第14話 敵の敵、の敵

 領主達に付き従うしかないアルーフ達は再び入り組んだ地下道を歩かされていた。領主と衛士の足取りに迷いはない。幾度もこの場所を訪れているのか、どの地下道がどの空中路に繋がり、どこの角を曲がれば魔動機械の下まで辿り着くのか熟知しているようだ。たとえあの場で逃げられていたとしても、捕まるのは時間の問題だった。

 だが、逃げるにせよ再びこの場を訪れるにせよ道を覚えておいて損はないはずだ。角を曲がるたび、アルーフはなにか目印になるものがないかと上下左右を丁寧に見回す。


「さっさと歩け」

「えっ、わっ!」


 気を散らしたことで遅くなる足取り。それに焦れた衛士がアルーフの手に繋がれた縄を引いた。

 急に引かれた縄のせいで前につんのめったアルーフは不機嫌さを隠そうともしない。真っ先に文句を言いそうなクロの姿は隣にはなかった。数歩先を行く何人かの衛士と領主に囲まれている。口裏を合わせる時間を与えないつもりだ。

 何も手出しできない今、アルーフはクロに全て委ねるしかなかった。挙動不審のクロに全てを。


──これは駄目かも……。


 不安を通り越してもはや悟りの域だった。

 クロの挙動不審っぷりは、この状況に緊張しているだけというには行き過ぎている。薄暗い地下道でもわかる顔色の悪さ、左右に忙しなく動かす首。

 なにかある。そう考えるだけでただですら悪い具合が更に悪化するような心地がしていた。


 機転を利かせて逃げる隙を生んでほしいとまでは望まない。せめてこの場で処刑されかねないなにかをしでかさなければそれで良い。

 アルーフが祈っているうちに、できることもなく魔動機械の前までたどり着いてしまった。


「どうだ。魔族の目から見て」


 領主の低い声が響く。突然かけられた声に、クロは大袈裟に飛び上がる。


「どど、どうもこうも、我にはきれいな飾りじゃな~としか……」

「飾り……魔動機械の式が壊れているということか?」

「そういうわけではないんじゃが、えっと~……その、よくわからぬというか……」

「ここからでは判断つかぬというのならば、良い。直接触れることを許可する」


 クロの横に控えていた衛士が一歩前に出る。子供とはいえ、さすがにひとり完全に自由にするつもりはないようだ。それを証明するように、アルーフの両脇を固めている衛士は剣を抜き、アルーフに突きつけた。

 言うことを聞かなければどうなるかわかっているのか。

 無言の圧力が抜き身の剣には乗っていた。


「えー……うー……」


 領主に促されてクロは魔動機械前の石段をのろのろと上がった。威圧感を与えすぎないようにか、その斜め後ろに控える衛士は剣を抜いていない。そのような配慮はクロの視界に入っているかどうか。

 入ってないだろうな。と、アルーフは頭の中に居座る不安が大きくなっていくのを感じていた。

 クロは魔動機械本体を覆う金属の網や管にやたらめったら触っている。叩いてみたりもしているが、特に何の変化も起こらない。むしろ変化が起きているとしたらクロの方だ。

 うんともすんともいわない魔動機械を前に口元を引きつらせ、アルーフへと視線を寄越す。そして遠目からでもわかる滝のような冷や汗。意味ありげに魔動機械とアルーフの間をちらちらと視線が行き来すれば、それの意味するところがわからない訳がなかった。


「クロ、本体の方に触らないと動かな──っう」

「口出しするな!」

ったい、バカ刺さってる!」


 いかにも短気そうな若い衛士がアルーフに剣を突きつける。勢い余って剣先が脇腹をつついており、思わず出る罵倒。即座に口を閉じたが、下から睨み付けてくる目はつり上がっていた。剣を握る手にも力が籠もっており、アルーフは身を固くした。


