第36話γ カウントダウン


 全てが凍てつく。

 美雨に何が起きているのか達海には分からなかった。


 ただ、助けを呼ぶことしか...。



---



 美雨が前いた場所とはまた違う医務室に運ばれて30分が立ったところでようやく主治医のような人間が部屋から出てきた。

 達海は血相を変え、食いかかるように問いかけた。


「美雨はどうなったんですか!?」


「まあ、落ち着きなさい。...今回のような事例はこれまでになかったわけでもない。命に別状はない話だ。まずは頭を冷やしなさい」


「...」


 落ち着いた主治医の声音に高揚した心をもまれ、達海はようやく深く息を吸うことが出来た。


「...説明、お願いできますか?」


「無論、そのつもりだよ。聞いたよ。君が美雨君のパートナーなんだってね。...なら、話さないわけにもいかないだろう」


 どこまでも優しい主治医の男はニッコリと微笑んで、達海をなだめた。その雰囲気に乗せられたおかげか、場から焦燥の匂いが消え去った。


 主治医の男は達海に病室の外に置いてあるベンチに座るように促した。達海が据わって間もなく、男もその隣に座る。

 そのままおもむろに男は説明を始めた。


「藍瀬君、だったかな。今から僕が言う話に驚かないでくれるかな? ...現実とはだいぶかけ離れた話だから、覚悟してほしい」


「そもそも、裏の白飾自体が現実とはかけ離れているんで...」


「それをも凌駕する話だ」


 主治医の顔は険しかった。


「...僕はね、藍瀬君。かれこれ20年ほど氷川家お抱えの医者をしてるんだ。美雨君がガルディアに所属してからは、僕もずっとこっちにいる」


「そうなんですね」


「そして...今から僕は君を怒らせる真実を言う。...それはね」


 一呼吸置いて、主治医は告げる。



「美雨君の中には、コアそのものが入ってる。...そして、その手術をしたのは僕なんだ」


「...は?」


 達海は、一瞬男が何を言ってるのか分からなかった。

 しかし、冷静になって考えてみて、ようやくすべてのつじつまが合う。



 美雨が白飾を離れていて、それでいて能力を所持で来た理由。

 いつかの説明で、零が美雨のことを例外といった理由。

 先ほど、ただならぬ冷気が漂っていた理由。


 それは、美雨の胸の中に眠っていたコアのせいだということ。


 全てのつじつまが合った瞬間、達海は自分の思考とは別に立ち上がっていた。理性のままに、男に吠える。


「なんですかそれ! なんでそんな...!!」


「...命令自体は、美雨君のお父様のものだ。そしてそれを美雨君は了承した。...僕だって反対だったさ。まだ小さな少女に起動していないコアの小破片を埋めるなんてそんなこと、自分から進んでやりたいわけない。...けど、どうにもならなかったんだ」


「美雨が...望んだんですか?」


 男はゆっくりと頷いた。

 

「...でもね、あれはきっと美雨君の奥底にある心ではないと思うんだ。...美雨君は優しい。本当はね。それが覆われて表に出てないだけで...」


「分かってます...。俺は、あいつのパートナーなんですから」


「そうか。...君が、こういう人間でよかったよ」


 主治医は例のごとくニッコリと笑う。その笑顔の前では、達海は怒るに怒れなかった。


「...話を戻そうか。今回、美雨君に何があったかの説明がまだだったね」


「そうですね。聞かせてください」


 納得したくない事実を受け入れて、達海は主治医にまっすぐな顔をぶつける。

 残酷な真実であっても、変わらない真実なのだから。



「美雨君の内部のコアは、白飾のコアと連動して起動している。といっても、直接リンクしてるわけじゃなく、コアの粒子波が共鳴を起こして美雨君のコアも動いている、そんな感じだ。この前提条件、押さえておいてくれるかな?」


「はい」


「そして、今本元のコアが激しく膨張を起こしてる。それに連動して、美雨君のコアも活性化してるんだ。それによって抑えられなくなった【氷結】という能力が、美雨君の身体を蝕んだ。それが今回の症状だ」


「だからあんなに冷気を...」


 体から能力が制御不能であふれ出した状態、つまるところそういうことだった。

 少なくともそれは、美雨の状態の危険を意味している。


 達海は溢れそうな怒りを抑えながら、冷静に聞きたいことを端的に聞き始めた。


「これが、昔からあったんですか?」


「...ここまでの症例は、なかった。けど、コアの成長に伴う体調不良はこれまで何度かあった。...とはいえ、それらも僕がどうこうすることは出来なかったけど」


「自然治療...なんですか?」


「一応、僕なりに研究してコアの活性化を抑える薬は作って、それを投与している。けど、それ以外に僕にできることは...」


 主治医は少しばかり悔しそうにうつむく。


(そうか...この人もこの人なりの正義で美雨を...。そりゃ、悔しいだろうな)


 

「過去の症例通りの処置が聞くなら今回も問題ないと思う。普通に寝て、明日になれば目を覚ますはずだよ。...ただ、多分そんな簡単にはいかない」


「本元のコアが過度な膨張を起こしているから、ですか?」


「そうだね。...あちらのコアが過激になるほど、美雨君の内部コアも影響される。多分、これからも同じような症状が多発するかもしれないとすると...」


「...!!」


 ここで達海は最悪の事実に気づいた。

 コアの膨張で美雨の体調が狂うのであれば、これからの膨張次第では美雨は最悪の場合...



