第47話γ 二人で掴む明日
地震のように、コアのある祭壇部が揺れる。
その異常な現象は、瞬く間に達海らを恐怖させた。
これに笑うのは、千羽。
苦し紛れに、歓喜の言葉を吐いた。
「あはは...私たちの勝ちね。コアが暴走を始めたわ...! もう...誰にも止められない...人類は消滅して、世界は新たな創成を...!!」
「そんなことが...!」
とはいえ、心当たりはあった。
能力の使用が、千羽の言う魔力の直接投資であるのなら。
この空間での戦いそのものが間違いだったという話になる。
しかし、そんな過去のことはこの際達海はどうでもよく、千羽から目をそらすなり、達海は目の前の破滅寸前のコアに目をやった。
初めて見た時よりも、果てしなく禍々しい光を放っている。肥大化したそのクリスタルに、もはや『綺麗』などという感想は生まれない。
(どうにかできないのかよ...!?)
そうはいっても、焦ることしかできない。少なくとも、現状を打破するすべを達海は知りえていなかった。
美雨を見る。少し回復したのか、雪輪の鞘を杖代わりによろよろと立ち上がった。
「美雨...」
「...やはり、もう限界が来ていたか」
それは、目の前のコアの事か、自分の身体の事か。それを達海は知らないけれど、言えばその両方のことを言ってるのだと察した。
結局のところ、もはや氷川 美雨という存在は別の、新たなコアへとなりかけていた。人という形を忘れ、人のぬくもりを忘れて、一つの道具になる。
美雨は今まさに、その境地に辿り着いていた。抑えることのできないコアの影響か、美雨の身体からは尖った氷柱が何本も突出している。
ふと、美雨は達海の方を見た。視線に気づいて達海も美雨を見つめる。
美雨は、笑っていた。
絶望の中での笑みでもない。無理に作った笑みでもない。
慈悲めいた柔らかい微笑で、美雨はそこに立っていた。人類が滅びかねないこの状況にもかかわらず。
その笑みで、達海は全てを理解した。
美雨は、確実にこの状況を打破できる手段を持っていた。
それは、自身の死と意味を同じくする。
言い換えれば、美雨は身を挺してコアを止めようとしていた。この場所で、死を選ぼうとしていた。
分かっていながらも、そうでなくてほしいと祈って、達海は敢えてその笑みの意味を問った。
「...止める方法が、あるのか?」
「ああ。...この命を使う時がきたみたいだ」
美雨は自分の手を胸に当てた。目を閉じて、達海には聞き取れないような声で、呪文のような言葉を呟く。
すると瞬く間に、目の前の肥大化したコアと同じ光を、美雨は胸元から放った。それは、まるで一緒。輝きを等しくしたそれは、すぐに納得がいった。
「同化...したのか?」
美雨は小さく一度頷く。
いつか担当医に聞いた、美雨の体内のコアの仕組み。
そのリンクという性質を、美雨は自分で使ったというわけだった。
つまり、今の美雨の体内に流れているコアの力は...
「ぐっ...!!」
膨大な力を体が受け取ってしまったためか、美雨は苦しみ悶えて自身の身体を抑える。その状況を達海は見るに見てられなかった。
「美雨! やめろ! そんなことをしたら...!!」
「私の命を使う時が来たんだ! ...頼む、止めないでくれ。...私が今ここで消えたら、きっとコアの暴走は止まる」
「自分一人の命で世界を止めれるからって...だからそうしようっていうのかよ!」
「そうだ」
美雨の意志は固かった。
今がまさに、世界を救う時、自分の正義を全うする時、そう気づいたから。
多分、その判断は誰が見ても正しいものだった。
悲しいほどに正しくて、残酷な正解。
達海は、それを飲むしかなかった。
好きな人間に好意をぶつけ、エゴをぶつけるだけが好きの形ではない。相手の...美雨の望むことをかなえてやることもまた、好きの形の一つなのだ。
それに、もう止まらない。
達海は、一度考えるのをやめた。
空になった頭で次に浮かんでくるのは、自分のやるべきこと。
美雨に対して自分が出来ることを達海は考えた。
(抱きしめる? キスをする? 違う、そんな甘いものなんて美雨は欲しがっちゃいない)
(美雨が望んでいるのは...ああ、そうか。約束、したよな)
全てをリセットした脳は、いつかの約束を思い出した。
『お前が死ぬときは俺も一緒に死んでやるよ! 一人にすんなよ...代わりに俺も、お前を絶対一人にしないから...!』
(俺が美雨のためにしてやれるのは...)
