第11話

 次の日。

 学校までの長い坂を上る途中、永原は少し寒気を感じた。

 今日も今日で暑い。出がけに見たニュースで、杜山市は観測史上最長の連続真夏日を記録したのだそうだ。そして今日も間違いなくその記録が伸びるという予測らしい。

 本当は暑いはずなのに、永原には何故かそれがあまり感じられなかった。

 昇降口でアディダスの外靴から上靴に履き替えた永原は、掲示板の前に学生たちが群がっている光景を見た。

「おはよう、慶介」

 永原の肩越しにあいさつをしたのは姫沢であった。姫沢も掲示板の前の異様な光景に気づいたらしく、怪訝そうな顔をしている。

「おいおい、なんだありゃあ」

「俺も今来たばかりで要領を得ないところだ。ちょっと見に行くか」

 見に行くも何も、永原たちの教室は掲示板の前を通らなければ辿り着けないので二人は自然とその人だかりが注視する内容を見るはめになった。

安っぽいコルクボードの上には、古いものから最近のものまでがいくつか張られていた。例えば、次回の全校集会の日時、学外模試のお知らせ、TOEICの開催要項などである。

 そのいくつかの掲載物の中で最も新しく、大きな文字で書かれたものがあった。

 そこには、「第一体育館ワックス掛け日変更のお知らせ」という見出しから始まる文言がいたって事務的に列記されている。内容としては、本来は来週火曜日に行われるはずだったワックス掛けが、業者の都合により木曜日の午後と金曜日の終日に行われるという日程感に変更されるというものであった。

「へぇ、第一体育館がねえ」

 永原の横で姫沢が欠伸混じりに呟いた。

 実際のところ、確かにそれは永原達には関係性が希薄なものだった。何だったら、永原も横で弛緩した顔でいる男に便乗して欠伸をしようかと思ったくらいだ。

永原たちが普段活動しているのは主に第二体育館だし、体育の授業はできなくなるが、卓球以外のスポーツはまるでできない永原にとっては辱しめを受ける場面が減る分むしろ好都合だった。

 だが、第一体育館を根城にして活動している部活動の連中は、朝っぱらからぶうぶう不満を漏らしていた。永原は、その中に宮田たち男子バスケ部の一団を認めた。

「おい、これどうすんだよ」

「やべぇよやべぇよ・・・」

「誰か、先生に相談しに行って!」

 いつもであれば、自分達が森部の誉れだと主張せんばかりに気炎を上げる部員たちだが、今は珍しく困惑の表情が浮かんでいた。

永原は、その光景への訝しさをそのまま口にした。

「男バスの連中、随分参ってるみたいだな」

「そりゃあそうだろうね」

 事情を知っているらしく、姫沢は呟くように言った。

「隣の県に、七竜工業ってあるじゃん?あそこに今週末遠征に行くんだって」

「なるほどね・・・」

 それで永原も合点がいった。

 七竜工業と言えば隣県の県下、もとい東北地方全域で見ても屈指の強豪校だ。その強さは全国的に知れ渡っており、有名なバスケ漫画でもモデルとして出たことがあるほどだ。バスケットに対して知識の少ない永原でもその名を知っているほどだ。

 森部高校男子バスケ部は確かに県大会常連であるには違いない。だが、まだまだ全国には手が届くレベルとは言えなかった。彼らにとって七竜工業への遠征は力が入ることであろう。永原にも何となく理解はできた。

「しかし、よくうちなんかと練習してくれるね

「何でも鷲尾さんのつてらしいよ」

 鷲尾さんというのは男子バスケ部の顧問である。担当教科は数学である。永原は今までかつて高校数学教師で心穏やかな人間を見たことがなかったのだが、鷲尾教諭もやはり厳しく、ついでに言えばやや強引さが目立つ人物であった。だがバスケに対する手腕はあるらしく、ここ数年で一気に男子バスケ部の実力が向上したのは鷲尾教諭の采配によるところが大きいと言えるだろう。

