第9話

その日から藍ちゃんは私から離れなくなった。

登下校は勿論。お昼も一緒だった。

私が断る度に藍ちゃんは


「蘭は、俺が守るよ」


そう言って笑うんだ。

そんな切ない顔で笑われたら私は何も言えなかった。


それでも、嫌がらせは止むことを知らずに悪化する一方だった。

藍ちゃんが来れないトイレや迷惑メールや悪戯電話。

服で隠れるところを殴られたりするなんてしょっちゅうだった。

それでも…私が藍ちゃんに何も言わなかったのは言ったらいけないと思ったから。

私の頬に出来た傷を見ただけで現れた新しい藍ちゃんの一面が怖かったから。


「いい加減榊君から離れろよ!ブスが!」

「本当だよ!榊君が迷惑してんのわかんないのっ!?」


こういう時何を言っても火に油な事を学んだ私はただひたすら攻撃が終わるのを待つ。

痛くない訳でも傷つかない訳でもない。

でも何を言ったって信じてはもらえないし

何を言ったって無駄なんだ。


キーンコーンカーンコーン


「次はこんなんじゃ済まないからね!」


女子達が居なくなった後も私は女子トイレの壁にもたれてボーッとしてた。

どうして私がこんな目に合わなきゃいけないのか

何度もそう思った。

私が彼女達に何をしたというのか。


ツーっと流れる涙。

涙はとどまる事を知らなかった。


「…ヒック……ッウ……」


蹲って声を押し殺して泣く。

誰かに助けて欲しい。だけど、誰に助けを求めればいいんだろう。

藍ちゃんに言ってもきっと更に陰湿に、更に悪化するだけ。

だって、原因は藍ちゃんの傍に居る事なんだから。

彼女達は藍ちゃんが好きで藍ちゃんと仲良くなりたいのに

私みたいにデブスで取り柄のない女が横にいるのが気に食わないんだ。

きっと、私が才色兼備な美人だったらこんな事にはならない。


「…っもういやだよぉ……」


放ってほいてほしいのに。

誰かを傷つけるのも傷つけられるのも嫌なのに。

私はいつまで耐えなければいけないんだろう。

私はいつまで……笑ってられるんだろう。


服の下は青痣だらけで毎日学校に来るのが苦痛で仕方ない。

だけど、家まで迎えに来る藍ちゃんになんて言えばいい?

学校に行かない言い訳をなんて言えばいいんだろう。


「蘭!!

何で泣いてんの?誰にやられた?」


どうして、どうして今一番会いたくない人が私の目の前に居るのか


「っ……何でもないっ

目にゴミが入っただけっ……

藍ちゃんっ…此処女子トイレだよ…?男子は入っちゃいけないんだよ」


私は今笑えてるかな?

ちゃんと笑えてる…?


「っ……蘭、俺には無理して笑わないでよ。

ごめん。俺が追い詰めたよね。」


ぎゅうっと優しく抱きしめられ頑張って止めた涙がポロポロとこぼれ落ちる。


「無理してなんかっ……ないよっ……」


「俺が全部どうにかするから。

絶対何とかするから。だからもう無理しなくていいよ。蘭は…絶対に俺が守るから。」


「何でもないってば……」


何で…この腕の中はこんなにも私を落ち着かせるんだろう。

張り詰めていた物が解かれていく。


「蘭、好きだよ。俺だけのモノになって?

絶対に蘭を守るから。お願い……俺だけの蘭になって?」


「…っ……告白するタイミング…絶対おかしいよっ……」


「うん、本当はもっと良いところで言うつもりだったけど

もう我慢できなかった。」


ハハッと笑う藍ちゃんにつられて私もいつの間にか笑っていた。

藍ちゃんは不思議な力を持ってる。

藍ちゃんが笑顔だと私も笑顔になる。

藍ちゃんが居れば何でも出来る気がしてくるんだ。


「……私も…藍ちゃんが好きだよ…」


ポツリと小さな声で呟いたのに

藍ちゃんには聞こえたのか抱きしめる力が強くなった。


「絶対幸せにするから。」


「…っ…もう幸せだよっ…」


藍ちゃんといれるだけで私は幸せ。


この時の私は無知でこの後どうなるかなんて予想もつかなかった。

ただ、一緒の気持ちだった事が嬉しかった。

だから、泣き疲れて眠った私はこの後あんな事が起きるだなんて想像もつかなかったんだ。


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