第4話 ヤンデレの作る料理って大抵美味しそうだ
俺達の目の前には、女の子がじっと立ったままこちらをみていた。
その瞳の奥には、無表情だが、何か大きな感情がのたうつような危うさが潜んでいるみたいだった。あまりに突然の出現に声も枯れがれになる。それほど驚愕だった、何故なら
その女の子は俺の良く知ってる人物だったからだ。
「‥か、かなた?‥どうして、お前体調は大丈夫‥」
「到」
かなたの言葉は、蛇の鱗のように冷たく硬いものだった。かなたは淡々と言葉を紡いでいく。
「遅くなってごめんね。今その女から助けてあげるからね」
「かなた‥何をいって」
「到。あなたはその女に騙されているのよ」
「わけが分からないって。俺は何も騙されてなんかいない。今日はおかしいぞおまえ」
かなたの目は、真っ直ぐに先輩を射抜いていた。俺の言葉が届いているのかさえ怪しい様子だ。
「えっと、到君この人は?」
「到に触れるなストーカー女!」
先輩が軽く俺の腕に寄り掛かった途端に、かなたは物凄い剣幕で食って掛かる。俺はわけがわからず、先輩も少し怯えているようだった。
「あんたの事調べさせて貰ったわ。あなた本当は、到に聞かせた曲の名前知ってるんでしょう?」
「っ!」
先輩の顔がかすかに歪んだ。
どういう事だ。何がなんだか全く分からなかった。
「かなた、どういうことだ。それが本当でも、別に大した事じゃないだろ?」
かなたは不敵に笑い続けた。
「本当にそう?今日私鏡花先輩の家に行ってきたの。友達のふりをしたら入れてくれたわ」
「あなた勝手に何してるの!それは犯罪よ!」
先輩は烈火の如く怒っている。当たり前だ、勝手に自分の家にあがられたのだから。かなたはどうしてそんなことをしたんだ。
「そしたら、部屋のクローゼットの中に‥」
「やめろ!!」
先輩とは思えない、叫び声が響き渡る。先輩は、掴みかかろうとするように腕を伸ばすが、かなたが突き出したスマホの画面に凍りついたようにその手を止めた。
その画面に表示されていたのはクローゼットの中身だった。
写真は、几帳面な先輩らしくない乱雑な状態のものだった。統一感がまったくなく、衣服は1、2着程しかない。その他は歯ブラシやペットボトル、レコーダーや細々とした機械類、文房具等がうず高く押し込まれていた。
「これって」
しかし、しばらく見ていると、一つだけ共通点がある事に気がつく。だけど、それはありえない。ありえるはずがなかった。
何故なら服の柄も、文房具も昔、俺が使っていたものだったからだ。
「これ、もしかして‥‥俺の」
「違う!これは、たまたま」
悲痛な顔で必死に弁明する先輩。
かなたは、容赦なく言葉を重ねる。
「他にもあるわよ。到がゴミ箱に捨てたレシートとか、小さくなった石鹸とか、髪の毛の束を見つけた時には流石にどん引きしたわよ」
「あ、う」
先輩は語るべき言葉を、探すように口を開くがどうしても見つからないようだった。ただあごが痙攣したように、上下に動くだけだ。
俺も手足が凍りついたように動かない。さっきと同じように先輩を見る事など出来なくなっていた。
今は少しでも先輩の事情を知りたかった。例え慰めにしかならないとしても、何らかの救いが欲しかった。
しかし、かなたは更に先輩の秘密をぶちまけ続けた。
「そしてこれが、その曲の正体よ」
かなたはボイスレコーダーのような物を取り出しおもむろに再生し始めた。
先程のクローゼットに入っていたものだろう。直ぐに誰かの声が聞こえ始めた。
くぐもった男の声だった。
最初は誰かわからなかったが、どうやら自分の声のようだ。
時折ゴソゴソと服が擦れる音がなっている。バックでは例の第九がなっているようだった。
「うぅ、むぅ!」
暫くしてから、女の子の声が入ってきた。やけに艶っぽい声だった。口を塞がれて何かされているようなくぐもった声。どうやらゲームの登場人物の声みたいだ。
そして、だんだんと衣擦れの音と息遣いも激しくなっていく。
しばらくすると男(俺)の動きが止まった。後にしゅっしゅっと、紙を引っ張る音が聞こえる。そして、何かを拭き取りパソコンを閉じ男(到)は眠りについたようだった。
ん???????????
これって、オ‥。
え?なんで、どうしてだ!
これ昔親父の名義でダウンロードした、エロゲーじゃねえか!