「まあ、俺らには関係ない話だけどね。さっさと行こうぜ、慶介」

 ああ、と生返事をして、永原は姫沢の後を追った。去り際、後ろでさっきのバスケ部員の話が聞こえる。

「こりゃあ、早いとこどっか場所借りるしかねえな」


その日も予報通り、暑い一日だった。

それが日中だけならまだいいのだが、最後の授業が終わり、部活動を始めるためにのろのろと第二体育館に向かう段階に至っても未だに暑さが引かなかった。

「おっ・・・と」

第二体育館の玄関に入った時、永原は急に体がふらつきを覚え、咄嗟にバリアフリーの手すりに手をついた。

「おいおい、大丈夫かい永原君」

後ろを歩いていた茅場が心配そうに永原の顔を覗いた。

「あ、うん、大丈夫」

「そうか?最近暑いし、体調が良くないならいつでも休んでいいんだぞ?」

 体調は良くなかった。

 今日も昼時は食欲が乏しく、例の如く姫沢に心配だなぁと言われ「マヨネーズまみれ!超ビッグソーセージパン」を永原の方へ押し込んできた。朝に感じた言い知れぬ体の不調も未だ尾を引いているという印象だ。

 だが、何といっても大安高校との練習試合はあと三日後だ。戦力として姫沢や茅場たちの役に立てないのは分かっている。だが、役立たずは役立たずなりに努力を続けるというのは当然しなくてはならないことだ。

 永原は無理やり顔を綻ばせ、茅場に答えた。

「いや、ちょっとバランス崩しただけだよ」

「まあ・・・ならいいんだが。本当に、無理だけはするなよ」

「ああ。ありがとう」


 第二体育館に入った四人は、常軌を逸した蒸し暑さに思わず顔をしかめた。前に授業で使われていたりした時は幾分か暑さも和らいでいるのだが、今日は終日どこにも使われなかったらしい。太陽に熱せられるだけ熱せられた埃臭い空気が堰を切ったように噴き出し、四人の肌をまとわりつく。

「今日は今日とて酷いな」

 姫沢がTシャツの襟を手でつまみばさばさとやった。

「取り敢えず、窓という窓を全部開けよう」

 部長の命に従い、各員は体育館の四方にある鉄の扉と所々にある窓を開け放った。

その何ということもない作業中でも、永原は自分の体に違和感を感じていた。どうも胸の辺りがムカムカと気持ち悪かった。だが、これだけで休むというのも格好が悪い。そう思い、永原は用具室にある卓球台を出しに向かった。二人一組で折り紙の谷折りと同じ要領で折り畳まれた台をフロアに並べて展開し、年季の入ったネットを台の中央へセットしていく。大して労力の必要ない作業だが、永原の背中にはびっしょりと汗が滲み出ている。

「よーし、みんな準備できたな」

 各々がラケットケースからをラケットを取り出したり、ラバーをクリーナーで清掃してるのを見て、茅場は声を上げた。

「今日は特に暑いから、みんな水分補給等はこまめにな。それから・・・」

茅場がいつものように注意事項を説明し、決められた練習メニューに入っていく。いつもであればそうなるはずだった。


 しかし、体育館入り口に異常が認められたのは、まさにそのときであった。

 はじめは、妙に入り口が賑やかだなあというが永原の第一印象だった。姿こそ見えないが、声の出どころにはかなりの人数の男子生徒がいることくらいは何となくわかった。きっとどこかの部活動が何かをするためにたまたま第二体育館の前を通りかかっただけだろう———永原はそう片づけ、茅場の話に再び聴力を注いだ。

 しかし、その集団はそのまま第二体育館の玄関付近から去っていく気配がない。

それどころか、次の瞬間、その一団が狭い入り口からのろのろと体育館内に入り込んでくるのが見て、卓球部員たちはいよいよただならぬことが起きていることに気付いた。

 卓球部員たちが呆気に取られている間にも、その一団はマグマのように侵入してきた。今第二体育館のスペースを使用している卓球部よりも遥かに数の多い彼らは、あっという間に卓球部の占有している場所の四分の一ほどまでに広がっていった。

 永原は彼らの彼らの特徴を観察し、ようやく正体がわかった。

 見覚えのあるユニフォーム、かごに入れられた大量のバスケットボール、そして何より、宮田や鷲尾のにやにやとした顔。

 突如として現れたこの一行は男子バスケ部に間違いなかった。

 一団の先頭には、バスケ部顧問の鷲尾と卓球部顧問の米倉、そして宮田率いるバスケ部主力選手たちの姿があった。

 流石というべきか、突然の出来事にいち早く反応したのは部長の茅場であった。

「鷲尾先生、一体これは何事です?」

 茅場は、米倉と会話を交わす鷲尾に詰め寄った。それに対峙する鷲尾は、余裕たっぷりにゆっくりと茅場へ尊大な視線を向けた。

「君が男子卓球部部長か?」

「ええ、2年A組茅場公一です」

「そうか、ならば話は早い。掲示板にあった通り、第一体育館がワックス掛けの日程変更の影響で使用できなくなった。そこでだ、我々男子バスケ部に君たちの使用時間を譲ってほしいのだ。期限は今週末までだ。いいだろうか?」

