第4話 文章はちゃんと読みましょう(下)


 (問題 終 )


「俺たちミス研への挑戦なら、これは殺人だろうな!」

「ふうん? じゃあ、お前は誰がどうやってこのA氏を殺したって考えてるんだ」

「んー」


 時間稼ぎのためにコーラを飲んでから、俺は言った。


「A氏と――仮にDだとする。彼らが話し合う場所に使ったのがこの施設。理由は、人目につかない場所だったから。口論の末に銃殺とか!」

「侵入経路は?」

「掃除用具の、ほら、あのでっかいやつあるじゃん。清掃カートっつー、あれ。アレだったら人一人分ぐらい入るだろ」

「死体の処分にここを使ったってことか? そんなことするなら川にでも捨てろ」


 ごもっとも。


「A氏が何らかの理由で清掃員の用具を持ってて、犯人はそれを利用した」

「ボクだったら、それを使ってゴミ捨て場に捨てるけど」

「う、ほ、ほら、そういうとこだと見つかりやすいだろ?」

「ここのほうが見つかりやすいが?」

「ソウデスネ」


 七曲は紙コップに入ったジュースを飲んだ。確か、白ブドウのジュースだったと思う。意外に子どもっぽいものを選ぶ。いや、まだ俺たち高校生だけど。


「それでも小説を読んでるのか? 普通、何かしらの意図があって場所を選び、その方法を選択しているだろ。この文章を見るに質(クオリティー)は低いようだが」

「お前それ失礼だぞ」

「どっちに対して?」

「俺と、文芸部」

「敵の肩を持つのか。まあいい、話に戻るぞ。仮にこれが殺人なら、どうしてこの場所を選んだ。――ボクの前で偶然なんて言わせないぞ」


 俺は少し考えこんで、七曲の問いかけに答えた。


「殺害するのにここを選んだ理由?」

「そうだ。人の目があり、しかも、密室という逆に証拠を残すような真似をしたのはなんでだ?」

「う、うーんと。発見時間を遅らせるため?」

「このケースだと、七時には必ず発見される」

「だったら別のところで、それをごまかすため!」

「まあ、うん、誰も銃声を聞いていないのはありえないだろうからな。それなら、柱で発見された弾丸はどう説明する」

「うぅーん。ドリルで穴をあけて埋め込んだ!」

「……もう一度聞く。柱で発見された弾丸はどう説明するんだ」

「ワカンナイっす」

「正直でよろしい。では次に動機だ。別の犯行現場があったにせよ、ここが現場にせよ、犯人を特定するうえで役立つ」

「んなの、全員だろ? 偶然のB以外」

「わからないぞ、それこそお前が言ったみたいに強盗目的で殺した後、Bが清掃員を装って死体を捨てた可能性だってあるじゃないか。現に金はなくなってる」

「えぇ? そんなこと言ったら全然絞り込めねーだろ、誰が犯人なんだ!?」


 七曲は頬杖をついて、それから息を吐いた。

 おそらくため息の部類だろう。


「……この間の数学を教えるとき、相田先生に聞きに行ったんだよ。わかるか、相田先生」


 急な話題転換に戸惑いながら、俺は質問に答えた。


「相田って、数学の先生だろ。わざわざ何を?」

「おまえの苦手分野」

「お、おお。教育熱心なことで」

「出来の悪い弟子を受け持つことになったからな――文章題がダメだと。はじめの何行かを読んで、こうだと決めつけ、後ろの文章を読まないから回答は間違ってるって」

「……はい」

「相田先生は、ご親切に現代文の桐原先生にも聞いてくださってな。その結果」

「その結果?」

「おまえは数学よりも現代文が出来てないことが判明した」

「うっ」

「半信半疑だったが、合っているようだな。――よく見てみろ」


 ずい、と鼻先に突き付けられた問題用紙を見る。


「『罪を犯したのは誰か』? ってことは、犯人だろ」

「だったらわざわざ犯人は誰か、って書けばいい」

「ぜんぜん疑問に思わなかったけど、言われてみたらそうだな」

「呆れた、本当にそれでも推理小説を読んでるのか」

「読んでるよ! ――で、誰が此奴を殺したんだ?」

「そうあわてるな。ひとつひとつ明かしていこう」


 探偵は、バーガーの最後のひとかけらを飲み込んだ。



「そもそも、この文章は情報が少ないな。わざとなのか、単純な技術不足か。おそらくは後者だろうがこの際どうでもいい」


 このクラスメイト、開幕から辛辣である。


「で、何から聞きたい」

「うーん、そもそもこの施設は何なんだ?」

「教会だ」

「教会? 教会ってあの教会?」

「ほかに何があるんだ? ステンドグラス、祭壇、深い縦長の空間ならキリスト教の教会だろうな」

「へー、そうなのか」

「推理対決なら調べないと踏んだんだろうな」

「すげぇな、俺の性格まで見抜いたうえでこの問題出してきたのか?」

