第17話 潔白

 少しだけ。と、言ったはずのスイコだったが、その実ほとんど語り尽くしていた。

 というのも、スイコが言い淀み始めたところで毎度カテナが「こちらはこのような情報を持っている」と、絶妙な具合に手の内を明かしてくるからだ。

 それに、攫われ保護されている者や、救出に関わった人々の名など意図的に伏せている部分はあれど、そもそもカテナ達が欲している情報ではなかったことも大きい。


 カテナが特に興味を示したのは、人々が影の化け物に変えられていたという炉のようなものに関してだった。目に見える被害が直結しているからだろう。その話になる度に、些細なことでもいいから新たな情報を得たいと前のめりになっていた。


「影の化け物にされた人たちはみんな大耳って話だったわ。丸耳じゃ力が得られないとかなんとかって。……この辺は本人に聞いた方が早いんじゃないのかしら。捕まえたんでしょ?」

「そうしたいのは山々なのだが、旧世界の叡智がどうとかおかしな事ばかり口走っていてだな……」

「ああ……。あれ黙秘してるつもりもないから拷問しても無駄だろうしなあ……」


 ドロスのおかしな言動に覚えのあったソウキは、担当の衛士に少しばかり同情の色を示す。

 一方でアルーフは、スイコが描いた炉らしきものの図を手にしたまま難しい顔をしていた。


「いままで気にしてなかったけど、なんで魔力炉の方にもこんなに管が繋がってるんだろう。あの大きな魔動機械に魔素を供給するためだったら、こんな蛸の足みたいにあちこちに伸びてなくてもいいんじゃないか?」

「魔動機械に管がたくさん繋がってるのはわかるけどね。わたし達が見つけた魔力炉の他にも、何カ所か同じようなものがあって、魔動機械に魔力を供給させるつもりかもしれないし」

「他の所にも魔力を供給してる……のは考えにくいか。あの魔動機械動かすだけの力も足りてないのに分散させるのも効率悪そうだもんな」


 改めて見れば不自然なそれ。

 魔力を得るために必要な魔力を炉に供給する、人を利用して魔力を得るために必要な他の物質を通している。などいくらでも考えられるが、妙に引っ掛かりを覚えるのか、アルーフとスイコはあれこれと仮説を捻り出す。


「いろんなとこから供給か……最悪な方に考えたら、材料にする人を供給するためとかかもしれないぜ?」

「その全部かもしれんのじゃ。調べたらわかるのではないのかの? ほれ、我らと違って、貴様らは砂の国中を好き勝手に調べられるわけじゃろ?」


 揃ってふんぞり返っているソウキとクロは意味ありげにニヤリと笑い、衛士達を見る。意味ありげな態度をとっているが、意味ありげなだけで意味は無い。ソウキもクロも、大して変わらない状況に単純に飽きていた。


「無論、すでに調査隊は送っている」


 カテナでもなく、シンラでもなく、もっと重苦しい声。そう返したのは部屋の主である領主のものであった。


 四人がいる所は真っ白な治療用の牢ではない。一目で高価だとわかる年代物の調度品の揃う、領主の執務室に他ならなかった。自身と似たような目つきが気に入っているのか、調教された鷹までもが居座る広々とした部屋だ。

 アルーフ達が捕まってから十日ほど経った日のこと。カテナは約束通り領主に引き合わせたのだった。それも手枷や足枷も無しに。魔術を扱える者達がいるにも関わらず逃走を図らなかったということで、逃げる意思無しと判断されたわけだ。目の前で堂々と脱獄宣言はしていたが。


「で、その調査結果ってやつはオレらにも教えてくれんの? こっちばっかり情報提供してるんじゃ不公平だろ」


 不公平どころか牢から出されて比較的自由に振る舞えているのだからむしろ優遇すらされているわけだが、そんなことは関係ないと言わんばかりに生意気な面構えのまま返すソウキ。

 手枷は無いとはいえ護衛として帯剣もしている衛士達は配置されているわけで、衛士──主に気の短いシンラは色めきだつ。

 そんな衛士達とは対照的に領主は険しい顔の中、目の奥だけはどこか愉快そうに光らせていた。多少の生意気程度、そよ風と変わりないとでも言わんばかりに鼻で嗤った。

 鼻で嗤われたという事実にソウキは突っかかったが、その実それは自嘲だった。


 領主は元来まどろっこしいやり取りは好かない質だった。

 単純に気が短いとも言えるその気性は狸の群れの中で生きながらえるには致命的だ。だが領主は愚鈍でもなかった。若く力も無いうちは奴らのように振る舞えば良い。そして力を手にした暁には全てをひっくり返してやれば良いと。

 振る舞いは身に染みついた。何十年という習慣。元来の性根までも歪ませるのには十分だった。

 剣の鋭さを寄る辺としていたが、どうも自覚している以上に仮初めでは無いほどに根付いていたようだ。と、一から十まで小生意気なソウキ達を見て思い至った。ただそれだけのこと。


「実際にどのような技術が使われているかは我々ではわからん。が、どこに繋がっているか物理的に調べる程度の事は進んでいる。……シンラ、図を」


 ソウキにガンを飛ばしまくっていたシンラだが、領主に命を受けすかさず動く。

 抱えていた大きな筒が、アルーフ達の取り囲んでいた台の上に広げられていく。砂都を中心とした周辺地図だ。急ごしらえの複写で細かい所は全く書き込まれていないが、大まかな位置は把握できるようになっていた。

 砂都、廃棄市街、主要な鉱脈。それらの間には赤い糸のようなよれた線が引かれている。


「追跡できた管の通り道だ。これで全てではないがな」

「……これで全部じゃないって、冗談よね」

「このような手の込んだ冗談を用意するほど我々も暇ではない。衛士の手もまったく足りておらんからな。炉から伸びているものの中でも太いものを辿らせた」


 魔力炉から伸びた赤い線は砂都へ鉱脈へと伸び、そこから葉脈状に広がっていた。砂都に至ったものは外壁に沿って半円を描き、その中を繋ぐように赤い線が密度を増す。途中までしか辿れていないということは、それがそのまま外壁に沿って円を描くであろうことは想像に難くなかった。


「たかだか、二、三年でこんなことができるものなんですか?」

「無理だ。大々的に工事を行っていたならば地下といえど気付かぬ訳がない。内通者もいるだろうが、簡単に誤魔化せる規模ではないな」


 明らかに意図をもって張り巡らされた糸。その意味がわからなくとも何か薄気味悪さを覚えたのはアルーフだけではない。

 広げられた図を囲んで見つめる全ての者が神妙な面持ちをしていた。


「私が鉄の国から魔動機械を買った事には違いない。だがそれはあくまでも外郭の部分に過ぎぬ。中心部の貴石は先々代の頃には既に存在していた」

「先々代っていうと……百年くらい前ですかね」

「ああ。その頃には既に現砂都が街として機能していた。廃棄市街が廃棄されたのは精霊の加護が次々と消え失せたからだと文献にはあったが……アレが最後に残ったものだとすれば、数百年単位で行なわれたことと考えてもおかしくはない」


 領主の言葉にアルーフは、クロと共に落下した空間を思い出した。

 空っぽの祭壇。人の軌跡。どこから張られているかもわからない結界。地下であっても育つ植物。妙な場所に溜まっていた水。


「ただの遺跡だったのを勝手に使ってるだけかもしんないけどな」

「それも大いに考えられる。とはいえ、砂都側に行けば行くほど管が古くなっていることを思えば、何者かが意図を持ってこのような事をしているということは明白であろう。マステロル族の魔族よ」


 突然名を呼ばれたクロは口をぽかんと開けて、領主を見つめる。緊張感のない顔は、百人中千人が、「こいつアホなんだろうな」と思うような面構えだ。

 クロは話をほとんど聞いていなかった。小難しい話にすっかり飽きて、紐の切れ端を編んで遊び始めていたからだ。イタズラがバレた子供のように気まずそうにきょろきょろとして口ごもる。

 くいと、隣に座るアルーフの袖を引き、耳元に口を近づけて、「なんの話じゃ」とこっそり聞くクロ。残念ながら全員がクロに注目していたため、まったくこっそりではなかった。


「砂都を囲む外壁および盾門を作ったのは魔族だと聞き及んでいる。間違いないか?」

「う、うむ! 我が偉大なるマステロル族が帝国の猛攻を防ごうと、哀れな角なし達のため築いたものだと聞いておる!」


 全然話を聞いていなかった事を誤魔化そうと、クロはわざわざ立ち上がって腰に手を当てふんぞり返って答えた。

 誇らしいことでもあるのだろう。この街に着いた時にもクロはしたり顔で語ろうとしていたな。と、アルーフは思い出す。あの時は街の様子を見たくて、自分の方が話を聞いていなかったとも。