 譲ってほしい、という一歩引いた言いぶりとは裏腹に、鷲尾の態度は不遜そのものであった。

 Yシャツの裾から伸びるやたらと筋肉質の腕は厚い胸板の前で組まれている。茅場よりなお高い身長から見下ろす目は鋭く、一切の異論を受け付けないという無言の圧力を茅場へ発し続けている。もちろん、その角刈りの頭を恭しく垂れることもしなかった。

 もちろん、茅場は強引な申し出に反発した。

「お言葉ですが先生!いくら何でも急過ぎます!そもそも、僕らはそんな話聞いてませんよ!せめて事前に話の一つ二つあってもいいのではないですか?」

「話だったらちゃんとつけたよ。米倉先生にな」

「え?」

 茅場が間の抜けた声を漏らして米倉の方を見た。米倉は弛緩した顔で笑っているばかりだ。

「いやあ茅場くん。ごめんね、事後報告になっちゃって。僕もさっき鷲尾先生からお願いされてね」

 あはあは、と呑気に米倉は半笑いを垂れ流した。どうやら、米倉は現代文を教えているくせに茅場以下部員全員のこの時の心情がわからないらしい。

「そ、そんな・・・それで先生は、僕らに何の相談も無しに場所を明け渡すと言ったんですか?」

「だって、彼らは今週末あの七竜工業に遠征に行くんだってよ?僕らも協力しようよ」

 この段に至ってもまだ卓球部員たちの中に怒りが仄かに燃え始めていることに米倉は気づいていない・・・相対している茅場はもちろん、永原や姫沢は確信した。米倉は、どこかで自分が監督している男子卓球部が弱小であるということを認識している。それに対して一種卑屈ともいえる感情すら抱いている節もある。それゆえに練習場所や時間が部員たちにとって価値のあるものだという意識も希薄だ。そうでなければ、こうも簡単に他の部活に場所を差し出せるはずがない。

 次に米倉へ吠えたのは永原だった。

「なんで他の部のために我々が気を遣わないといかんのです?!」

「うーん、そんなに怒ることかなあ?だって同じ学校の部活動同士だよ?仲良くやろうじゃないか」

「いやいやいや、それはそれ、これはこれですよ。俺たちだって今週末大安との練習試合なんですよ?練習ができないなんてありえないですよ!」

「それはわかってるけど、ここは大人の対応で宜しく頼むわけにはいかないか?」

 大人の対応、と聞いて永原はほとほと呆れた。向こうは理不尽な要求を押し通そうとしているのに、こちらにはそれを大人の器量で忖度してほしいとは、随分と虫の良い言い分ではなかろうか。

 さしずめ、早急に練習場所を確保したい鷲尾が気の弱そうな米倉を捕まえ、懐柔なり恫喝なりをして頭を縦に振らせ、それをもって約束を取り付けたと言い張ってるのだろう。それくらいのバックボーンは聞くまでもなく明らかだった。

もう話が済んだと解釈したのか、勝ち誇ったような笑みを浮かべた鷲尾の大きな体が、米倉の半歩前に進んだ。

「ま、そういうことだ。ということで、今日から金曜日まで、お前達の使用時間は我々が使わせてもらう。いいね?」

 鷲尾はいたって事務的に言い放った。それを受けた部員たちと鷲尾を、米倉がだらしなく笑いながら交互に見やっていた。

このまま事態が収まるはずもなく、姫沢がかっと鷲尾を睨んだ。

「・・・やはり、先生のおっしゃることには承服できません」

「なに?」

「だってそうじゃないですか。自分たちの練習場所がなくなったからって、他のとこを譲ってもらおうだなんて。活動の時間割りというものがあるんですから、それを守っていただかないと困ります」

「だから、その時間を譲れとこうして頼んでいるだろ!」

 すんなりと自分たちの要求を受け入れない卓球部員たちに、鷲尾は明らかに苛立っていた。鷲尾にとって愚にもつかない弱小卓球部がここまで自分に歯向かうのは計画外のことであったし、許しがたいことであった。

