第五章β 止まらぬ時の、その先に(零‪√‬)

第37話β 生きるために


 平常通りに戻った零と達海は、黒谷が改めて立てた本部へと向かった。

 重役ばかり座る室内の空気は殺伐としており、事態の深刻さが簡単に伺えた。


「...もう、いいのかね?」


「ええ。...迷惑を掛けました」



 零は一悶着会ったことの謝罪を入れる。黒谷は何も言わず一度だけ頷き、手前に用意されている椅子二席を指さした。



「君たちはそこだ」


 この発言には、自分は立ったままで聞くような存在だと思っていた達海は驚いた。

 促されて、達海は零と隣になって椅子につく。


 これで全員そろったのか、黒谷の口火で会議は始まった。



「さて...単刀直入に言おう。これから、我がガルディアは全面戦争へと突入する。...ないとは思うが、反対意見があるものは手を挙げてほしい」


 黒谷は挙手の催促をするが、その発言に手を挙げるものは誰もいなかった。

 しかしそれが強制的な、重圧的なものではないと、達海は認識できた。


 座る各々、目の色が鋭かった。対抗心とも、憎しみともつかない。ただ、戦うという意志を、会議に参加した面々全て瞳にともしていた。


「...いないようだな。では、これからの動きについての会議を始めよう。...まず、一誠。現状を踏まえてどう思ってるか教えてほしい」


 黒谷は、海外から帰国してきた一誠に話を振った。一誠は白飾に帰って間もなかったが、その能力と頭脳での分析で、しっかりと意見をまとめていた。

 

 一誠は自分の席を立ち、用意されたモニターに白飾の地図を投影させた状態で話し出した。


「これが白飾の...そうですね、路地裏、裏世界周辺のMAPと言いましょうか。ここ、ガルディア本部、敵陣、祭壇がこういう位置関係ですね」


 一誠の言葉とともに、位置関係を示した地図上に赤い点が打たれる。その上で、次の一誠の一声で、そのマップは赤のバツ印で覆われた。



「これが、開坂が殺された後の戦闘発生の件数です。...正直、異常ですね。コアの存在する祭壇付近での戦闘は比較的少ないですが、敵はコアの所在を知ってしまってます。...とすると、そう遠くないうちに攻撃を仕掛けてくるかもしれません」


 誰が考えても分かる事実だったが、誰でも考えれるほど、深刻な事態であるということを裏付けていた。



「...という前提を踏まえて、参謀からは臨戦レベルの引上げを提案しました。...まあ、さきほどの挙手の様子からして、反対意見はなさそうなので通してもらいます」



 高々と開戦を告げる声。それに反対するものがなかったのなら、法案が通るのは当然だった。


「その上で、私個人の考えですが、...まず、ずっと待ったまま、攻撃を受けるまま、というのは望ましくないでしょう。どのみち、防戦であろうと、攻撃戦であろうと、犠牲の数は増えます。...なら、可能性の高い方を取るのが、定石かと」


 


 遠くに座っている、どこかの誰かが声を上げた。



「つまり、打って出る、ってことでいいんですか?」


「簡単に言えばそうなります。...とはいえ、徐々に攻撃を仕掛ける、というのは戦力、資源の浪費に異なりません。効率の良い戦い方、というなれば、電撃戦がそうかと」


「ふむ...。電撃戦か」


 黒谷はどこか考えるように一度深く頷き、質疑応答を始めた。



「算段はあるのかね?」


「仮に電撃戦を行うとして、いくつか重要なことがあります。それは、相手の思考、弱点となりえる時間、日時、そう言ったものを把握すること。敵を欺くように防戦を続け、裏で準備を進めたうえで、盤上をひっくり返すような戦い方が望ましいです」


「つまり、当分は防衛戦、ということかね?」


「一応そうなりますが、これまでの戦闘データを見る限り、向こうはこちらがただ守るだけの存在と思いそうなくらいには、防戦が多いです。...ですので、もう数日続けるくらいでいいかと」


「なら、どのタイミングで攻撃するか、というのを明確に決めておいた方がいいな...。まず、電撃戦で挑むか、というところだが...。皆のもの、反対意見はあるか?」


 黒谷がそう尋ねると、今度ばかりはさすがに思うところがあったのか、一人の男性が手を挙げた。



「言ってみろ」


「電撃的な掃討作戦...。相手戦力をそぐというところでは大いに賛成です。...けれど、少々リスクが大きくないですかね? 攻撃にでる、ということは、防衛が弱くなるということ。そう言ったところの算段は、ありますか?」


「一応、その日はほぼ全員のガルディア構成員を動員して攻撃、防衛に当たらせる予定ですが...。そうですね、戦力ダウンは避けられないでしょう。...しかし、データ上、戦力的にはこちらがやや不利。向こうがじりじり攻撃するならば、こちらの戦力もだんだんと削られます。一斉に責められたら、押し負ける可能性もあります。ですので、防戦よりは攻撃戦のほうが、相手の動きを封じるに効果的かと...」