「……お前の短気で捕虜を殺す事は許されんぞ」


 地を這うような声に若い衛士の動きが止まる。アルーフを挟んで逆側に立っていた年嵩の衛士のものだ。


「は、はっ! もちろん心得ております!」

「縄を離すな阿呆! 散歩中の犬でも逃げ出すだろうが!」

「んぐっ!」


 反射で礼をした若い衛士。その頭上には籠手で覆われた拳が落ちた。こちらもまた反射で拳骨を落とした年嵩の衛士も籠手に気付いたらしい。頭部の衝撃で押し出し式に涙目になっていた若い衛士には軽く謝罪が投げられた。

 縄を握り直した若い衛士は、「お前のせいだぞ」と言わんばかりに再びアルーフをガラ悪く睨め上げる。歯軋りをする音まで聞こえてくるが、自分のせいではないはずだ。と、アルーフは背のままに見下した。


「挑発行為による事故には責任は負えんからな」


 年嵩の衛士の警告にアルーフは息を詰まらせた。必要はないが、なんとなく背筋が伸びる。

 廊下に立たされたような半端な緊張感が漂う中、さらに不穏な音をアルーフの耳は拾った。魔動機械の方からだ。


「……きない」


 金網に手をかけたままのクロがうつむいて呟いた。ふるふると震える手の先。その震えは指先から全身へと広がっていた。


「できぬ! できないものはできぬ~!」


 糸が切れたようでクロはそう思い切り叫んだ。領主の周りの空気が張り詰める。アルーフは心臓がゆっくり止まったような気がして息を吸い込んだ。


「ここまできて叛意を見せるとは、命が惜しくはないのか」


 どうあっても領主の指図など受けない。屈強な意思のもとに吐き出された言葉。

 状況が状況でなければ、普通はそう捉えるだろう。だが叫んだ当人は魔動機械が佇む祭壇の上で足を震わせながら半べそをかいている。


「惜しいに決まっておろうがバーカ! 魔動機械なんぞどうやって動いてるかもわからんのにできるわけないじゃろが! それを命懸けでやれとはおぬしらさてはバカじゃな!? バーカバーカ!! はよ帰せバーカ!」

「不敬罪で処断致しますか」

「構わん。捨て置け」

「はっ」


 やけっぱちで地団駄を踏むクロは、隣で様子を見ていた衛士に首根っこを捕まえられて、強制的に舞台から下ろされた。猫の子みたいにされたまま、アルーフとは離れた場所に捨て置かれる。捨て置くといってもその隣には衛士が立ったままだ。

 突然駄々をこね始めたクロへの困惑をアルーフは感じていた。隣にいる若い衛士まで何か言いたげに見てくる。

 やめろ見るんじゃない。と、言いたいところだったが、状況がそれを許さなかった。


「そもそも、この魔族の子供には魔動機械をどうにかするような技量はなかったと。そういうことで良いのだな」


 領主は既にクロに背を向けていた。

 それもそうだろう。緊張が限界まで来て泣きべそになっている子供よりも、始めに「できるかもしれない」などと言った方を標的にするのは当然だ。

 領主からかかるあからさまな圧。だがアルーフはあえて笑って見せる。ソウキのよく見せるあの挑戦的に口の端を上げる笑みだった。


「勝手に勘違いしたのはそちらでしょう。責められる筋合いはないと思いますが」


 領主は眉間にしわを寄せたまま片眉を上げる。嫌な緊張感。決して余裕があるわけではなかったが、ここであっさり引き下がるつもりもなかった。


「魔動機械に干渉する手段は別にありますよ。でも、ただで教えるわけにはいかない」

「力尽くで引き出すという手もあるが?」


 クロの隣に立つ衛士が剣を抜いた。アルーフにも剣先は当てられたままだ。その状況にあってもアルーフは粘った。

 剣の目的は魔動機械を動かすための脅しだ。あくまでも取引をスムーズにするための手段。殺すことが目的ではない。手の内を晒していないうちはまだこちらの方が有利だ。

 そう己に言い聞かせて、アルーフは深く息を吸い込み、爪を掌に立てた。


「質問に答えるだけでいい。……あなたは、なぜ自らの民を苦しめるのか。それが聞きたい」

「てめえ! なにを──!」


 領主はただ手を掲げるだけで激昂する若い衛士を止めた。なにも語らず、その先を促すようにアルーフの目を正面から捉え続ける。


「鉄の国から病を広げる魔動機械を買い上げ、薬を配ると称して人々から金を巻き上げ豪遊し、人攫いにも目を瞑っていると聞きました。それが真実なら、ここで命が尽きたとしてもあなたに手を貸すわけにはいかない」