『死に至る』


 最も問題であることは、それを止めるすべが現状ないということだった。

 落ち着いていたはずの達海の心情はたちまち狂いだす。主治医の声ももはや届かなかった。


「どうにかできないんですか!?」


「...尽力はする。手がないわけじゃないんだ。...美雨君のコアの成長を止めることが出来れば、これ以上の膨張をすることはない。本当は白飾から離れたところで生きることを選ぶだけで、こんな問題は解決するんだ。...でもきっと美雨君はそれを望まないだろう。少なくとも街に残るという答えは美雨君の答えそのものだと思う」


「白飾に残ったままでコアを止める方法は...もう一回手術をすることですか?」


「そうだね。...でもそれは、限りなく難しい。入れる時の手術はほぼ100%に近い成功率が算出出来たけど、膨張したものを取り出すとなると難易度がけた違いになる。...成功率は1%もないだろう」


「...そう、ですか」


 どうにもできない。無力だ。

 好きだと言っておきながら、覆せない過去のために指をくわえてみているしかない自分が悔しくて、達海は気づけば歯ぎしりをしていた。



「...もちろん、その手術も僕の意見ではどうにもできない。やれと言われたらやる。その決定は美雨君次第だ。...でも、叶うのなら、その決定に美雨君の親の意見は挟ませないようにする。それが多分、今僕にできる最大の抵抗だ」


 おそらく、限りなく絶望に近いところに現状はある。

 それでも、男の遠くを見つめる目は、死んでなどいなかった。


 ならば自分も、と、達海は思えた。


(俺に出来ること...。隣にいるだけじゃダメなんだ。...美雨のことを分かりたい。だから、俺がやるべきことは...)



「...俺が、美雨の両親と話すことって...可能ですかね」


「ただの医者である僕では判断しかねるけど...それは美雨君次第だな。美雨君がどれだけ君を信じてるか。心を開いているか。君はその自信があるかい?」


「...あります」


 戸惑うことはなかった。

 美雨の隣を歩く覚悟、自分の正義を貫く覚悟、達海はその全てを持ってる、その自信があった。



「じゃあ、あとは君の行動次第だ。...意外とやる気でこの世の全てはなんとかなるもんだ。僕は君に賭けてるよ。...ずっと間近で見てきた美雨君のパートナーになったんだ。...せめて僕の期待を裏切らないでほしい」


「分かってますよ。...なにより、俺自身が美雨の期待を裏切りたくないですから」


「そうか。...頑張れ」


 それ以外の言葉はいらないと、主治医の人間はそっと目を閉じる。

 感傷に浸りたかったのか、しかし、主治医の男は何かを思い出したようにカッと目を見開いた。


「ああ、忘れてた!」


「なんですか?」


「美雨君のコアの実態。まだ全部君に伝えていなかったんだ」


「教えてください」


「体内コアは白飾の本元とは直接リンクはしていない。けど、合わせることもできる。...やることはないと思うけどね。コアの直接リンクはおそらく可能だと計算できる」


「したところでどうなるか分かるもんなんですか?」


「それは医者に出来ることではないね。科学者の領域だよ。ただ、医者である僕が言えることがあるとすれば、このリンクは絶対にしない方がいい。...間違いなく、美雨君が死んでしまう。大切にしたい気持ちがあるなら、こうならないように」


「分かりました。...ありがとうございました」


「いや、何のためにもならない情報だ。これに至っては感謝される所以はないさ。...さ、美雨君のところに行ってみたらどうだい? まだ目は覚まさないだろうけど、もう状態は安定してるはずだ」


「はい」


 軽く会釈をして、達海は病室の扉の向こうへ進む。

 主治医は達海のいなくなったベンチに一人座ったまま、時が過ぎるのをぼーっと待った。


 そこへ、一人の老紳士が通る。



「...状態は、大丈夫なのかね?」


「手はつくしました。...何とかなると思いますが、これからも同じようなことが続くかもしれません」


「そうか。...安心しろ、じきに終わるさ」


「じきに、ですか」


 それが何の終わりを意味するのか、誰も知らない。

 ただ、それぞれの終わりを目指して、それぞれの戦いを誰もが続けているのだ。


 白飾の夜は、そうやって進む。





 たどり着く終わりは、一体誰の終わりなのだろうか。それを知るものは、やはり誰もいないのである。




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