俺達はエロゲーの曲を探してたんかよ!
それはまさしくパンドラの箱だった。
救いなどないばかりか、さらなる絶望が詰まっていた。
かなたは悟り顔でのたまう。
「到、はや」
「ぐはっ」
俺の一人ワンマンライブを聞かれたうえにさらされた。俺何か悪いことしましたか?
「しょうがないの、このシーンは到君のお気に入りのシーンだから。私何度も聞いてるからわかる!私は気にしないよ到君」
その上に愛聴されていた。
フォローになってないし。
俺は叫んでいた。
「先輩どういうことですか!説明してください!いくらなんでもあんまりです」
「到、ようやく目を冷ましたのね」
「私は」
先輩は、ようやく見つけた言葉にすがるように、だがちゃんとした本心を絞り出してくれた。
「私は、到君がずっと前から好きだった。最初は、遠くで見ているだけで幸せだった。でも、あなたの声を聞きたくなって、あなたの物が欲しくなって、だんだん自分が抑えられなくなって‥
あなたのお弁当にこっそり、私が作ったおかず紛れ込ませたり、あなたの性癖をリサーチと更新記録をつけたり、あなたの事を気になってる雌豚にそのことを話して追い払ったり、勿論リコーダーは定期的に取り替えてます。
そんな努力が実を結んであの日、あなたが声をかけてくれて、あなたの心も欲しくなった。私はあなたのすべてが欲しい。私は到君が大好きなのよ!」
熱病に冒されたように、上気した顔で止めどなく新事実が顕になっていく。
二次元のヤンデレは、可愛いが所詮他人事だったのだ。いざリアルに自分に降り掛かってきたら、かなり複雑な心境だった。
ひとまず、俺は時間が欲しかった。
「鏡花さん、今日のデートめちゃくちゃ楽しかったです。でも、ごめんなさい。混乱してて今日はもう、帰ります。先輩も気を付けて帰ってください。
あと、さっきの品々はちゃんと処分してくださいよ?」
俺は先輩と適切な距離を取りたかった。今は何も考えられない。
先輩は絶望に顔を青くして、うなだれている。
少し可愛そうだけど、しょうがない。俺のほうがかなり可愛そうだし、許して欲しい。
「それじゃあ到、早く行こうよ」
俺とかなたは、先輩を残して最寄り駅へと向かった。
後ろにずっと視線を感じたが、怖くて振り向くことは出来なかった。
✱✱✱
駅を降りて俺とかなたは二人で夜道を歩いていた。
俺はかなたを、家まで送って行くことにした。かなたは最近までの様子が嘘のように、普段の調子を取り戻していた。
そのおかげで俺は、日常に戻ってきたと安堵することが出来た。
「やっぱり俺に彼女は、出来ないんかな」
「そうかもね」
「否定しろよ」
「到だもんね」
かなたは快活に笑う。
「だけど、今日の事はやりすぎだ、かなた。いくら俺のためでも、普通に犯罪だ」
「しょうが無いじゃん?到を守るためだし。私が守ってあげなきゃ駄目なんだから」
当然と言うように、かなたは言った。
「でも、先輩も悪気があったわけじゃないんだよなぁ。あの悪癖が治れば普通にまた話せるのに」
「本気で言ってるの?何キープ?」
「違うって!ただ、俺は悪い人には思えないんだよ。ちょっと怖かったけど」
「重症だわ」
やれやれと、首をふる。
そう、いわゆる彼女はヤンデレと呼ばれる属性なのだろう。でも、冷静に考えてみれば某ヒロインのように監禁したり、誰もいませんよしたり、ナタをフルスイングしたりしなければあまり害は無いのではないか?
落ち着いた頃に、適切な距離で話し合えば答えが出るのではないか。
俺はそんなことを考え始めていた。
そんなこんなで、俺達はかなたの家に到着した。
しかし、部屋中の明かりがついていなかった。
誰もいないのか?
突然家の前でかなたが、重いもので動かしてほしいものがあると言うので、俺は了解してかなたの家にあがることになった。
何度も遊びに来てるから、慣れたものだ。部屋で待っててと言われたのでかなたの部屋で待つことにした。待つ間にかなたがお茶を注いでくれた。
「サンキュー」
喉が乾いたので一気に呷る。かなたは着替えに行くのかどこかへ行ってしまった。
それから、しばらくしてもかなたは戻ってこなかった。かれこれ10分くらい経ってるぞ。
かなたを呼びに立ち上がろうとすると急に俺の視界が揺れた。
「え、なんで?」
グラグラとする世界の端でかなたが笑っている気がした。俺は意識を手放した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます