第46話γ 羽ばたく正義、切り裂く正義
先に中で待ち伏せされていることに驚いてか、千羽は目を見開いていた。
けれど、それは一瞬。すぐさま顔から動揺にて生まれたゆがみを消し、妖美な笑みを浮かべた。
「久方ぶりね、藍瀬君」
「ああ。数日ぶりだと思うがな」
達海は視線を千羽から反らすことなく、砕けた言葉で牽制する。というよりは、級友と話しているような感覚だった。
けれど、決定的に違うのは、その境遇。
目の前の千羽は、明らかな敵であるのだ。
分かっているからこそ、達海は目をそらさない。
「そこを、どいてもらえるかしら? 直接的な魔力投資が出来ないのだけれど」
「知らないな。自力でどかしてみたらどうだ?」
「...たかがB型の能力風情で、私を倒せるとでも?」
「無理だろうな。...でも、ここにいるのは俺一人じゃない。見ればわかるだろ?」
自分一人で叶わないことは、達海は先日の戦闘で分かっていた。
自分の戦闘意欲、覚悟、それらの影響はあるかもしれないが、根本的なところ、明らかに実力に差があった。
それでも、一人じゃないから。
達海は、隣にいる美雨がいるからこそ、強くあれた。
これまでも、これからも。
「あら、氷川さん。ダウンから回復したようで」
「おかげさまでな。...お前のおかげで目が覚めたよ。今なら、見えなかったものが全て見える気がする。...だがまあ」
その途中で美雨は雪輪に手をかけて、刀を抜くなりまっすぐその刃先を千羽に向けた。
「あの時も今も、止めなければいけない相手ははっきりと、この目に映ってる」
「...私を、殺すのかしら?」
「いいや、止める。そうだろ? 達海」
「もちろん...!」
その呼びかけに応じて、達海も美雨の父親の形見である陽縁を抜きさす。
初めてしっかりと握ったその刀は、はじめてとは思えないほど達海の手になじんだ。
重さ、鋭さ、そういったものが戦闘を介さずに達海に伝わる。それは間違いなく、美雨の父親が残した思いの欠片だった。
(今なら、何でもできる気がする...!)
冴えた瞳で千羽を見る。
その時にはもう、千羽はその場に立っていなかった。
「達海! 上!」
「分かってる!!」
千羽の能力が翼であることは、先日の戦闘で両者ともに分かっていた。
だからこそ、上空からの攻撃を想像することは二人にとってみれば容易だった。
(...集中しろ。相手は本気だ)
集中する。
しかしそれは、視界だけに頼ることではない。
五感をフル活用して千羽の次の行動を予想する。
けれど、空を飛べるような相手に常識は通じない。ならば必要なのは...
(第六感...!)
達海は何も起こらないうちから自身の身体を傾けて右に飛び跳ねた。
瞬間、先ほどまで達海が立っていた場所に無数の尖った羽が降ってきた。
「! あぶねえっ!」
「あれを躱す...!? 視覚だけじゃ無理なはずなのに!」
「常識が通じないのはお互い様だろうが!!」
達海は美雨に軽く目配せする。
瞬時に作戦を考えて、達海はそれを実行しようとしていた。
もちろん、目配せだけではその作戦が伝わるはずはない。
しかし、メッセージを受け取って美雨は急いで達海の元へ駆け寄った。
達海はその肩へ手を当てる。そのまま瞬時に、美雨の身体からほとんどの重力を抜き取った。
(...今から、飛んでくれるか?)
(勝算はあるのか?)
(分からないけど...俺たち、遠隔の攻撃なんてできないだろ?)
(分かった。やってみる...。が、一つだけ伝えることがある。冷静に聞いてほしいいが...っ)
話の途中にもかかわらず、第二撃、第三撃と空から降り注ぐ。
その二三本が達海の肩をかすめたが、気にせず達海は自身の直感に頼り、その攻撃を躱しながら耳打ちのような会話を続ける。
「いつまで話しているのかしら? こうして私が能力を使っていること自体が、魔力の直接投資につながるのよ?」
「んなこと分かってらぁ!」
表では千羽に大声で答えつつ、達海は美雨の事しか見ていなかった。
物騒な喧噪をよそに、達海は再び美雨と言葉を交わす。
(冷静に...か。...分かった。教えてほしい)
(...憶測だが、私が能力を使えるのはあと三回が限度だ)
(...もし、それ以上使ったら?)
