第4話 組まれる手
「お兄さんさ、ちょっとの間オレらと手組まねえ?」
「んえ?」
魔物との戦闘で消耗したアルーフが荷台の隅で仮眠を取っている最中の事だ。周辺の魔素を取り込んで回復に努めるも妙に気分が悪く、再び走り出した馬車で膝を抱えているうちにすっかり意識が飛んでいた。
「あれ、なんか顔色悪くないか? さっき毒消しは飲んでたよな」
「……毒じゃないと思うけど、気持ち悪くて」
「んじゃ馬車に酔った感じか」
半分眠ったような状態で身体に巻き付けた外套から擦り傷だらけの顔を覗かせれば、目の前にソウキの手が差し出されていた。手の平の上では色とりどりの宝石が強い陽射しを浴びて輝いている。
アルーフは懐かしい形をした飴玉たちから白っぽいひとつを選び、礼と共に口に放り込んだ。鼻にまで抜ける清涼感に耳の先が震えるが、幾分か気分の悪さは紛れる。
「さっきの、手を組むって?」
苦手なハッカの風味で目が覚めてきたアルーフはソウキに向き直った。
一連のアルーフの挙動を穴が空くほど見つめていたソウキだが、自身も赤い飴玉を口の中に放り、隣に座り込む。
「実はオレらも帝国に行きたいんだけど、見えない壁みたいにして結界が張られてるせいで中に入れないんだよ。で、その結界を壊せる魔剣を作るのに魔術使いの手が必要ってわけ。ほら、さっきお兄さん魔術で魔物倒してただろ?」
「ああ、まあ」
魔術という名称に聞き覚えは無かったが、文脈からして精霊術の事だろうとアルーフは頷いた。多少呼び方は変わっても術であることに変わりは無い。
「だからお兄さんの手を借りたくてさ。その代わりに、オレらが魔剣使って帝国に入るときにはお兄さんも一緒に潜り込むと。……どうだ?」
「手を貸すのは良いとして、ソウキ達の目的は? 聖剣は譲れないぞ」
「オレは帝国──ってか、勇者を倒せればそれでいいし、二人の目的も聖剣じゃないし、そこは大丈夫なんじゃねえかな」
「勇者を倒すって……勇者は救世主なはずなのに」
物騒な事を言い出すソウキにアルーフが目を見開く。魔王を倒すという勇者の役割は誰にでもできるわけじゃない。よほどの理由が無ければ殺すようなことはしないはずだ。聖剣の持ち逃げはよほどの理由にあたるかもしれないが、聖剣そのものには用が無いという。
「まさか、魔王を倒せてないから見せしめとか……」
どういう意味なのか真剣に考え込むアルーフとは裏腹に、しらけた視線が寄越された。
「魔王なんかとっくに殺されてるだろ。そうじゃなきゃ魔族も魔物もこんな大人しくねえって」
「っ!?」
いま目の前で生きていますが! と、思わず叫び出しそうになり、アルーフは自分で自分の口を塞いだ。
「クロも魔族だけど暴れ回ったりしてないし、だいたいお兄さんも魔術使ってんだから魔族だよな」
「ま、魔族といえば魔族……かな」
魔王は魔族に入りますか? などというアホらしい質問もアルーフの頭の中を過ったが、そのまま呑み込んだ。郷に入っては郷に従えだ。はたから見て魔族のように見えているなら魔族として振る舞った方が良いだろう。
だが適当に誤魔化そうと目の泳ぐアルーフを見て、ソウキは口の端を釣り上げた。イタズラを思いついた子供のように目も楽しげに細められる。
「もしくは、オレと同じ召喚者か」
お前が犯人だと言わんばかりに突きつけられる人差し指。何のことかわからず硬直したアルーフの動きをソウキは肯定と取ったようだった。
「召喚されていきなりほっぽり出されるなんて災難だったな~」
やけに嬉しそうなソウキが語るには、魔王が倒されてからが地獄の始まりだったらしい。
魔王は死んだ。それが世界の共通認識だ。