「第一、それじゃあ僕らはどこで練習すればいいんです?」

「それは・・・米倉先生」

「うぅん、そうですねぇ・・・まぁそれはうちの方で探させてもらいますよ。校内はどこも時間割で場所と時間が決まってますから、市内のどこかの体育館ででも———」

 米倉がたどたどしい話し方で苦し紛れの応急策を論じているのを遮るように、姫沢は割って入った。

「ほら、これだ。さっきも言いましたけど、我々だって今週末練習試合なんですよ?そのために今まで練習してきた。その結果を図る重要な試合なんです。その仕上げと言ってもいいこの三日間をお譲りするわけにはいけません。活動ができなくなったのはそちらなんですし、男子バスケ部さんの方がどちらかに場所を変えて活動してはいいのでは?」

「ああ?君は教師に歯向かうのか?」

「こらこら姫沢君。ここは押さえて・・・」

 姫沢は珍しく熱くなっていた。語気を強め、自分たちの練習時間を不当な理由で奪われてたまるかという思いで一杯だった。申し訳程度に米倉が語気を強める姫沢の前に手を振り出し、動きを制している。

 しかし、それを鷲尾の横にいる宮田が鼻で笑った。

「姫沢、どうやら君は大事なことに気づいてないみたいだねえ」

「は?」

「簡単なことさ。俺たちと君ら、限られた時間と場所でどちらが使った方が学校にとって利益になるかってことだよ。一方は県大会常連の強豪、もう一方は・・・」

宮田は一旦言葉を切り、顔を反らして小さく嗤いを溢した。

「自分たちの場所にしがみつくばかりの、憐れな一団か」

「おいお前!」

 姫沢より先に永原が声を荒らげた。それをまたしても米倉がぶつぶつと言って動きを制する。

「はっはっは、宮田それは言い過ぎだぞ。彼らは彼らなりに頑張っているんだ。あまりいじめてやるな」

「しかし先生、俺は腹が立つんですよ」

 宮田は腰に手を当て、威圧的な歩き方で卓球部員の周りを闊歩した。

「ろくすっぽ結果を出してないのに、一丁前に体育館を占領するこいつらがね」

 宮田の声は踊るように抑揚に富んでいた。一方で、彼の目は卓球部員たちを徹頭徹尾蔑んでいた。

「お前達がここで何をしようが、結果が出せない以上、一切意味のないことなんだよ。そんなことして恥ずかしいと思わないのか?頼むから、県大会の一つや二つ出場して、もっと学校のレベル向上に貢献してくれよ」

 それを聞き、鷲尾も悦に入ったように追い打ちをかける。

「ほほっ、まぁそれはそうだな。卓球部の活躍の無さは、我々教職員の間でも議題に上がるほどだ。実際、廃部にすべきだという意見すらある。それだけの落ち目にあることを自覚させず放っておくのはまずいな。ここは部活間の優位性というのを指し示すべきなのかもしれないな・・・」

