最終話 夕日が照らすあの場所を目指して

すべてを聞き終えても、100%理解出来たわけではなかった。だけど、かなたがどうしてこんなことをしたのかはなんとなく分かった。




ずっと、かなたは俺の事を想っていてくれて、ずっと俺を守ってくれていたのだ。俺に見えない形で。


気付かなかっただけで、かなたにいろいろ心配をかけてきたのだろう。実際に助けられたことも多いだろう。


しかし、今回の件は少し違う。確かに、鏡花さんは危険な人なのかもしれない。


実際に害を加えられるかもしれない。


でも、俺にはわかる。短い間だったが、鏡花さんと色んな話をして好きにもなったんだ。




どちらにせよ、ちゃんとした形で決着をつけたかった。鏡花さんと1対1で俺の言葉で。




きっと、鏡花さんとはもう合わないとか、約束すれば解放されるだろう。


だけど、かなたに嘘はつきたくなかった。甘いかもしれないが、信じてもらうには俺もかなたのことを信じてあげなくちゃいけないと思った。




「かなた、今までありがとうな。俺どんくさいからいっぱい心配かけたかもしれない。でも、俺鏡花さんにきちんと向き合いたいんだ」




ありのままを伝える事にした。思ってることそのまま、それがかなたに一番届くと思うから。




「また、あの女に会いに行くの?駄目だよ!何されるか分からないんだよ?ここにずっといよう?私がずっとお世話するから」


俺は静かに首をふった。




「いつまでもそういう訳にはいかないだろ?それに鏡花さんはそんな人じゃないよ。俺には分かる。俺を信じてくれよ。鏡花さんの件が落ち着いたら俺達の事ゆっくり話そう」


「駄目!そんなこと言って、到はすぐ何処かへ行っちゃうんだ。そして、どうせ戻ってこないつもりなんでしょ!そんなのみんなが不幸になるだけよ。毎朝私が起こして、ご飯食べさせて、いっぱいお話して、とっても幸せだよ?それでいいじゃない」


「学校はどうするんだ?親だって黙ってないだろ?」


「お母さんもお父さんも私が幸せなら、きっと納得してくれるよ。学校なんて行かなくても将来は私が養ってあげる。だから、気にしなくていいのよ」


「本気で言ってるのか?」


かなたは、それっきり黙ってしまった。


時折「どうして、どうすれば」と、呻いている。




かなたの気持ち自体はめちゃくちゃ嬉しかった。だけど、鏡花さんもかなたも極端なところがあり、自分の中で何処まで許容出来るかの線引きが難しかった。


その答えを出すためには一度冷静に話し合う必要があった。


だが、今のかなたはまともな状態ではなく、何を言っても同じ結論に戻ってきてしまう。


どうすればいいんだ。




「到」


すると、かなたは不意に立ち上がった。


俺は、呆然と見上げる。


窓の外で何か音がした気がする。しかし、目の前のあまりの事態に目を奪われる。


「‥‥到、私、こういうことしかもう‥思いつかなくて」


そういうと、かなたはグレーのシャツのボタンを震える手で上から外し始めた。


緊張している為か巧く外れないみたいだった。けど、着実に一つずつ外していく。


「おい、かなた!やめろ、絶対良くない。後悔するぞ!」




すでに、シャツの隙間から白い生地が薄く見えている。俺は、せめても顔をそらして見ないように努めるがかなたのきれいな指が、視界の端で動いているのが分かる。


「かなた、やめろ本気で怒るぞ!」


俺は心臓の音が痛いくらいに高鳴るのを感じた。これは決して良くないことだ。このまま、かなたの思い通りにしたらきっと俺達は二度と同じ場所には戻ってこれないだろう。


俺にとってそれは何より辛いことだった。何としてでもかなたを止めなくてはならない。


ガチャガチャと、必死に抵抗を試みるが手摺も手錠も文字通りビクともしなかった。シャツが床に落ちる乾いた音が、やけに鮮明に響いた。細かいかなたの呼吸の音までが聞こえる。


「到、大丈夫だよ。私が全部してあげるから」


「かなた、目を覚ませ!こんなの間違ってる!俺はそんなことしたくない!」




かなたは、俺の上にまたがり見下ろしている。俺は最早張り裂けそうなほど鳴り響く心臓の音がうるさくて、頭がおかしくなりそうだった。そして、目はかなたの肢体に釘付けとなっている。


綺麗な体だ。こんな状況じゃなければ、違った感想を抱いただろう。だけど、この体を傷付けたくなくて、それよりも壊れやすようなかなたの心を汚してしまう事をただ恐れていた。