「その外壁の内部や地下に例の管が通っているのだ。それも人には生み出せぬ未知の素材でな。なにか知っていることはないか」

「くっくっく……愚問じゃな」


 魔族らしいあくどい笑みを作ったクロは勢いよく片手を前に突き出す。


「この我が、知るわけがなかろう!」

「……でしょうね」


 いつも通りのクロ。スイコは頭が痛そうに額に手を当てた。


「他の魔族が知ってたりしないかな?」

「知っていたところで捕まりはせんのじゃ。帝国に大敗して以来、ほとんどが影の国に籠もるか帝国の下に下るかしておるしの。誇り高き我がマステロル族も、てんでバラバラになってしもうた」

「その辺は常識よね。縋りたくなる気持ちもわかるけど」

「魔族によって敷かれた罠か、あるいは……」


 いつものことだ。と、常識の無いアルーフに肩をすくめるスイコの傍らで、領主は顎髭を撫でて唸る。

 しばらくそうして考え込んでいたが、なにやら思い当たるものがあったようで再び視線を上げた。


「魔族といえばもう一人いるではないか」

「魔族が他に……。……………………あっ、俺?」


 真剣な顔をして領主の話の続きを待っていたアルーフだが、部屋中の視線が自身に集まっていることに気付いてようやく頓狂な声を上げた。


「アルーフ、といったか。貴様は勇者の持つ聖剣を手に入れるため、他の者に力を貸していると言っていたな。帝国に入る為に魔剣が必要だとも」

「ええ。……魔剣の方は、ソウキがですが」

「なんのために聖剣がいる」

「えっと、せ、世界平和の……ため?」

「なぜ疑問符をつける。はっきり申せ」


 自刃するためです! と元気よく答えるのも違うよな。と、アルーフは答えに窮する。

 そんな答えでは何故わざわざ聖剣が必要なのかも意味不明すぎるし、魔王を倒すためにと言っても既に魔王は死んだとされている中では不自然極まりない。


「それにその……聖剣を手に入れたら、かなりお金が貰えるって聞きましたので」

「え? 聖剣が金になるって聞いたときびっくりしてたじゃんか」

「ぐ、んぬぅ……」

「力を取り戻した帝国が魔族を使って再び裏から攻め入ろうとしていても、なんら不自然ではないな。聞けば随分と、大昔に生きる者のように世間知らずだというではないか」


 口元にこそ笑みを浮かべているが、領主の瞳は鋭く、本当に皮膚に突き刺さっているのではないかと錯覚するほどにちりちりとした痛みを伴う。


「貴様どこから来た。……お前は、何者だ」


 暑いはずの部屋。それなのにアルーフは冷え切った風が肌を撫でるのを感じていた。

 今までの状況の中で一番悪い。味方と言い切れる人物が一人もいなかった。

 しかもなにも誤魔化さずに話したとしても、「魔王です」としか言えない。

 信じてもらえなかったとしても地獄だが、信じてもらえたとしても地獄。そしてこのまま黙秘したままでは、皆の想像は悪い方に転がるしかない。


 なにか、なにかを言わなくては。と、アルーフは口を開く。

 だが出てくるのは、あ、だとか、う、だとか、言葉にならない音だけだ。

 意を決してアルーフは勢いよく立ち上がった。


「俺は──あっふぁっ!?」


 けたたましい音。思い切り吸い込んだ息が間抜けな音になって口から飛び出した。アルーフ自身が盛大な音を出したわけではない。窓が割れたのだ。

 珍しいガラス製の窓は、拳大の石の闖入と共に砕けた。領主は窓の側に座していたが、咄嗟の動きで全てを避ける。散らばるガラスがパキパキと音を立てていた。


 あまりの間の良さ。領主は弁明すら聞かずにアルーフを斬り捨てんとしたが、遮るように両開きの扉が勢いよく開く。


「領主様!」


 ノックもなしに部屋に飛び込んで来たのは、地下で隊長と呼ばれていた衛士だった。


「許す。報告を」

「はっ! 中央広場に民衆が集まっております。なんでも、不当に拘束された仲間を返せだとか、食糧を返せだとか、主張はバラバラなのですが……とにかく領主様を害そうとしているようでして」