 結局、最上の答えというものはなく、防衛と攻撃の間で揺れ動く理論は、いずれも苦渋の決断に等しかった。

 それでも、犠牲を振り払ってでも攻撃を行う。守るだけの存在ではいられなかった。



「...他、異論は...? ...ないな。では、これを念頭に進めていく。とはいえ、電撃戦とは言ったものの、だいぶ抽象的なものだ。まだまだ煮詰める必要があるだろう。...一誠、後で打ち合わせだ」


「了解です」


「さて...。改めて今後の方針を確認する」


 黒谷が告げると、モニターの内容が暗転し、切り替わった。

 その黒に光をだんだんとともしながら、黒谷は続ける。


「とりあえず、今日から数日間はこれまで通り周辺警備、防衛にあたってほしい。...ただ、向こうが何をするかは正直不明だ。警戒は怠るな」


 会場に威勢のいい、はいの声が響く。



「そして、先日までとの変更点は臨戦レベルの引上げだ。4であるならば、日常への帰化が許されていたが、引き上げるとなるとそうはいかない。ここにいるメンバーはじめ、ついている役の高い者、高能力者は迷わずこちらに参加してもらう。...この組織にいる定めだ。異論は認めんぞ」


 黒谷は鬼のような形相で場を睨む。それに怖気づく人間はだれ一人としていなかった。



「以上、全体で話しておくのはこの程度だ。各部門の指示は作戦本部、および属している班のリーダーが主となる。いいな?」


 異論は上がらなかった。



「...よし、それでは全体会議を一度終わらせる。...最後に、だが。ここから先、これまで以上に血が流れる。憎しみは連鎖する。それでも私たちは戦わなければならん。私たちが守るのは常に明日だ。それを念頭に入れて行動しろ。...班が違えど、人員不足を感じたらすぐに戦場に出てもらう。...諸君らの健闘を祈る」


「「「「「「「はい!!」」」」」」」


「では解散だ!」


 黒谷が声を張り上げたのを境に、会議に出席していた面々は立ち上がり、勢いよく扉から出ていった。全体会議が終わったといえど、各部門での会議があるのだろう。モニターを任されている獅童も、すぐさま部屋を出ていった。


 そうした中、達海は零と二人残っていた。

 二人にやることがなかったわけではなかったが、黒谷が目線を配り、その場から動かないように命じていたのだ。


 そうして場の人間が、零、達海と黒谷の三人になって、黒谷はようやく口を開いた。


「...さて、二人には命令を下してなかったな」


「そうですね。...もとより、俺は零がどの班か知りませんでしたし」


「私はもともとは本部の人間よ。...最近は、偵察で出ることが増えたけどもね」


 零が口入れをし、黒谷が続ける。



「その上で、所属を再編する。...二人には、遊撃に出てもらう」


「遊撃、ですか...?」


 自己中心的な考えであるが、達海は零にとってそれはなかなかに厳しいものだと感じた。

 使ってしまえば壊れてしまいそうな能力。であるならば、極力本部に置き続けた方がいいのは明白だった。


 しかし、零はS級の能力者である。本部から見れば、間違いなく強大な戦力であり、人員不足が目に見え始めた今において、温存しておくにはもったいない存在だった。


 ここは組織である。ゆえに、個人の事情など関係なかった。

 達海は全てを割り切り、零を見つめる。零は、まっすぐな瞳で黒谷に答えた。



「やります。...それが、私にできることなら」


「...うむ。そして藍瀬君。君には零のサポートについてほしい」


「分かってます。...絶対、力になってみせます」


 それは、誰に向けて放たれた言葉かは分からなかった。

 けれど達海は、その言葉の行く末はどうでもよく、言った現実に確かな覚悟を込めた。


 黒谷は表情一つ変えないまま、一度だけ頷いた。


「うむ。...ただ、遊撃班に所属する以上、今は特別動くことはない。来るべきその日まで、これまで通り本部で働いてくれ」


「分かりました」


「偵察は...どうしましょうかね?」


「いらんな。もとより、今回の再編で君は偵察班から外している」


「あぁ、そうなんですね。...じゃあ、俺って何なんです? 一応、遊撃班ですか?」




 その質問に対して一瞬だけ、黒谷は言葉を詰まらせた。


「...ん、まあ、そうなるだろうな。ともかくだ。...仕事は果たしてもらうぞ」


 荘厳な雰囲気でその場を押し切り、黒谷は二人の返事を待たず、会議室から出て行ってしまった。

 二人きりになって、達海は零に目を合わせる。



「...何かしら」


「いや...。さっきの黒谷さん、なんで詰まったんだろうって」


「知らないわよそんなこと。...というより、あそこにボードがあるわ。自分の目で確認したら?」


「それもそうか...」


 零のごもっともな口添えに従い、達海は重要隊員が記入されているホワイトボードへ向かった。


 そして、遊撃班と書いてある部分を指でなぞり、自分の名前を確認する。

 ほどなくして...



「...あっ」


 そこで、達海はようやく自分の役職を知った。

 そして一度、達海は笑みをこらえきれずニヤリと笑ってしまった。


 その笑みをキャッチした零が困惑して問う。


「...何よ」


「いえ」


(...俺も、認められてんのかな...)




 ホワイトボードには、零の名前の隣に()を並べられ、『恋人』という記載のみされてあった。




 

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