(体から一切の体温が無くなって、死ぬだろうな)
(.....分かった。それまでに片をつけよう)
再び頭上からの攻撃。今度はコツをつかんだのか難なく躱せた。
(俺が今から上に突き上げる。そこで、千羽のあの羽を叩きってほしい)
(分かった。やろう)
無茶にもほどがある作戦だと、誰が見ても分かるものだった。
しかし、今の二人には確かな信頼がある。その作戦に文句を言う人間はそこにはいなかった。
「千羽! いつまでも自分が上にいると思うなよ!!」
達海は大声で叫び、千羽の注意を引く。特に効果がない行動ではあるが、千羽の注意を引き付けることが全ての作戦だった。
「悪あがきを...!」
コアに向いていた千羽の視線が達海と美雨に向く。
それこそが、まさに好機だった。
「美雨! 行け!!」
達海は軽くなった美雨の身体を全力で千羽の方へ跳ね飛ばす。陽縁の刀身を踏み台にし、全力で蹴り飛ばして美雨は空を舞った。
「空を!? しまっ...!」
視線を取られていたことが仇なしてか、千羽はその攻撃を避けることが出来なかった。
どうにか防衛をと、両翼を自分の身体の前に動かして、美雨の攻撃を受け止める体勢に入る。
「あなたの剣じゃ私は斬れない!」
「ああ、斬れないだろうな。...だから、届いてくれるだけでいい!!」
美雨は雪輪を持つ自分の両手を心臓のもとに当て、貫く構えを見せた。
その勢いのまま、美雨は雪輪で千羽の固められたガードの左の翼をかすめた。
しかし、それだけだった。
勢いを失った美雨の身体は落下の動作に入る。達海はその落下地点で美雨の着陸を待った。
しかし、体勢を立て直したのは千羽の方。
「命中しなかったわね! これで...! ...!!?」
美雨は両翼をもう一度広げて美雨を迎撃しようとした。
しかし、雪輪が掠めた左の翼が動かない。
千羽の左翼は、氷点下よりさらに冷たい温度で覆われていた。固まって、とても動かない。
「まさか...! 今の攻撃で...!!」
その言葉に答えることなく、美雨は二ッと笑った。そのまま落下した体は、見事に達海に抱きかかえられる。
美雨は不敵な笑みを浮かべながら、少し苦しそうに吐き捨てる。
「...あと、二回だ」
「分かった」
達海は美雨を地上に下ろして、改めて千羽を目で追う。千羽はなんとか地上に着地したが、その左翼はもはや動きそうになかった。
「地上戦になりゃ、対等だ」
「...舐めないで」
刹那、ひとたび鋭い風が吹いたような気がした。
達海は腕で眼前を覆う。
その腕をどけた瞬間、千羽は全力疾走で切り込んできていた。
手に持っている刃渡りの少し長いナイフが、たちまち達海の心臓のあたりを切り裂く。
本来なら間合いにおいて圧倒的に有利がある日本刀。
しかし、状況によってそんなものは簡単に覆るのだった。
達海の胸元は、たちまち激しく血を吹く。
「ぐっ!!」
そのショックで、達海はふらふらとする。しかし、かろうじて転倒はこらえ、片手で陽縁を振った。
そんな状態の攻撃は当たるはずもなく、千羽はひょいと避けて見せる。しかし、不利を感じてか、千羽は少しばかり後ろへ下がった。
切り裂かれた胸元に手を当てて、達海は千羽を見つめる。
向こうも向こうで決死の攻撃だったのか、少々息が上がっているように見えた。
「...決めきれなかったみてーだな」
「けど、あなたもこれで手負い。...少々浅かったわね。次は...仕留める」
ボタボタと血が地面へと落ちる。
その状況は、達海でもさすがにまずいと思えた。
(浅かったとはいえ...心臓付近。出血も思ったほか多い)
(...けど、なんだ。痛みは全くない)
それは窮地によるアドレナリンだろうか。はたまた美雨が近くにいることの安心感だろうか。
そんなことは達海にとってはどうでもよく、ただ次の策を練った。
次第に、深い海に沈んでいくように体が集中していく感覚に達海は見舞われた。
それが何かを、達海は知っている。
やるべきことは決まっていた。
(今の様子なら...次の攻撃も俺に来る。だから...カウンターを)
そう思っていた。
しかし、目で追う先の千羽はすでに達海の横を過ぎ去っていた。
ゾーンに入っていたことを認識する、ほんの一瞬。
しかし、それが小さな最大の油断だった。
「しまっ...! 美雨! よけろ!」
「...」
「美雨!」
「あっ...」
美雨は、自分の体内で暴走する能力を抑えるがために、何も発さないで、何も考えれないでいた。
だからこそ、迫りくる千羽の攻撃に全く気付かなかった。
美雨の虚ろな眼前に、千羽のナイフが映る。
「...!!!」
そして、その刃は鋭く突き刺さる。
しかし、その刃が刺さったのは達海の下腹部だった。
「今の一瞬で!?」
「美雨!!! 今だぁあああ!!!!」
自身の苦しさをよそに、達海は美雨の名を血まみれの口でさけぶ。
「うおおおおお!!!」
美雨は雄たけびを上げ、長年共に戦ってきた雪輪を突き出す。
そしてそれは今度こそ、千羽の身体を貫いた。貫いたあたりに氷が張り、たちまちそれは千羽の行動力を奪う。
「がふっ...!」
千羽は勢いよく口から血を吐き出す。そしてその刃先が体から抜けるとたちまち
その体は前のめりに地面についた。
しかし達海、美雨にとっては幸いなことに、心臓は確かに動いていた。
そして達海と美雨はかねてからの望み通り、殺さずして千羽の行動を止めることに成功したのだった。
「美雨!」
達海はもう一度美雨の名前を呼ぶ。それは感傷に浸るわけではなく、その体をいたわるために。
美雨が能力を使用したのは公言してから二回。グレーゾーンではあるものの、デッドラインは超えていなかった。
しかし、一度目の使用時のノックバックを考えると楽観はできない。達海はそれが分かっていたからこそ、自分の貫かれた下腹部など後回しに美雨の元へと駆けたのだった。
かくいう美雨は、体をがくがくと震わせていた。かろうじて生存しているものの、美雨の体内のコアは暴走寸前だった。
達海はそんな身の身体を抱きしめる。明らかに人間の体温でないことなど、もはやどうでもよかった。
確かにコアを守った。
二人は、そう思っていた。
しかし。
そんな二人の思いと裏腹に、コアはぐつぐつと煮える鍋のように振動を始めた。
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