第5話 狂気とは正義から見た悪、逆もまた然り
目を覚ますとかなたの家のベットで寝ていた。
すっかり朝になっているらしく窓から差し込む光が、部屋の中を照らし出す。
どうやら俺しかこの部屋にはいないみたいだ。
そして昨日の事は夢じゃ無かった。かなたが俺を眠らせたらしい。
まだ薬のようなものが残っているのか、体が少し気怠い。むりやり動かすと、ガチャガチャと音がした。
まさかと思い、見てみると。俺の手足は手錠でベットの手摺にガッチリ捕まっていた。かなり頑丈なやつでビクともしない。
まずいな、身動きが全くできない。どうしてかなたがこんな事を?
俺は声をあげようか迷ったが、かなたが俺をどうする気かわからないため、黙っていることにした。少しでも時間を稼げばかなたの両親も帰ってくるだろうと思ったからだ。
しかし、そんな些細な抵抗も虚しく廊下から、板の軋む音が聞こえる。
こっちに歩いてきている。かなたか。
予想はかくも見事に的中した。そこには、お盆に朝食を載せて微笑みかけるかなたの姿があった。
「おはよう、到。気分は悪くない?朝ごはん作って来たよ」
かなたは、この状況になんら疑問を抱いていないような態度だった。当たり前に、俺の体調を気遣っていた。
「そんなことより、この手錠はなんだ?すぐに外してくれ」
かなたは、俺の言葉には取り合わずかなたが作ったという肉じゃがを箸ですくい俺に食べさせようとする。
「到、冷めちゃうから早く食べて!私早起きして作ったんだよ、味わって食べてよね」
かなたの瞳は瞳孔が開きっぱなしだった。俺を真っ直ぐに見つめながらじゃがいもを俺の口に押し当てる。
俺は、口をつむんで進入を防ぐが、構わず押し込もうとする。
しばらくして、かなたは箸を引っ込めた。諦めたのかと思いたかったが勿論そうではなかった。
「なんで食べてくれないんだろう?
‥そっか、到肉じゃが嫌いなのかな。ごめんね、すぐ新しいの作るから何食べたい?」
「そうじゃないって、そんなことより手錠をどうにかしてくれよ」
「そんなこと?私の料理食べてくれないの?なんで?なんで?あの女のお弁当は食べたんでしょ?どうして食べてくれないの?」
「かなた?おい、大丈夫か」
「そっか、到の嫌いなもの作っちゃったから到怒ってるの?ごめん、全部捨てちゃうね。だから、許して到」
かなたは、目に涙を浮かべ懇願してくる。見ると、かなたの左指に絆創膏が貼られ、目の下には薄いくまが出来ていた。
苦労して作ったんだろう。俺は罪悪感と良心の呵責を覚えた。
だが、この状況で飯なんて。
「せっかく作ったけど、到が食べないんじゃ意味ないもんね。お詫びの証拠に到の目の前で捨てるから。到が私の手料理を食べてくれるまでずっと」
「へ?」
「ずっと」
血の気が引いた。想像しただけで胃が絞め殺される程キリキリと痛くなる。
ある種の拷問だそれ!
俺は、流石にかなたにそんなことさせられず、ついに。
「‥‥分かった。まず飯食ってからにしよう。かなた、その肉じゃが食べさせてくれるか?」
「無理してない?到の好物教えてくれたらすぐ作るよ」
「大丈夫だ、肉じゃがちゃんと好きだから」
かなたは跳ねるように、上機嫌になり俺の口の中に良く味がしみた芋を押し込んだ。
「もう、到いじわるしないでよね♥どう、美味しい?」
「ああ、むぐ、もぐ、美味いよ」
確かに、かなたの作った肉じゃがは煮過ぎず味も甘過ぎず、俺の好きな味だった。
それにしても、誰かに食べさせて貰うというのは、どうにも気恥ずかしい。
俺は、居たたまれない気持ちを抱きながらかなたの思うがままに、食事を続けた。
お腹も膨れて、もういらないというと、かなたは少し残念そうに朝食を引っ込めた。
「まだまだあるから、遠慮してないよね?」
「してないって、もう何も入らないよ。ごちそうさま」
「そう、良かった!なんか凄く嬉しいな、到に朝ご飯食べてもらえて、なんだか新婚さんみたいだね」
かなたは、本当に幸せそうに笑った。
「あのな、手足を縛られた新郎などこの世に存在せん。俺は、そんな生活嫌だぞ。さあ、食事も終わったしこれを外してくれ」
「‥‥‥」
かなたは、何も言ってくれなかった。俺が逃げてしまう事を嫌がっているみたいだ。
しかし、この状態で話を続けた時に万が一、かなたが興奮状態になった時、対処が出来ない。なんとか、手錠だけは外して欲しかったが今は無理みたいだ。
ここは、かなたを、信じてみるか。
「分かった。これは取らなくていいから、かなた。せめて、どうしてこんなことしたのかだけ、教えてくれないか?別に怒ってるわけじゃないから」