「感心している場合か」

「いや、調べたら負けな気がするだろ、こういうの」

「べつにネットに答えが載ってるわけじゃないからいいだろ。……脱線した。次に聞きたいことは?」


 俺は少し考えこんだ。


「えーっと、教会だとしてなんでその場所を選んだんだ?」

「神への懺悔と、ちゃんと発見されるためだろうな」

「へ?」

「順番が前後するが、ボクの考えを言おうか」

「おう」

「これは、自殺だ」

「はあ!?」


 俺の素っ頓狂な声が店内にこだまする。

 七曲はぐ、と眉をひそめ「うるさいな」と文句を言ったが、俺はそれどころではない。推理勝負であるなら自殺なんて一番あり得ないと思っていた――思い込んでいた――のだから、ショックでしかない。七曲にはわからないだろうが。


「じ、自殺? なんでまた」

「いや、犯人がいるっていうのは、お前の思い込みだろ」

「自殺した動機は?」

「妻の不貞、ビジネス上のトラブル。この文面から読み取れるのはこのぐらいだろう」

「その程度で自殺するか?」

「するさ。誰だって問題が重なり合って、光がなくなればそういう道を考える」

「そういうもんか?」

「そういうもんだ。誰にも自殺を止められず、かつ不審に思ったミサの参加者や職員に確実に発見され、公平な第三者の目にとどく場所。それがA氏にとって教会だった。死体の処分は勝手にされないだろうし、利用されることはない」

「わざわざ、こんな朝っぱらに自殺を?」

「どこもそうかは知らないが、基本的に毎日ミサはやる。この場合は朝七時だったようだな。開かないことを不審に思った信者や神父様がA氏の自殺体を発見している」

「ミサ、だっけか? そのあとでもよかったんじゃないか?」

「仕事だろうな。社長という肩書があるんだ。多忙な中、抜け出すのは難しい。だから始業前の朝早くにした。おそらくA氏は家から仕事に行くふりをしたんだろう。怪しまれないように」

「でも妻のDは気づかなかったって」

「不倫場所に家は選ばなくないか? 見つかるかもしれないスリルを味わいたいなら別だけど、ふつう、好きな人といたいのならリラックスできる場所を選ぶ」

「んん、そういうもん、なのか?」

「だから描写不足なんだよ、これ」


 とんとん、と七曲は汚れていないほうの手で用紙をたたく。


「そうだ。紙が破られてたのは?」

「A氏の演出だろうな。ちぎった部分はライターで燃やしている。ほら、この部分を読み返してみろ」

「あ、本当だ、『焦げた紙片』って書いてある」

「ほかには」

「ここまでの結論としては、自殺なのは、なんとなく納得した。――けど」

「けど?」

「この問題の部分、『誰が罪を犯したのか』って誰だ?」

「ああ、そんなことか」


 七曲は「不勉強だな」と続けた。


「キリスト教では、自殺はタブーだ。ボクもそう教わっている。今はどうかはわからないが――」

「それ、頭の痛くなる話か?」

「嫌ならここで止めておくが」


 俺はごまかすように足を組みなおし、七曲に向き合った。


「なんて送ればいい?」

「今まで話してきたことを書けばいい。A氏が罪を犯した」

「まあ……そうなるよな」

「ほら、解決したんだろ喜べよ。なんでがっかりしてるんだ」

「いや、自殺かーって」

「おまえの思い込みのせいだ。冷静に文面を読めば、自殺だとわかるだろう」

「今度から、文章はちゃんと読みます」

「よろしい。五百回ぐらい読め。ああ、それと、ついでに文芸部にこんなくだらないことをしている暇があるのならさっさと部員を集めたり、上達する努力をしろとか言っとけ」


 七曲はつづけた。


「デザート、ほらはやく」

「うーす」


 俺は財布をもって立ち上がり、レジへと向かった。

 デザート――たぶん、バニラのソフトクリームのことだろうか。やっぱり、なんだかんだいって子供っぽい。……怒られるので、本人には言わないけど。



「で、どうだった?」


 最後のコーンを食べた七曲は、聞いてきた。一瞬何のことかと思ったが、先ほどの答えを送ったメッセージについてだろう。


既読無視きどくスルー

「嫌われたものだな」

「お前が言ったことそのまま送ったんだぞ」

「はは、今回のことはお前にとっても、文芸部にとってもいい学習にはなったんじゃないか?」


 七曲の言葉に何も言えないまま、俺は水っぽくなったコーラを飲んだ。


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小話 @soraakiba

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