そう、それは紛れもない恐怖だったんだ。




かなたが、俺のズボンにおもむろに手をかける。駄目だ、今のかなたには俺の声は届かない。抵抗も出来ない。ただ、なすがままに衣服を剥ぎ取られていく。


このままだと本当に。


その時、先程窓の外でなっていた音の正体が急に現れた。見ると、窓の一部が丸くくり抜かれ、外側から鍵を外したらしい。


こんな事する人は、俺の知ってる中だと一人しかいない。


目には目を、ヤンデレにはヤンデレをというのか。そこには、必死の形相の鏡花先輩が窓に手をかけて肩を上下させていた。




よほど、急いできたのだろう。やがて、落ち着いて鏡花さんは部屋に入ってくる。


かなたは、目を見開きその様子を凝視していた。それでもたまらず、非難した。




「あんた、何勝手に人の家に入ってきてんのよ!犯罪よ!」


「それは、お互い様だろ!


かなたさん、到君を解放するんだ。こんな事をしても到君は喜ばない」


「あんたに何がわかるの?あんた何か到に関わる資格なんてない!到にあんなことしておいてよくここまでこれたわね」


鏡花さんは、気まず気に一瞬目を伏せるが、挫けずかなたの目をしっかりと見据えて答えた。




「確かに、私は到君に酷いことをして、それを隠してた。でも、今はとても反省している。ちゃんと、到君の物は捨てたしデータも消去した。


こんな事で、許されない事も分かってる。でも、ちゃんと会って謝りたいんだ」


先輩は俺の方を無事を確かめるように向いた。一応、決定的な痕跡が無いことを確かめるとかなたに再び向き直った。




「だけど、その前にかなたさんに言って置かなければならない事がある。到君を解放するんだ。これ以上到君を追い詰めるな」


「嘘。‥‥‥全部嘘よ!到騙されないで、この女は到をたぶらかそうとしているの、私が守る。守らなきゃ。守るの!」


かなたは、追い詰められた獣のように半狂乱の状態だった。怪しげに、先輩に近づく。


まずい、このままだと俺だけじゃなく先輩まで。




俺は、守れないのか。大切な友達を。俺のために、助けに来てくれた先輩を。


それじゃあ、俺はなんの為に今まで生きてきたんだ?俺の大事なものなんてこいつらくらいなのに。


頼む!誰か、助けてくれ!先輩を、かなたを助けてくれよ!!




ピンーポーン。




‥‥‥‥‥‥‥。




部屋に沈黙が訪れた。


かなたも流石に驚いている。鏡花さんはやれやれと首を振り。遅いなと、つぶやいた。


どういう訳かと混乱していると、聞き馴染みのある声が下から響いた。


そして、しばらくしてかなたの部屋のドアが力強く開かれた。




そこには、俺の幼馴染と親友が肩を並べていた。


「かなた」


「かなたちゃん」


「‥っ、どうして」


かなたは、あまりの出来事に、固まってしまう。俺は、場違いにも安堵の溜息を吐いた。そうだ、俺にはまだこんなに頼りになる仲間がいるじゃないか。


だから、きっと大丈夫。かなた、お前の友達は心配そうだぞ。そんなの、お前らしくないだろ?


「軒下の植木鉢の下、スペアの鍵はいつもそこに入れてるだろ?」


「天道…」




すると、天道はおもむろにかなたに近づいた。そして




「かなた、好きだ!俺と付き合ってくれ!」


大音声にて告白しやがった。天道は、どんな時でもやっぱり天道だった。




✱✱✱




ここにいる天道を除く全ての頭上に?が点滅する。


天道お前何をいきなり言ってるんじゃい!