 岩壁に囲まれた空間に耳を打つような静寂が満ちた。それも一時のことで、若い衛士を起点にさざ波が立つ。領主の近くに立ったままのクロはアルーフの単刀直入な問いに顔を白くしていた。この場で斬り捨てられるかと恐怖しているようだったが、その隣に立つ衛士は動かない。

 その場から動かないのは領主も同じだった。短い顎髭を撫で、喉の奥で唸る。


「仮にその通りだったとしても、そのようなことは出鱈目だと嘘をつくことも可能だが?」

「それはそれで構いません。嘘をついたとしてもわかりますから」


 半分真実で半分はったりだ。嘘をついているかどうかの見分けはアルーフにはつかない。唯一わかるのは魔動機械がどのようなものなのかどうか。式に直接触れることさえできれば、あれが害を為すものなのか否かくらいはわかる。

 表面上は冷静な態度を保ったままのアルーフを前に、領主は不満げに鼻を鳴らした。


「そのようなつまらぬこと、この私がするわけがなかろう。自らの手で国力を削ぐなど愚の骨頂。大方私が失脚して喜ぶ者どもの流した流言だろうよ。……それとも、貴様がその張本人か?」

「俺は砂の国の者ではありません。あなた個人にはこれといって怨恨もなければ恩義もない。他の者の手伝いはしていますが、あくまで欲しいものの対価としてです」

「そんなところだろうな。真に恨みを持つ者はもう幾人も私の首を狙ってきている。顔すら知らぬ訳がない」


 恨みを買っている自覚はあるのか。そのわりには随分悠然としているように見える。手伝いで殺しでもなんでも引き受ける輩はいるだろうに。

 その辺りはいくら考えても掴めない事だろうとアルーフは割り切ることにした。


「先ほどの事がデタラメだというのなら、なぜ人攫いのことも放置しているのですか。大耳もあなたの国の民なはずです」

「それならばとうに衛士を向かわせている。鉄の国との境の隠し砦と……諸々な。我が国の材を掠め取ろうなどという狼藉者には相応の罰が下るだろう。王都も承認済みだ。じきに討伐に当たる衛士も増えるだろうよ」

「な、はあっ!?」


 アルーフは目を見開いてわかりやすく狼狽えた。持っている情報とのあまりの差異にクロの方を見るが、同じように目を丸くしているクロは激しく首を振っていた。否定の意味ではなく、そんなことは知らないとでもいったところだ。


「問いたいことはこれまでか? ならば約束通りこちらの要求を飲んでもらおう」

「いえその、なら肝心の魔動機械は一体なんのために」

「食えもしない金銀財宝をこいつに変えたまで。鉄の国の者どもが言うには、この魔動機械には豊穣をもたらす力があるらしいのでな。駄目で元々だが、試す価値はあろうよ」


 アルーフは俯いて考え込んだ。それが本当ならば、ここで手を貸さない道理はない。むしろスイコやソウキ達と同じ目的にすら思える。本当ならだ。

 そうだ。全て本当のことを言っているとは限らない。

 アルーフが顔を上げれば、正面を見据えたままの錆びた色の瞳と視線がぶつかった。殺意も敵意も好意もない目からは何も読み取れず、たっぷりと沈黙を取った後、口を開いた。


「……俺です。魔動機械に干渉が可能なのは」

「ふむ。苦し紛れにしても出来の良くない方便だな」


 なぜか領主は喜色を浮かべていた。いままでのは全て茶番でしかなく弄ばれていただけなのかと、アルーフに焦りが滲む。手段を疑ってかかられる事を想定していなかった。


「人質を交換している状況でもですか」

「大義を掲げた者は同胞の命すら踏み台にしてことを為そうとするものだからな。今まで無鉄砲に挑んできた刺客どもは大概そうだ。この子供一人ではなんともならなくとも、お前ならばできるのだろう? 目を盗んで魔動機械を破壊することもな」

「な、なるほど……」


 領主の言うことも一理あるかと思いアルーフは押し黙ってしまった。


「なにを言いくるめられとるんじゃ貴様はー! ここで押し負けたら揃って殺され──なんじゃ、あれ」


 アルーフの不甲斐なさに声を張り上げていたクロが、アルーフを見上げていたはずの視線をさらに上にやる。いったいなんなのかとアルーフもその視線を追って振り向いたが、それに続く衛士はいなかった。


「見え透いた子供だましを──」

「シンラ!」


 若い衛士の名を呼ぶと同時に、領主の脇に控えていた衛士が剣を振るった。シンラと呼ばれた衛士の背後。刃の通り道へと吸い込まれていくように上方から落下する黒い影は両断され、血を流すことすらせずに黒い霧となって消え失せる。


「隊長! 申し訳ございません!」

「口より先に手を動かせ」


 シンラと呼ばれた若い衛士は既に抜剣していた事もあって、戦闘体勢に入るのは速かった。挟むように立っていた年嵩の衛士も同様だ。訓練された通りの陣形を組み、いつの間にか上方の足場に集まっていた黒い影共に相対する。領主までもが再び剣を抜く。

 魔動機械とは反対側。今まで背を向けていた方向に集まった影達は目を血の色に光らせていた。


「あう、あわわわわ」


 腰が抜けたままクロがアルーフに這い寄る。止める者は誰もいなかった。


「来るぞ!」


 前で構える隊長のかけ声と共に影が上空から降り注ぐ。人型をした影は数だけは衛士よりも遙かに多い。だが個々の戦力には大きな差があった。影のほとんどは着地すると同時に斬られ霧散していく。領主の護衛を任されているだけあって各々の力量はそれなりに高い。

 一体、二体と、鋭い爪をもった影の化け物達は秩序立った剣筋の元に切り伏せられていく。数で押し切れば良いものを、残った大半の影達は上からそれを嗤いながら見物しているだけだ。それでも衛士達の戦力に余裕があるわけではなかった。

 つまり、いま戦線の遙か後方にいるアルーフ達に意識を向ける者はいない。


「どうだクロ、いけそう?」

「待っておれ……ぐ、ぎぎっ──!」


 アルーフの腰から抜いた短剣が手を拘束する縄に突き立てられる。だが刃はいっこうに通らない。周到にも刃を通しにくい素材で作られているようだった。


「無理だ、諦めよう。これ以上やったら逆に怪我するかもしれない」

「諦めてどうするつもりじゃ」

「アレがなんなのか確かめる」


 手の拘束を外すのは諦めてアルーフは魔動機械の立つ祭壇に駆け寄る。この機を逃すわけにはいかなかった。

 魔動機械を覆う金属の網の中に大きい穴を探し出して両腕を突っ込む。ぎりぎりの幅だ。肘の際まで力ずくで捻じ込めばようやく滑らかな表面に指先が届く。浮かび上がる式は結界とは比べものにならない複雑さだった。アルーフの頭の中で糸が絡まっていく。


「うぅ、ちゃんと勉強しておけば……!」


 辛うじて読み取れたのは水、風、与、といった断片的な情報だけだ。これだけでは病を与えるものか、領主が言っていた通り豊穣をもたらすものなのか判別がつかない。

 もう一層深く探ろうと、アルーフは魔動機械の式の更に内部に意識を伸ばした。

 魔動機械に仕込まれた式も精霊の力を模倣するためのものだ。根底には少なからず式を組んだ者の意図が残る。神経を直接繋ぐような違和感に身を震わせながら、その尻尾を掴みかけた。


「後ろじゃ!」


 クロの叫び声で現実に引き戻されるアルーフ。前ばかりを警戒していたクロが気付いたのは奇跡的だった。

 すぐには抜けない腕。両腕を広げて襲いかかってくる影の腹を苦し紛れに蹴飛ばせば距離が数歩開く。アルーフは続けざまに足裏を地に叩き付けた。うまく照準を絞れないときに使う手だ。地中から突き出す魔術の杭が波を描いて走り、影の足を縫い止める。その隙に腕を金網から引き抜き、間髪入れずに魔素を集め始めた。

