあったけれど、ふとしたときに耳に入るニュースがありがたい。

「今年の梅雨は短いみたいですね」

「ああ、そうだってね。田んぼの水、足りるかねえ」

「でも、一昨年もそんなん言ってたけんど、結局よう降ったわね」

 すっかり慣れたお茶出しのときも、ぽつり一言だけど会話に混ざれるようになった。思えば今までこんな風に、誰かとあたりさわりのない会話をすることなんてあっただろうか。

 ぶるっと胸ポケットがふるえる。メッセージだ。

「おつかれ~! さっちゃんなにしてる?」

「お茶出してる」

「その習慣面白いよね。投稿してみればいいのに」

 バズるかもよ、とのんきなハート。どうせ大した意味はないだろうけど、この間からちょくちょくわっかのような絵文字が入る。

 赤でもピンクでもない、線で描かれただけの、空っぽでちょっと無機質なか細い記号。流行りに詳しい良さんにとっては、カッコワライやアルファベットのwなどと同じような意味なのだろう。

「投稿? どこに?」

「さっちゃんTwitterのアカウントもってたでしょ」

「あ、忘れてた」

「俺の投稿も見てなくない? 来月から出店再開するよ」

 ほっぺをふくらませて怒るリス。ドカンと爆発する火山。それからクラッカーと星がチカチカまたたくスタンプが入って、最後にいつものビッグスマイル。

 どうしてこんなにうれしくなるのだろう。すぐに確認してみると、トップに再開のお知らせが固定してあった。

 久しぶりに見る井上カレーのバンと、かわいい黄色のほろと、立て看板。ぶるぶるとスマホが振動する。

「あの公園で今年もやりますよ」

「行く」

 即答すると、ぴたりと返事が止まる。じいっとスマホをのぞいていたら、手元が急に暗くなった。

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