 宮田たちの要求は無茶苦茶だ、だが、その言い分はある意味ではまったく見当違いというわけではなかった。

 確かに、結果を出していない連中より俺たちが使った方が有益だ、だから場所を明け渡せ、という論法は完全なる論理のすり替えであり、暴論にほかならない。

 だが、永原たち卓球部が弱小であるという一種の弱味が、彼らの無理に少なからず正統性を与えていたのも否定はできなかった。

 卓球部員たちは一瞬言葉を飲んだが、なけなしの言葉で食い下がった。

「しかし、これはあまりに強引だ・・・再考を要望します!」

「拒否させてもらう。なんと言おうと構わないが、弱い君達が何を言ってもこれは決定だ。おとなしくここを出てってもらおう」

「おいみんな!アップしておけ」

 宮田が他の部員たちに呼び掛けると、一糸乱れぬタイミングで数十人の部員たちは返事を返し、準備を始める。

 宮田もくるりと振り向き、アップを始めんとした時、彼の視界のぎりぎり見えるか見えないかのところに人の姿を見つけて立ち止まった。


 小さい体の主は永原だった。

 宮田との身長差は十五センチ以上ある。だが、永原は果敢に宮田と鷲尾の進路を妨害する。

「どけよ、永原」

「我々は今から練習に入る。部外者は消えてもらおう」

「・・・どくもんか」

 永原は宮田と鷲尾を交互に睨んだ。

「お前らはさっき、俺たちよりも自分たちが練習に使った方が値打ちがあると、そう言ったな?」

「ああ、ありのまま、事実を述べたつもりだったんだが・・・あ、もしかしてあまりにも図星だったから逆切れしてるのかな?」

 宮田や鷲尾は隠すこともせず大きな笑いを上げた。

「いんや。ただ、俺たちの練習が無駄なことだと、よくもそんななめ腐ったことが簡単に言えたなと思ってな」

「まだわかんねぇかなあ、だからさあ・・・」

 宮田が呆れ顔で先程述べた理論を再度述べようとした時だった。

 永原は俯いたまま、右足のシューズの底で体育館の床を乱暴に蹴りつけた。

 ゴム底がワックス掛けされた体育館の床に衝突し、摩擦によって動きを止めた。その鋭い音は残響し、卓球部サイド、バスケ部サイドに関わらず、その動きを制止せしめた。

「な、なんだよ」

 ぶるぶると体を震わせた永原の顔は、怒りでひん曲がっていた。

「確かに!俺たちは、明確な結果を残せていないさ。だが、だからといってどうして俺たちの価値をそんな簡単に決められる?そんなこと、勝手にされる覚えはない!」

「はあ・・・ここまで話がわからない奴だとはな・・・」

 宮田はアメリカ映画のように掌を天井に向けた後、永原を睨んだ。

「いいか!?お前らは自分らが頑張ってますよ、だから誉めてくださーいとアピールしたいだけなんだ!それは、お前らがどう足掻いたって試合で勝てたいからだ。目に見える数字で努力や実力を証明できない・・・そんな奴らを、一体誰が見ようとする?誰がよくやったと褒める?お前達は、ただただ自分たちに都合のいい価値観を周りに押し付けているだけだ!結果を残せる俺たちに場所をよこせ!これは弱いお前らの義務だ!」

 いつもスカしている宮田が怒りを露わにしている。

 それに呼応するように、永原も完全に感情のリミットが外れた。

「お前は・・・自分が何を言ってるか分かっているのか!?俺たち、いや部活動やってる人間はみんな毎日必死に練習してる!それこそ毎日血が滲むほどだ。それを見ようともせず、ただ結果だけで安易に部活動に価値や優劣を付けるなんてスポーツへの冒涜だ!そんなお前らにスポーツをやる資格なんてない!見ようともしないくせに、無責任に俺たちを値踏みするな!」

「はぁ、何を言っても伝わらないようだな・・・どっちみち俺らはお前の世迷言に付き合ってる暇はねぇんだよ。おいお前ら!さっさとその辺の邪魔な卓球台を脇に避けろ!」

 宮田が合図をすると、バスケ部員たちは引きずるようにして強引に卓球台を体育館の壁際に動かし始めた。その際、卓球台の上に載っていた部員たちのラケットが体育館の床に転げ落ちた。それをバスケ部員たちは容赦なく踏みつけていった。

それを見た姫沢や永原は一斉に吠えた。

「おい!お前ら何やってる!勝手に卓球道具に触るんじゃねぇ!」

 二人は台を動かしていたバスケ部に近寄り、彼らを強引に台から引き離した。

「おい、そいつらを抑えろ!」

鷲尾が呆然とするバスケ部員たちを見やりながら乱暴に永原や姫沢を指差し、声を張り上げた。一年生が混じっているとはいえ、バスケ部員たちの身長は永原のそれよりもずっと高い。彼らが集まれば、小柄な永原を制止せしめることなど造作もない。永原を止めようと部員たちが今まさに集結しようとしていた。永原の視界には、もう一台の卓球台を押し退けるのを一度中断し、自分の方へ走り寄るバスケ部部員たちの姿が入った。あんな奴ら片っ端からぶん殴ってやる・・・彼がそう心の中で呟いた時であった。


 まず永原は視界がぼやけるのを感じた。目の前の騒ぎが、白みがかって見えた。その次に、身体中から一瞬にして力が消え去り、体は重力に抗う能を失った。

「おい、慶介!」

 背中から姫沢が自分を呼ぶ声と、上靴と床が擦れる音が混じりあい、混濁した永原の意識に滑り込んだ。一体どうなってやがる———小さな体躯をどうと床に打ち付けた永原に、それを解明することはできなかった。

「おい!しっかりしろ慶介!」

 肘と膝に鈍い痛み、そして強い吐き気が、横たわる永原を襲っていた。手や足に力を込め、立ち上がろうと試みてはいるが、四肢に感覚が行き渡らない。

 その中で、彼の意識も果てた。


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