「あの、天道君?だったか、いきなりどうしたんだ?」


どうやら、天道達を呼んだと思わしき先輩ですら困惑している。先輩にとっても予想外だったようだ。


それもそうだろうな、親友の俺でもこいつの考えてる事たまに分からんし。


だから、お前の親友だろなんとかしろよみたいな視線を向けられても困る。




「は?キモ、私女好きで節操無いやつ嫌いだから、ムリ」


「クリーンヒット!」


かなたは、容赦なく一刀両断し天道は打ちひしがれた。こいつは、本当に何をやってるんだ。




「天道君」


灯はしょうがないですねという顔で、佇んでいる。


やがて、天道は立ち上がりかなたに、言った。


「割とマジなんだけど、俺がいうと軽く聞こえるわな。でも、スッキリしたわ!これで憂いなく話せる……かなた」


天道は今まで見せたことのない真剣な顔で続けた。


「俺は、お前が好きだ。友達として、一人の女の子としてもかなたが好きだ。その、掴みやすそうなささやかな胸を揉みしだきたいと思ってる」


「おい」


かなたは、狼狽しながらも怒気を顕にする。そして、天道の後ろでは不穏な笑顔をたたえた灯が静かに天道を見つめていた。お前また、灯にお世話されるぞ。




「だけどな、それやっちまうと俺達はもう二度と俺達に戻れないんだよ。俺は、自分の欲望なんかよりも今の俺達が大切なんだ。お前は、違うのか?」


「そ、それは……」


「かなたちゃん」


灯が心配そうに呼びかける。かなたの瞳が揺れる。


「それに、俺らの中で人一倍そう思ってるやつがいるだろ。そいつがいるから、俺は女の子関係で無茶したときも、周りからなんて言われても大丈夫なんだよ。帰ってこれる場所があるからな」




「私も、その人が大切にしている場所が好きです。みんなでまた、くだらない事話して、笑って、お世話したりしたいです」




「天道…灯…そんなの、私だって…」


いつの間にかかなたは落ち着きを取り戻しているようだった。




「かなたが、到の事を好きなのはわかってたよ。でも、本当に好きなら到が一番悲しむような事をしてやるなよ。そんな事しなくてもちゃんと言葉にすれば聞いてくれるだろ?」


「う、えぅ、そんなの、恥ずかしいし」


「かなたちゃん、さっきまでかなり恥ずかしかったから大丈夫だよ。頑張って!」


「そうだぞ、体で迫るなんて痴女だ痴女。今更なんだから、気にするな」


「あんたたち、本当はからかってるだけでしょ⁉」


もぉーと、ぷりぷりしている。それでも、口の端が笑っていた。


そうだ、いつの間にか俺達笑ってる。俺も、先輩もみんなで。


懐かしかった、屋上で弁当を囲んだ光景が重なる。もう大丈夫だ。根拠なんてないけどそう思えた。


俺達は、また戻れる。そして、進んで行ける。




かなたは、俺の手錠を外した。お互いに服を着直して、向かい合う形だ。




窓辺から、夕日が差し込んでくる。あの真っ赤な夕日が。かなたの顔が更に赤みをました。怖い気持ちもあるのだろう、微かに震えている。告白はいつだって怖いのだ。それでも、かなたはしっかりと言ってくれた。




「到、ごめんなさい!……そして、好きです!…あなたの事が好き…」


ストレートな言葉だった。それ故に、避け難く、ダイレクトに響く。詰まるところ可愛いと思った。


俺はかなたの告白を受けて、答えを出さなければならなかった。


案外悩むことなく言葉が紡がれる。


俺はやっぱりまだ先輩のことが。




皆がかたずを飲んで見守る。


俺の答えは……




「ごめん。かなた、付き合う事は出来ない」


かなたは、分かってたのかもしれない。あまり驚いてはいなかった。


「そっか…」




「俺まだ、先輩を好きだった気持ちが残っているんだ。かなたがそうしてくれたように、先輩としっかり向き合うよ。


じゃなきゃかなたに失礼だろ」


「え!」


急に矛先が向いた先輩は、素っ頓狂な声をあげる。天道と、灯はこの人こんな声あげるんだという、動物園で珍しい動物を観察するような目線を送る。




「そっか、到るが初めて恋に落ちた女の子だもんね。しょうがないか。振られたら私が拾ってあげるわよ。でも、いつまでも待ってるほど甘くないからね」


かなたはいつもの調子で、小憎たらしい顔で人差し指を突きつける。分かってるさ。天道がいるもんな。うかうかしていられない。




天道を向くと、「どうした?」と、小首をかしげるだけだった。こいつは、女の子の権威とか言ってた割には自分の事に関すると鈍いよな。




俺は先輩に向き直った。よく見ると、服の一部が汚れている。庭の木をよじ登って二階に入ったのだろう。擦れたような跡まであった。


俺のために来てくれたんだよな。昨日は驚いてしまったが、行き過ぎたところもあるのも事実だが。けれど、反省して前を向けるなら。俺はこの人と歩く未来を希望する。そのためには、時間が必要だった。誤解を埋めるための、もっとお互いのことを知るための。


だから、ひとまずは天道の言葉を踏襲するなら、約束は破れないものな。




「鏡花さん、今度あのゲーム買って二人でやりましょう。約束ですから」


先輩は、はっと目を見開き優しい顔で笑った。


「覚えてくれてたんだ…嬉しいよ。うん、絶対だ!いろいろ教えてくれ、楽しみにしてる」


そうだ、まずは友達ぐらいの距離から始めてみよう。きっとそれほど時間はかからないだろう、俺達がまたあの夕日の照らす場所に戻って来れるまで。


歩き続ける限り近づいてくるのだから。




「ちょっと、到またあの怪しいゲームじゃないでしょうね?駄目よ、鏡花さんに変なことをしたら」


かなたは、なんの気なしに言ったのだろうが、ここには天道と灯がいるのを思い出して欲しい。


あの件は、俺達の心に永遠に封印しておこうよ。


「え、何?到俺が貸したエロゲーバレたん?」


天道!新事実を発表するな!


