第3話
そこはかとなく影のある話題で自分たちを自嘲しながら、四人は丘の下のバス停に辿り着いた。
「森部高校前」と書かれたバス停の前には、森部高校の制服を着た生徒たちがバスが来るのを待っていた。ちょうど午前の部活が終わる時間ということもあってか、バス待ちの生徒たちは小さな行列を成していた。
この暑い中この行列かよ・・・と永原はうんざりしたのだが、幸いなことに森部高校前バス停を含む路線は本数が多い。数分か遅くとも十数分程度待てば次の便は来ることはわかっていたので、四人は列の最後尾に並んだ。
永原がポケットからスマホを取り出し、時間を確認しようとしたその時。
「いよーっ!これはこれは森部高校男子卓球部の面々じゃあないかー!」
ふと、四人を呼ぶ爽やかな声。
「はぁ・・・来たな」
「ただでさえ暑くて参ってるというのにこりゃまた面倒な奴が来たぜ・・・」
永原と姫沢はこそこそとやりとりしたあと、声の方を振り向いた。
そこには森部高校の制服を着た男子生徒と女子生徒のグループがいた。むかつくことに誰もが背も高い。足も長い。しかもいい匂いまでさせている。永原はその一団が森部高校男子バスケ部部員を中心とした、いわゆるイケイケのグループであることがわかった。彼らは卓球部員たちとは対照的に、カラッと晴れ上がった夏の空に相応しい、清涼感を伴った雰囲気を自分たちの周りに同道させている。今の彼らであれば、三ツ矢サイダーのCM出演依頼が舞い込んできてもなんら不思議ではない。
そのグループの一番後ろに、安積順平の姿もある。クールな顔に浮かぶわずかな笑みは、永原の中に複雑な感情を誕生せしめた。
「やっぱり宮田か・・・」
その中でもひと際背が高く、ひと際足が長く、ひと際いい匂いをさせているのが、永原や姫沢と同じクラスの宮田正樹である。Yシャツ前部のボタンは全て外し、中からアメコミのロゴの入った派手なTシャツが露出している。見ようによってはヤンキーに見えなくもないが、頭脳明晰かつ部活でも結果を残しているので優等生の称号をほしいままにしている。数字だけ見れば、彼が文武両道の規範たる生徒であることは疑いようもなかった。数字だけ見れば。
にやにやとしながら宮田は一歩二歩と列最後尾にいる四人へと近づく。
「よぉよぉ、英名轟く森部高校男子卓球部の永原君と姫沢君。こんなところで出会うなんて偶然だねえ」
「へっ、何が偶然だよ。完全に俺らを見つけていそいそと近づいてきただろうが」
「まさか、品行方正極まれり俺がそんなことするわけないだろう?」
宮田は爽やかな笑顔を顔面に張り付けたまま、永原の肩をぽんぽんと叩いた。むかつくことに、永原の頭頂部は宮田の胸の辺りなので、永原からすれば宮田を見上げるような格好になる。永原は背が小さいので大体誰に対してもそういう立ち位置になるが、宮田に対してはよりその傾向が強まる。
永原は、それだけで相手方にイニシアチブを取られたような嫌な気分になった。
「なんだ・・・なんか用かよ」
姫沢も宮田が嫌いなので、苛立たしげな声で突っかかった。
「おいおい姫沢君、顔が険しいねぇ。そんなことじゃあ、女の子にモテないぜ?あぁすまんすまん。君の魚のような顔じゃあどっちみち同じことだね」
宮田がおどけると、後ろの人間たちの間にどっと笑いが起きた。女子生徒の中には姫沢の顔を見ながらひそひそと話しをする者もいた。むかつくことだが、宮田は顔がいい。一方姫沢はと言えば、釣り上げられたカジカそのものだ。
「宮田君・・・バスに並んでいる僕らに突っかかる以外にすることがないならば、おとなしく帰宅し、今度の模試の勉強でもしてるんだな」
「ほうほうなるほど・・・森部高校卓球部の諸君は、午前で練習を切り上げて優雅にご帰宅と・・・そういうわけですな?」
卓球部部長の茅場は可能な限り冷静に宮田を諫めたつもりだったが、逆に宮田は爽やかながらもどこか厭らしさを感じる笑みを一層深めた。
「なんだよ」
「いやいや、流石は名門森部高校卓球部の諸君。骨身を削って練習なんぞしなくても余裕のよっちゃんだと、そうのたまいたいわけですな」
「そんなの君らには関係ないと思うんだけど?僕たちの活動は僕たちで決める。口を出さないでもらえるかな?」
「悪い悪い。だけどねぇ、俺には気がかりなことがあってね。このところ・・・もとい、俺が入学してからこっち、君たちが県大会に出場しているのを見たことがないのでね。俺だったら県大会に出られないなんてことがあった日には、恥ずかしくて外を歩けないなぁ」
宮田が芝居がかった口調で自分たちを攻撃するのを聞いて、永原はぷっつんと頭の中で何かが切れた。
「おい、お前!俺らのこと馬鹿にしてんのか?!」
あからさまな蔑視に対して永原は拳を握りしめたまま宮田へと詰め寄った。しかし永原は体が小さい。宮田の大きな掌が永原の頭をむんずと鷲掴みにすると、永原がいくら手を振り回しても宮田には掠りもしなかった。まるで大人と子供の喧嘩のようだ。
「おっと、暴力はいけないぜ永原君」
宮田は柔らかい口調で諭すように言いながらも、永原の体を姫沢の方へ突き飛ばした。
