第八章 白いテーブル

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 朝は八時に店を開けるから、五時には起きる。

 自分の支度をすませて店の掃除をして、棚をチェックする。問屋に商品を届けてもらうのは週に一回で、発注するのも週一回。

 まだペースがつかめていないから、品切れになったり過剰になったりと、でこぼこだった。


 一か月、二か月たっても、うまく回っているとはいえなくて、こんな小さな店ひとつ回せないなんてと落ちこんだりもした。

 でも朝起きてカーテンをこれでもかと全開にして、朝日を浴びながら体を動かしていると、不思議と気分が落ち着いてくる。

 初心者のままやめてしまったけれど、先生におすすめのヨガ動画を教えてもらって、見よう見まねでまだ続けているのもいいのかもしれない。腹から息をすって、はいて、ぐうっと筋肉を伸ばしていくと、体じゅうにじんわりと力がめぐっていくのがわかる。

 頭だけで考えていたごちゃごちゃも、ぐねぐねした感情も、すうっと晴れていくように整うのがおもしろかった。


 店を八時にあけたら、まず畑の人たちがやってくる。朝のひと仕事を終えて畑の様子を知って、うまくいっているとか心配だとか、わあわあ言いながら集まってくる。

 思い出してみると、祖母はかんたんにお茶なんて出していたような気がしてきた。今日も買い物をすませたらベンチに座っておしゃべりが始まっている。

 ふと思いついて、奥の部屋に戻って祖母の食器棚を見た。ああたしかあの湯のみだった、とまあるくぽってりした白い陶器をひとつ取り出す。

 奥にも同じものが何個か並んでいて、見回すとあめ色のお盆も置いてある。

「お茶って、どうすんだっけ」

 ぶつぶつ言いながら棚を探した。上の戸をあけ下の戸を引き、お茶の葉のパックを見つけて、食器棚をもう一度探って急須も出す。お湯は朝にわかしたのがそのままになっていたから、やかんから直接入れた。

 湯飲みにちょろちょろと注いで、お盆にのせるとなんとか様になる。朝日が入る台所で、湯飲みの白さがやわらかにひかりだして、なんとなく一枚写真を撮った。

「お茶出しやってみる」とつけて、すぐに良さんに送る。にまにました気持ちとスマホをポケットに押し込んで、そうっとお盆を運んだ。


「ああら! まあ、まあ、ありがとうねえ」

「いつまでもここにいて、大した買い物もないのにわるいねえ」

「やあだ、ウメちゃんみたいじゃね」

 おばあちゃんたちの顔がぴっかりとあかるくなった。あら、あら、と言いながら湯飲みをつまんでくれる。

「こりゃあちいと、ぬるいわ」

「さっちゃん、お茶の淹れ方おかあさんに習っておいでえ」

「それか、ここに、台を置いたらいいわ。ウメちゃんがときどき出してたろ、ほれ、あのまあるいの」

 ぱんっと記憶がはじけた。白くてまるいテーブルと、それをひょいと運ぶ祖母と、まわりではしゃぐ俺と妹。

 朝はこうしておばあちゃんたちが集まって、昼はおばさん方がお菓子をひろげて、夕方は小学生のサイコロやおもちゃがその上でとびはねていた。

「あの、白いテーブル!」

 うれしくなって思わず叫ぶと、おばあちゃんたちにからからと笑われた。

 とりあえず、とレジにお盆を置いて、裏の倉庫にまわってみる。鍵がかかっていて、またレジに戻って借りている鍵のわっかを探した。

「ここかい? ああ、そうだそうだ、ウメちゃんここからなんでも出しよったなあ」

「どれ、おばちゃんも手伝ってやろ」

「ほれ、しっかり引かんかい」

 ガタガタとななめになっている扉を、うんしょうんしょとみんなであける。引き戸をあけると古いもののにおいにまじって、なつかしいにおいがぷんとした。

「ウメちゃんのおしろいのにおいがするなあ」

「まあた、そんなことで泣くんじゃないよう」

 ひとりが鼻をすすると、もう一人が目元をぬぐう。いま、ここにいる三人と俺と、みんながばあちゃんのことを思い浮かべている。

 胸がつまってどうしようもないのは俺だけじゃないんだと、なんともいえないあたたかいものでいっぱいになる。

「ああ、あったあった!」

「これ、全部どけんと出そうにないねえ」

「今日は無理じゃ。また、時間のあるときに、じゃな」

「すいませんみなさん、ありがとうございます」

 深々と頭を下げると、いいやいいやとみんながゆったりしわくちゃの手をふる。入り口のベンチに戻って、なつかしいものを見たせいかまた話に花が咲き、しばらくおしゃべりして帰っていった。

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