「‥‥本当に怒ってない?」
「ないよ。俺がおまえ達の前でキレたこと一度もないだろ?」
「うん」
かなたと久しぶりに言葉を交わせた気がした。かなたにも、いけないことをしたという自覚がちゃんとあるのだろう。
俺はかなたの言葉を、しっかりと待った。やがて、とつとつと話し始める。
✱✱✱
私が初めて到に会った時の事憶えてる?小学校でたまたま、4人共クラスが一緒になって、そこで知り合ったのよね。
あんたは天道の親友で、天道が私を紹介する形で。
到の横にはいつも灯がいて、実は私も天道と幼馴染だったから似たもの同士以前から気にはなってたの。
天道も私がよく灯と友達になりたいって愚痴ってるのを、気にしてくれたんだと思う。
でもその時は、到の事はただの灯の幼馴染って印象しかなかった。
灯は昔から可愛かったから、私も友達になれて無我夢中だったの。だから、クラスで流れていたくだらない噂も、知らないふりをしてたんだ。
当時灯の幼馴染という立場に嫉妬した人達が、到の根も葉もない悪口を噂しだしたのよ。あんたは気にしてなかったと思うし、灯は知らなかったと思うけど。
そして、あの時私だけ見ちゃったのよね。
クラスの女子が到の靴を隠している所を。
私は、正直灯と遊ぶ約束があったから早く帰りたかった。面倒事に巻き込まれたくなかったのよ‥‥最低でしよ?
でも、見てしまった以上は何も言わずに帰るのも嫌だった。私もそいつらと同じになっちゃいそうで。
だから、あの時私は到に声をかけたの。
なんで何も言わないの?
なんで怒らないのよ!って。
そしたら、到なんて言ったと思う?
到は憶えてないでしょうね。私はずっと、憶えてる。
別に、大した事じゃないだろ?
そういったの。
そのうち、こんな虚しいこと飽きてくるさ。あっでも夕方アニメに間に合わなくなるのは困るな
ふざけてるの?あんな噂嘘だって言えばいいじゃない!私がそう言ったら
こういうことする奴は、理由なんて大した問題じゃないんだよ。気晴らしの対象がいて自分が納得する小さな大義名分があれば平気でするし、誰にでもする。
少なくとも、その対象はあんたじゃなくなるじゃない
そのせいで、誰かが嫌なことされたら俺絶対口出しちまうからさ。結局俺に戻って来るだろ?
私はあ然とした。こいつは何言ってるんだろうって。そんなの偽善もいいところだ。私の一番嫌いな人間だ。なんでこんな奴と灯が幼馴染なんだろうって思った。でも、違った。到だから灯と幼馴染なのだと気付いた。それは
でも、他人なんて結局俺はどうでもいいんだよな
こいつはさっきから、何を言ってるんだ?
はあ?意味わかんない!じゃあなんの為にあんたがそんな事までやってんの?
俺は、大事な奴を守れる人になりたいんだよ。これは、その練習だ。灯やお前らがピンチになった時に考えないように、すぐ助けられるようにさ
私は、今度こそ開いた口が塞がらなかった。身内贔屓の究極系のような考え方だった。
私は、アホらしくなってしまった。
アホらしくなったついでに靴の場所を教えてあげた。その時のあなたの無邪気な笑顔を今でも憶えてる。
後日、私はクラスの女子に呼びだされた。勝手に靴の場所を教えたのが面白くなかったんでしょうね。良い機会だから、言ってあげたのよ。くだらない事してんじゃないわよって。
何か言ってきたけど、灯にバラすわよっていったら簡単に黙らせたわ。
その時に、私は決めたの。
到はきっと灯や私、天道の身に何かあったら助けてくれる。
だから、私はあんたを守ろうって決めたの。優しいあんたを、私が守ろうって。
今まで出会ったことのない、優しい男の子に恋をしたの。
それから、私は到の事をずっと考えながら生きてきた。いつか到が、私の気持ちに気付いてくれるんじゃないかって、夢見て。
だけど、到は違う女を選んだ。
私がずっと、到を守って来たのに、私の方が到の事をずっと考えているのに。
こんなのおかしいって、あっていいことじゃない!
だから、だから、私は鏡花先輩を徹底的に調べたの。そしたら案の定、変態ストーカー女だった。
また、到を守る事ができた。
なのに、到はまだ鏡花先輩に近付こうとしてるの。危ないのに、せっかく私が守ってあげたのに。
だから、また私がなんとかしてあげる。勝手に何処かへ行かないように、ここでずっと私が管理してあげるから。
これが私の優しさ、これが私の愛なの。
分かってくれるよね?
到。
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