第87話 戦いの始まり
「では、まずあなたはさきほどの戦いでかなりの強さを持っているとわかったので、できればあのボスと戦っていただきたいのですが。私達じゃあ相手になりません……」
聖女様のさっきまでのおっとりとした空気は一気に変わっていき、いまではもうきちんと覚悟ができている。まるで場を操る『将軍』のようだ。
「……分かりました」
僕は、うなずきながらそう答えた。正直未知のなにかに挑むのは怖い。
どんな力を持っているんだ?
どんな作戦で挑んでくるんだ?
全然分からない。だから、今までの僕ならもしかしたら拒否していたのかもしれない。だけど、何度も同じ体験を僕はしているんだ。
怖くないはずがない。怖い。
だけど、恐ろしくはない。僕しかできないんだと考えると、不思議と勇気が湧いてくるから。
だから。僕は。
「ありがとうございます。それで隣の中学生、ですかね? の、あなたは私達の援護にまわっていただけませんか?」
「あー、私、ですか? ……はい、分かりました」
楓さんは、少し迷うも否定しなかった。多分、この緊張を和らげたくなかったんだろう。
なにかでスピーチをするときには和らげた方がいいけど、今は命がけの戦い。緊張を和らげてしまったら……。
「では、さっそく」
「「「はいっ!」」」
そして、みんなで分かれて向かった。みんなは階段を走って下へ。僕は聖女様に許可を得てこの屋上から跳んで下へ向かった。
圧倒的な時間の短縮になるから。
ドンッ…!!
あー…、ちょっとクレーターみたいなのができたけど、気にしないでおこう……。
それより、魔族はどこにいるんだ?
僕は、周りを見渡した。ここの市民が家に籠もっていたり、武器を使って相手に挑んだりしている。
……見つけた……
この魔族側の人間の奥にいた。手を組んでなにかのモンスターに乗っている。魔族はモンスター側だから、モンスターともなにか交流があるんだろう。
その魔族らしき人は、笑っていた。みんなを殺しといて、笑っていた。
ムカついた。苛ついた。こいつは、嫌いなやつだ。前に戦った悪魔とは全然違う。本当に、嫌いなやつだ。
鼓動の音がどんどん大きくなっていく。
だけど、その鼓動が一気に止まったように、時が止まったように、違和感が僕を襲った。
聖女様側の人間と魔族側の人間がなにか違うように感じたのだ。
「……ど、どういうこと?」
少し顔をかしげた。
そうだ、ナビゲーター。何が違うとかわかるかな?一応、全員人間は人間なんでしょ?
《…………あー、ちょっとまずいですね。魔族側の人間は全員洗脳されていますね。だから、魔族側の人間は……》
「全員普通の人間……ってこと? 自分からの行動ではないってこと?」
《そういうことになります……ね。》
……どうすればもとに戻るとかある?
《それは、洗脳している本人を討伐……つまり、殺せばいいということになります。ただ、もう死んでしまっている人は……もう……。》
どうすれば……いいかな……。楓さんはこのことを知らなくて、みんなをヤンキーだったりとか考えているのだろうか?
本当はいい人なんだけど、みんなからしたら悪いやつに見えているってことだよ……ね。
そしたら、もしかしたら……
《ただ、楓さんや聖女様は、それでも魔族側の人間を殺したりはしないと思いますよ。どんなに悪くたって、人間ですからね。優しい二人にはどうやってでも殺さない選択を取るでしょう。》
……そう、だよね。信じるか。優しい二人なら、絶対に大丈夫だよな。
僕が信じなくてどうするんだって話だよ。信じられる人がいなかったら悲しいから、誰も信じられなくなるかもしれないから。
みんなが信じてくれるだろうけど、でも、信じない人が増えたって、たった一人でも信じてくれる人がいればいい。
だから、僕はみんなが信じてくれなくなることなんてないだろうけど、なにかしらがないことをいのるけど、でも。もしみんなが信じてくれなくなるなんてことになったら。
僕は、そのたった一人になりたいから。だから、信じることに決めた。
よしっ。
そして、この魔族側の人間の奥にいた笑っている魔族を見た、……いや、睨んだのだった。
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