「到君、そういったゲームは女性とするものではありませんよ?もう一度お説教してほしいんですか?」


灯も超怖いし!


「誤解だよ!俺がそんな、ゲームするわけ無いだろ?天道もふざけるなよ」


なんとかごまかそうとするが、灯がたんたんと一刀両断する。


「いえ、以前に到君の部屋から深夜に聴こえてきましたよ。到君、するときはイヤホンでしてください、近所迷惑です」


ちなみに、灯の家は隣です。


まさか、この場にいる全員に知られる羽目になるとは。


しかも、灯にはずいぶん前から知られていた模様だし。


控えめにいってかなり死にたい。




「違うぞ、到君とは違うゲームをするんだ。でも、到君がどうしてもって言うなら、私は構わないが…」


途中から、耳を真っ赤にして尻つぼみになる。先輩を除く女性陣から、生ごみを見るような目で見られた。


いやいや、そんなことしないから!ちょっと憧れるシチュだけどしないから!




「到」


「天道お前も、なんとか言ってやってくれ」


「そんときは、到の好きなものじゃなくて、ちゃんと先輩の好みも聞いてあげるんだぞ?そして、俺にも教えてくれ」


「アホか!」


「死ね!」


俺は、天道にツッコミを入れようとする前にかなたが、鋭い踏み込みで天道の顔面にサマーソルトをぶちかました。


天道よ、キジも泣かねば撃たれないんだぞ。


「彼は大丈夫なのか?」


「大丈夫ですよ鏡花先輩。天道君は慣れてますから。ああ見えて、かなたちゃんも手加減?してますから」


「……とても、そうは見えなかったが、君たちが言うならそうなのだろうな」


「そうですよ。あいつは、女の子から攻撃されるのなんて日常茶飯事ですから」


「なるほど、女の敵と言うやつだな」


先輩は急速に俺達と打ち解けていく。それが、とても嬉しかった。まるで、昔から一緒にいたみたいだった。




すると隣の部屋までぶっ飛ばされた、天道が悲鳴を上げている。それは、俺にとって聞き捨てならん悲鳴だった。




「助けてくれ〜!?かなたがいつもよりガチだ!?早く来ないと、到に貸した歴代ゲームのタイトルを連呼するぞ!」


こいつ絶対捕まったら、仲間の情報全部喋り散らすタイプのやつだ。


「おいー!道連れにしようとするな、黙って逝ってこいよ!不本意だが今行く何も言うな!」


俺は隣の部屋に駆け込む。後ろから。




「私も、それ気になる!天道君その情報私にだけでも教えてくれ!」


「どうやら到君には、まだまだお世話が足りないようですね…ふふふ…その話詳しく(怒)」




そう、後ろには元ストーカー先輩とお世話大好き幼馴染が迫って来ていた。




ああ、前門のかなた、後門の幼馴染と先輩だ。背水の陣よりも分が悪かった。


これから巻き起こる面倒事を考えると頭が痛い。だけど、きっと何とかなる。


俺達が揃えば、また前を向いて歩いていける。


そう希望させる、場所だから。だから、俺はこの場所が好きだ。




俺はかなたを押さえるが、灯と先輩は抜群のコンビネーションて天道を追い詰める。


やがて天道の口がおもむろに開いていく。そう、恋敵と自分の身の危険ましてやこいつの性格上答えはわかっていた。


こいつは、真っ先に秘密を喋り助かろうとするやつなのだから。




俺は足早に、かなた家を飛び出す。後ろから、幼馴染が笑顔で追いかけてくる。某巨人ですかあなたは!そして、めちゃくちゃ早いし!


ああ、早く先輩と動物のゲームをしたい。そして、のどかな島を作るんだ。だから、早く日常に戻りたい。ひとまず今は、走り続けよう。日常とは努力の積み重ねで成立する奇跡の時間なのだから。




「灯さーん!話せば分かる!落ち着いてくれー!」


「ふふふふふふ!」


誰か!俺を今だけ助けてくれー!!




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前向きなヤンデレは好きですか? 夏雨 ネテミ @gensoumegane

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