世界を砕き、魔族と魔物を操り人々を苦しめ続けた災厄は勇者の手によって滅んだはずだった。
魔王の支配から解放された魔族は言葉を交わすようになり共存を始め、意味なく暴れ回っていた魔物も幾分か大人しくなった。魔王の力で塵と消えていたはずの死体は動物と同じように残るようになり、倒せば資源ともなる。
これでやっと平和に暮らせる。
人々は喜びに湧いたが、それも束の間。
大地に活力をもたらしていた女神も精霊も奪い去り、勇者は結界の内に籠もったのである。勇者が旅の中で得た聖剣の膨大な力を以て築かれた結界は強固だった。
失われた地を取り戻そうと、戦えば戦うほど荒廃は進んだ。勇者は殺戮を繰り返し、民を攫う。荒れた大地を再び潤す女神はいない。
帝国。
それが現在世界を蹂躙する災厄の名であった。
「風の国も水の国も帝国に飲まれてからはもうお手上げ。食いもんが一気に無くなっちまって、どこの国も自分の事で手一杯だ。そこでオレら異世界からの召喚者の出番で──」
「ちょっと、一回ちょっと待った」
一気にソウキが語った内容に理解が追いつかず、アルーフは眉間の皺を片手で揉み解しながらもう片方の手で制す。
魔王は死んだと言われても自分は死んでいないし、女神がいなくなっただけで魔素そうそうは枯渇しないはずだし、異世界ってどういうことだ。と、聞いた話を整理していってもアルーフの中で混乱は増すばかりだった。
「本当になんも説明されてないのな。オレも影の国で召喚されたときに話聞かされて、一人で国攻めろって冗談だろって思ったけど、お兄さんよか全然マシだったみたいだな」
「それ正気か?」
「でもまあ、別の世界から来た奴ってすげー強い力使えるみたいで、ここまで来るの楽勝? みたいな?」
ソウキは芝居がかった動作で大げさに肩をすくめる。普通に話そうと思えば普通に話せるはずだが、時折こうしてふざけた真似をする癖があるようだった。
「それに、勇者倒せば元の世界に帰れるって言うしさ。お兄さんもそれで聖剣探してるんだと思ったんだけど」
「いや……俺は──」
二の句は継がれなかった。どう伝えるべきか。
ただ否定するだけでは言葉が足りないように感じられた。ただ一人見知らぬ土地に放り出されて心細い中、やっと同胞を見つけたと思って喜んでいるなら突き放すのは忍びない。かといって嘘をついたところですぐにバレるだろう。
懊悩はそのまま全て顔にも耳にも現れていた。
「なんか雰囲気的に同郷かな~って思っただけだし、別に変に気ぃ使わなくてもいいぜ」
「……全然別の世界とかじゃなくて、ここの出身なんだ。ものすごく昔の生まれなだけで」
「んじゃ、お兄さんじゃなくてお爺さんって呼んだ方がいいわけか」
「あいえ~……お爺さんはちょっと……」
明らかに逆に気を遣わせてしまっている状況に気が引けていたが、流石にお爺さん呼びは避けたいところだった。
「だってまだ名前聞いてねえもん」
「あ、そうか。名前はアルーフ。今更だけどよろしく……ソウキ?」
「合ってる合ってる。よろしくな、アルーフ」
そう言うなりソウキは顔の横に手を構えた。倣うようにアルーフも手を挙げ、協力の証として手を取る。
「んじゃ、文字通り手を組んだってことで」
「──うっ、」
手を組むなりアルーフの限界が来た。身を反転させ荷台の縁に手をかけると、外の砂地に向かって体内の異物を放出する。幸いにも被害は少なかったが、荷台の縁に上半身をもたれさせたまま、アルーフは申し訳なさげに耳を伏せた。
「人の手握った瞬間ゲロるとは史上稀に見る失礼……」
ソウキの黒い目は遙か遠くを見つめていた。
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