「これはまた、随分と間の良いことよ。それで、やつらは直接害となるほどなのか? これまでも幾人かが集まって声を張り上げていたことはあったはずだ」

「それがなんとも……。様子がかなり妙なんです。一部暴徒化していることに違いないのですが、やけに話が通じず。皆一様に目が血走っており、聞く耳を持たぬと言いますか」

「わたしたちが街に戻ってきた時と同じ……」


 領主と衛士の話を聞いていたスイコが考え込むように呟いた。もっと詳しい話を聞こうとして隊長の方へとスイコは歩みを進めたが、カテナが割って入る。


「領主様、我々も装備を整えてまいります。警護には入れ替わりで隊長がいれば問題ないでしょう」

「構わん。武器庫から近かろう、そのまま念のため牢の警備を強化しておけ」

「承知いたしました」


 シンラを伴ってカテナが部屋から出て行く。開け放たれたままの扉の向こうの廊下では、衛士達がせわしなく動き回っていた。

 アルーフも何が起きているか確認しようと窓に一歩近づこうとしたが、その背から重いものに押さえつけられて床に落ちる。

 後ろを振り返ればソウキが馬乗りになり、アルーフの腕を押さえつけていた。


「動くな。ここから」


 命令というよりも懇願だった。

 一瞬振れた瞳の先を見れば、剣を抜いた領主の姿。いつの間に抜剣していたのか、不用意に動けばこの部屋のどこに居ても首が飛びそうな鬼気を纏っている。

 ただソウキも純粋にアルーフを助けたというわけでもないようで、鼻に皺の寄りかけた表情を浮かべていた。


「手を貸してくれって言ったのはオレのほうだ。たとえアルーフが帝国のやつだったとしても騙されたとか言うつもりもないけど、でも……」

「疑いだしたらキリが無いんだけどね」


 見る見る間に暗くなっていくソウキとは対照的に、スイコはあっけらかんと言い放つ。


「だいたい、魔族が何か企んでるかもしれないっていうのも憶測でしかないわけでしょ? そうなるとクロだって相変わらず疑わしいわけだし」

「ス、スイコ! わわわわ、我、なにも悪いことしておらんぞ! 本当じゃぞ!」

「いや本当に疑ってるわけじゃないわよ。というか、これで騙されてたらわたしじゃ手に負えない……って、そうじゃなくて」


泣きそうになりながら駆け寄り、腰に縋るクロをなだめながらスイコは続けた。


「わたしから見たら領主もアルーフもソウキも同じくらい怪しいんだから、アルーフも濡れ衣なら濡れ衣だってちゃんと全部事情とか話してほしいのよね」

「えっ、オレ!?」

「だって影の国の魔族とか鉄の国のやつらが裏で手を引いてたら、その二つの国を通ってきてるソウキも怪しいでしょ? なんで自分だけ勝手に候補から外してるのよ」

「でもオレ悪いことしてないし!」

「いやいや、言い分がクロと一緒って」


 スイコの予想外の論説を前にして呆気にとられていたアルーフだが、突然知能指数が下がったソウキには突っ込まずにはいられなかった。


「悪いことしてなくても、騙してるつもりがなくてもわたしたちにとって害かもしれない。アルーフのこと信用してないって言ってた理由忘れたのかしら? まっ、その理屈で行くとわたしも、わたし自身を疑わなきゃいけないわけだけどね」

「う、ぐ、そりゃそう……だけど……」


 ソウキは控えめに領主の様子を窺った。相変わらず剣を握ったまま仁王立ちしているが、時間の経過と共に多少は落ち着いたのか、すぐさま斬りかかりそうな様子はない。


「私も確信を持っているわけではない。本来ならば、ここまで疑わしさが増大すれば今一度牢へと繋ぐところだが、その牢が今は危険のようだからな。このままこ言い分を聞くのもやぶさかではない」

「わたし〝信じてたのに〟って言うの嫌なのよね。大して知りもしないのに惰性で信じて、自分で信じるって決めたことも忘れてわめくのって格好悪いじゃない? だからちょっとでも判断材料が増えるのは歓迎するわ。信じるかどうかは別としてね」


「……あの、たぶん、俺がこれから言うこと、ものすごく突飛だし、信じてもらえないというか……信じてもらえたところで怪しさは変わらないというか……」

「うだうだしておらんで早う吐いてしまうが良い。そんなもの決めるのは我のほうじゃからな」


 一様に促され、深く息を吐くアルーフ。ようやく決心がついたように、言葉を形にした。


「……俺が、魔王……なんだ」

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