永原が宮田の顔を今一度見ると、そこには貼付された笑顔の下に隠された本当の表情があった。その後ろで女子生徒たちが「やだぁ・・・」「こわーい」と言いながら永原をごみを見るような目で見ていた。
「まぁ確かに君たちの言う通り俺らは別の部活動だからねぇ。だけど森部の中で君らだけ県大会にすら行けないってのは・・・」
鼻から息を漏らすように小さく笑ってから、宮田は続けた。
「それは、よそからやる気がないのだと受け止められても仕方ないんじゃないか?はっきり言えば、必死に練習して県大会以上まで出場している部活からは心象良くないだろうし。かくいう俺らも君たちのことありえないと思ってるし」
今まで我慢してきたのだろう、宮田が声を上げて笑った。腰巾着の後ろの面々も笑った。
「おいお前!言いたい放題言いやがって!」
「やめろ永原君!」
永原は怒りのあまり宮田に対して拳を振り上げていたが、フィジカルで勝る茅場がその腕をがっしりと強く掴み、動きを制した。
「おー怖い怖い。嫌だなぁ、図星だからって熱くなるなよ、永原君。どんな状況でも余裕を持って冷静に対処するってのが、卓球の試合の大前提じゃないのかい?」
宮田は人差し指を眼前に突き出して小さく動かしながら、落ち着いた口調で言った。その論調はまるで名指導者が現役選手へこんこんと教えを説くかのようだ。
「おっと、そろそろ俺たちは行かせてもらうよ。今日はみんなで映画を見に行った後カラオケで歌いまくる予定だからね。まぁ、俺に言われたことが悔しいんだったら君たちも全校集会で堂々と報告できるような結果を残してみてはいかが?そんじゃあバイビー」
宮田は勝ち誇ったような顔で四人を見てから、一団を引き連れてバス停待ちの学生の横を颯爽と立ち去って行った。宮田たちは森部高校周辺の中学出身で、他のメンツも恐らくはバスを使うほど遠くからの通学ではないのだろう。早い話が、卓球部をこけにするためだけに近寄ったのだ。
まったく嫌な奴だぜ・・・永原は舌打ちをしてひとりごちた。
腕を振り上げ、その先の手首を茅場に抑えられたままの永原は未だ怒りが収まらなかった。しかし、去り行く一団の中の一人見たとき、怒りを忘れて小さく声を漏らした。
宮田軍団のイケメン集団の中の一人に、永原や姫沢と同じ中学の安積順平の姿があった。他のバスケ部部員たちと並んでもまったく遜色のない高身長と、どこか憂いを孕んだスマートな顔つきは、宮田と肩を並べるのに十分相応しい好男子だ。
「よお、安積」
姫沢が彼の名前を呼んだ。
「久々だな。どうだ、最近調子は?」
「・・・悪いけど、気安く話しかけないでくれる?」
安積は目も合わせずに一言そう告げると、宮田の列に遅れないよう、小走りで走り去っていった。姫沢の顔には複雑な表情が浮かんでいた。
「くそ・・・宮田の奴、自分らがいい成績出してるからっていい気になりやがって」
「確かに調子に乗っているのは間違いない。だが永原君、彼の言うことは、若干言い過ぎであるにしろ真理めいたものがあるよ」
もう暴れる心配がないと判断したのか、茅場は永原の手首を解放した。
「どの部活も県大会に行くのが当たり前。そんな中、僕らだけそんな当たり前ができない。普通を全うできない人間を、悲しいことだが普通ができる人間はどこかで見下している」
「だからといって、あいつにやる気が無いと言われる筋合いはない!」
未だ火種を孕んだ火薬庫のような永原を、茅場は宥めにかかる。
「もちろんそうだ。僕らは限られた時間の中で精いっぱいやってるし、それについては自負もある」
「しかし、目に見える成果が無いってのは痛いとこだよな。これは、奴らに俺たちを馬鹿にする大義名分を与えてるも同然だからな」
「お・・・俺もそれは思います」
宮田たちの迫力に気圧されていたのか、今まで言葉数の少なかった花岡が小さく手を挙げて小さく声を上げた。
「俺も、同学年の奴からよく馬鹿にされますから・・・」
消え入りそうな花岡の声を聞いて、永原の怒りは萎えていき、それと引き換えに虚しさが心の中に充満した。他の三人が言う通り、結果を出さなくては何も始まらない。だが現状では目に見える結果を出すことが困難だ。つまり自分たちは宮田のようなさもこんなことは些事だと言わんばかりに結果を残せる奴らに、面白おかしく弄ばれるしかないのだろうか・・・永原は思った。
「何と言われようが、僕たちは僕たちのやれる中で練習をする。それだけだ」
茅場が明るい声で他の三人に呼び掛けた。
「みんな、明日からもまだ練習は続く。大安高校との練習試合ではベストを出せるようにしようぜ。そのために今日はきっちり休んで、明日の練習に繋げよう」
さすがは部長、と言いたくなるような見事な統率力で切り替えを行い、茅場は四人の顔をそれぞれ見回した。それに呼応して四人は短く返事をする。
だが、誰もが気づいていた。
茅場の明るい声は無理をしてひねり出したものだったし、他の三人の返事はどこか低調子なものであったことを。
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