 不幸中の幸い。周辺の魔素が濃いおかげで術の顕現は早かった。影の頭上を回るようにいくつも生成された杭がまとめて打ち下ろされる。その後には抉れた石の他は何も残らなかった。


った!」


 骨まで響く痛みに慌てて手袋を咥え外すと、指先から付け根にかけて割れが生じていた。手順を踏まずに強引に魔動機械との接続を切ったせいだ。滞留していた魔素が逆流したのもあるだろう。


「ててて、手当てを──」

「鬟ス縺阪◆縲ょ 驛ィ谿コ縺」


 隙間から滴る血を見て慌てふためくクロの声が、影の化け物の不快な音に被さる。情報で見物していただけの影共の挙動が変わった。


「増援はまだか!」

「既に付近三隊へ光鳥は飛ばしています!」


 前にのめり、一斉に飛びかかろうとする影の姿に衛士達の焦りが湧き出す。既に傷を負い、体力も削られている状況。顔には暗い陰が落ちる。


「領主達に加勢してやってくれないか」

「んなっ!? あやつらは敵じゃぞ!?」

「さすがにここで見捨てたら後味悪いだろ」


 言い終わるや否や、魔術で既に生成していた無数の黒球を放つアルーフ。魔素が集まるがままのその形に殺傷力はほとんど無いが、短時間で広くカバーするには都合が良い。

 幕を張るように上方へと飛ぶ黒球は、影の化け物そのものや石造りの橋にぶつかり弾けた。一歩踏みとどまらせるだけの猫騙し。それでも牽制には十分効果を発揮した。


 瞬時に降り立ったのは向こう見ずな数体のみ。その後を追う個体も幾許かいたが、相手にできない数ではなくなった。だがそれでも以前厳しい状況ではある。

 思わぬ助力に衛士達の意識がアルーフ達に向く。視線の先には仁王立ちした小さな姿。その外套は魔術行使のための魔素が集まっていることを示すようにはためいていた。クロは口を尖らせたまま衛士達を見やる。見るというよりも半ば睨んでいた。


「本当にほんの少し力を貸してやるだけじゃからな! 我は懐が深いからの!」


 高らかに宣言すると同時に光が飛んだ。鋭い一対の羽を模した光は衛士達の懐へと消えていく。

 呆気にとられていた衛士達だが、その魔術がもたらす活力に背を押された。かすり傷は癒え、疲労で重くなっていた手足が軽くなっていく。諦めるには早すぎると衛士達は再び剣を握り直す。

 足場を狭めていく影達は、息を吹き返した衛士達の手によってことごとく押し返され、確実に数を減らしていた。十や二十、ものの相手ではない。これであれば、上方に残っていた輩が一斉に降りてきたとしても十全に戦える。


「このまま押し切るぞ!」


 誰からともなく上がった鼓舞に声が連なる。だがその鋭気が役立つことはなかった。時間は十分にあった。


「全員伏せ!」


 アルーフが声を張り上げ、それは放たれた。頭上に漂ういくつかの杭。その一つ一つが身の丈ほどの大きさを誇っている。牽制ではなく殲滅のための乱撃だった。

 堅牢な空中路へと魔術の槍がぶつかるたびに轟音が響く。金属を擦り合わせたような不快な叫びは掻き消され、轟音が薄れると共に次第に小さくなっていった。削られた石造りの足場から、小石や砂がカラコロと音を立てて落ちる。砂煙と黒い霧が晴れれば、ただ一つの影も無い……はずだった。


 半ば崩れかけた舞台上の粉塵に目を眇めたその先に、一つだけはっきりとした輪郭の黒い影があった。襲いかかるでもなく、ただ見下ろすだけの影。

 見覚えのある小さな影にアルーフの視線が吸い寄せられる。霞む景色の中でアルーフの口が小さく動いた。 


「ソウキ……?」

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