一緒に死ぬこと。
その約束を、達海は果たすことを決めた。
冷静に息を一つ吐いて、達海は疲れ果てた体で美雨の身体を抱いた。ただ、それだけをした。
しかし、お互い、もうその熱は伝わらなかった。ただ感傷的な熱だけが、場に根付いている。
「...達海」
「言ったよな。お前が死ぬときは俺も死ぬって。...今が、その時なんだ」
「馬鹿、お前が死ぬ必要は...」
「お互い望まないことをやろうとしてるんだ。お相子だろ? ...それに、お前がいない世界で俺はたぶん、生きれない」
「...いいのか? それで」
「いいさ。俺が望んだことなんだから」
達海は美雨と言葉を分かち合い、いよいよ腹をくくった。
覚悟が腸からあふれかえってくる。気分が高揚して、熱が体全身にいきわたる。
きっとここが、達海と美雨にとって世界最後の場所、世界最後の時。
けれど、二人一緒だから、怖いものはなかった。
達海は勝ち切ったように千羽に一瞥する。
「ま、そういうわけだ。悪いけど、世界は俺たちが守るから」
「中途半端な状態でコアを砕いたところで余波は世界に広がるわ...! 無駄よ、そんなこと」
「いいや、何とかなる。何とかする。リスク分散までしたんだ。どうにかなるさ。...それに、救える人が一人でも多くなるなら、私たちはそうする」
「つーことで、そこで黙ってみてな。...奇跡でもなんでも、見せてやるよ」
「...」
失意に沈む千羽をよそに、達海は抱き合う先の美雨を見つめた。
唇は青ざめ、体から血の気が引いている。人間をやめる一つ手前で、美雨は確かに人間としてそこにいた。
これから、消える。
もう、大した言葉はいらなかった。
「...達海、陽縁で、私の胸元のコアを貫いてくれ。そうすれば...きっとこのコアの暴走は止まる」
「分かった。...大丈夫、どこまでも一緒にいる。だから...」
目の前の、震える美雨を達海はもう一度強く抱きしめる。
「怖がるなよ。な?」
「...うん...!」
最後くらい、女の子らしく。
美雨は今までで一番無邪気な、みずみずしい笑顔を見せた。
(大丈夫、二人なら)
だから、行こう。
世界を救う使命が、待っている。
達海は、残る力全てを振り絞って、美雨の父親の形見である陽縁で美雨の胸元を貫いた。
結晶が砕ける音。放たれる光。
二人は瞬く間に包まれていく。
(あぁ...それでも、俺はまだ...美雨と)
一緒にいたい。
そんな思いは、言葉はどこかに飛んでいき、ついで達海の意識は深い闇へと落ちていった......。
---
~side M~
ここはどこだろうか。
今なら瞼を開けれるような気がした。
反発の力を弱めた瞼をそっと開けると、そこは...
「...えっ?」
思わず私は目を疑う。
けれどここは、無機質で、冷たくて、けれど確かな生のある場所だった。
「ここ...は」
「よう、目覚めたか」
声のする方を向く。そこには私の手を取る、私の大好きな人が座っていた。
「達...海...」
「ああ。俺だよ。見ればわかるだろ」
達海は二ッと笑う。それは間違いなく本当の達海だった。
だったらここは、死後の世界か何かなんだろうか? 目の前の光景を信じることが出来ない私は、ただそんなことを思うばかりいた。
「信じれないって顔、してるな」
「当然だ。だって...私は...達海は...」
「生きていたんだよ、これが」
とはいうものの、達海もいまだに不思議そうな顔していた。
無理もない。間近でコアの破壊の余波を受けた二人だ。それなのに、なぜ私たちはここにいるのだろうか。
けれど、そんな理屈をよそに、私の身体は、思いは、ひとりでに暴走していた。
「...達海っ!」
私はまだ重たい体を目一杯動かして、達海に抱き着く。
「おっと...。...起きて早々ハグなんて、とんだお姫様だな」
「達海...達海...!!」
とにかくただ、この場所にいることが、私は嬉しかったのだろう。ただあふれる思いと涙のままに、達海に抱き着く。
そんな私を、達海はただ抱き返すままでいてくれた。
---
何の奇跡が起こったのかは知らない。
けれど確かに、私たちは生きていた。
しかしそれは、無償によるものではない。
達海とともに医者から聞かされた真実は、なかなかに酷なものだった。
起きてからそうそう気づいたのだが、私の下半身は一向に動かなかった。医者の言うところによると、完全な半身不随状態であるみたいだった。下半身全ての神経が断たれ、もう二度と動くことはないという。
それでも、上半身、臓器に軒並み影響がないのは幸いだった。コアがあったはずの心臓周りも丁寧に手術されており、その点での心配はなかった。
一方で、達海はその逆。
達海は、コアの余波で心臓をひどく患ったみたいだった。脈は不安定になり、臓器もだんだんと衰弱を始めているとの報告を受けた。
しかし、二人とも、確かに生きていた。
今はもう、それ以外の事実はいらなかった。
---
それからは、秘密裏に二人で世界を回ることにした。
コアの余波が影響した場所、しなかった場所。全てを見るように旅してまわる。
見晴らしのいい丘から、コアの影響で地震が起きた街を眺めた。
建物は倒壊し、燃え後のような家々があちこちに見受けられる。
それでも人は、前を向いて立ち上がっていた。
確かに、生きようとしていた。
それがどこか嬉しくて、私は呟く。
「見たか...ソティラス。お前たちが奪おうとした命は...まだ輝いているんだ。こんなにな」
車いすを押してくれている達海は、ただそうだなとだけ答えた。
そうして二人して、明日を生きる人間を見渡す。
儚くて、美しい光のようなそれは、あの日砕いた文明の進化によって生まれた禍々しい光とは比べ物にならないほど輝いていた。
「...終わったな」
ふと、そんな言葉を零す。
「ああ。俺たちの戦いは終わったよ。ガルディアという組織もソティラスという組織も、コアという不条理な奇跡も全部なくなった。...これからは、『普通』の幸せが待ってるさ」
「普通の幸せ、か。...それはどんなに素敵なんだろうな」
「探していけばいいさ。俺たちならきっとできる」
「ああ。そうだな」
そうだ。私たちはきっと幸せを掴める。
信じあって戦い抜いた、私たちなら。
さあ行こう。
今度はどんな幸せが待っているだろうか。
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