第38話β 共に在る空間
その日の夜は、達海に、零に特別命令が下されなかった。
休めということが命令なのだろうと二人は判断し、それに従うことにした。
ただ、その前に達海にはやらなければいけないことがあった。
~過去~
「...家に?」
「ああ。...こっちに移動するなら、最低限のものを揃えないと」
「それなら、必要経費でこちらで落とせるのだけれど」
「いや、行かせてほしい。...一回帰っておかないと、多分、戦う前の気持ちの整理、出来ないから」
戦うことを割り切った達海だったが、心残りがないわけではなかった。
命を賭した戦い。当然、生きて帰れる保証もなかった。
だからこそ、一度でも家に帰りたかった。
それは、日常への帰化ではなく、決別のために。
零は一つため息をついた。
「...どうしても行かないと、ダメかしら?」
「行かせてほしい」
「...分かったわ。なら、私も付いて行く。構わないでしょ?」
「いいけど...。...うん、そうして欲しいな」
いろいろな意味で、達海は零を拒む必要が無かった。
一緒にいたいのもある。そうして、力強くいたい気持ちもある。
そして何より、それを達海は見届けてほしかった。
~現在~
そうして二人は、達海の家のマンションへと着いた。夜6時に満たないその部屋に、達海の両親はいなかった。
達海は鍵を開け、零を入れて、部屋に入る。
「...ただいま」
「ふーん...ここが」
零は少し興味ありげに声を上げた。
「何か?」
「何もないわよ。それより、急いだほうがいいんじゃないの? 日常の人間なら、あと30分もしないうちに帰ってくると思うのだけれど」
「だな。入れ違いはごめんだから、さっさと済ませよう」
言って達海は、自分の持っていきたいものを、ひとしきり小さなバッグに詰める。衣服類は、選ぶには必要な時間、スペースが大きかったため、断念した。
手当たり次第に、達海は大切なものをまとめていく。
それは、弥一と陽菜と三人で映っている写真で合ったり、小さなころ、親に買ってもらったペンダントだったり。
そうした思い出を、自分の手元に引き寄せた。
椅子に腰かけ、その様子を見ていた零はどこか人ごとのように達海に語り掛けた。
「達海って、親と仲は良かったりするのかしら?」
「何ですか藪から棒に...。...そうですね、悪くはなかったと思う。...高校に入ってからは、仕事と学校の時間のちぐはぐで顔を合わせることも少なくなったけど...。...けど、嫌いじゃないのは確かだな」
「,,,そ」
「そして、嫌いじゃないからこそ...今はお別れなんだろうなって。二人が生きる世界を守るのが、今の俺に与えられた使命なんだから。...そして、またいつかすべてが片付いたら、ちゃんともう一度話し合いたい。...二人は、そんな人間かな」
達海は、両親のことを思い出して、笑った。
それは強がりではなく、心からの願いとして。
そんな達海を零は少し切なげな瞳で見つめた。その瞳に目があった達海は、零が何を言いたいのかを即座に理解した。
「...分かってるさ。...そんな甘い考えじゃダメだって。...俺が守るものは、世界と、零だから。...全く、骨が折れるなぁこりゃ」
「降りる?」
「馬鹿言え。まだ船にすら乗ってないだろ。...それに、好きな人間ほっぽらかして俺は生きれるほど強くないからな。だから、守る。文句は言わせないぞ」
「...そう、期待してみようかしら」
「...さてと、こんなもんかね」
話しているうちに作業を済ませ、達海は立ち上がった。
愛用していた小さなかばんには、自分の大切なものがたくさん詰まっていた。
「それじゃ、帰りましょうか」
「そうだな。...二人も、多分そろそろ帰ってくる」
そう言って、達海は一度時計を確認してみた。指し示した時刻は、普段両親が帰ってくる数分前を指していた。もう時間がないことを、時計が告げる。
零が先にリビングを出る。達海もリビングを出ようとして、そして、振り返った。
「...また、帰ってくるよ。だから...その時まで」
「行くわよー、達海」
遠くから、しびれを切らした零の声が響いた。
「はいはい」
向きなおして、達海もリビングから出る。
そのまま、内から扉を開け、外の世界へと戻ろうとした。
現実と日常を遮るドアが閉まり切るその数秒前、達海は思い出したように呟いた。
「...行ってきます」
---
改めて拠点に戻り、達海は居住区へと向かった。
この居住区というもののイメージを、達海は大きくはき違えていた。
「...意外と、広いんだな」
「ええ。仮眠室みたいな安いものではないわね」
零の部屋に通された達海は開口一番そう口にした。
部屋にはテレビ、棚、クローゼット、椅子が一対、ベッドと、ホテルのような家具が一通りそろっていた。
その上で、風呂とトイレも各部屋についている。
それは簡単に言えば、アパートのようなものともいえた。
「で、俺は今日からここに住むのか?」
「ええ。そういう手はずだけど...」
「...なるほど。じゃあちょっと、荷物陣取らせてくれ」
達海は、自分が持ってきたバッグを部屋の隅に置いた。
これから自分もこの部屋で済むとなれど、もとはというと零の居住スペース。グイグイ行くわけにもいかなかった。
荷物を置いて、達海は椅子に腰かけた。
「さてと...。...なんか、ムズムズするな」
「緊張してるのかしら?」
「かもな。...言えば同棲みたいなもんだからな。...そうでないと分かってはいるけど、気持ちが高まるっていうか...」
結局、達海自身も立派な人間であって、そうした感情はまだ薄れていなかった。
好きな人と同じ場所にいて、それで冷静で入れる方が少ないのではないだろうか。
「...そうね。言いたいことは分かるわ」
「だろ? ...まあ、じき慣れるだろうよ。...多分、それどころじゃ無くなる」
「ええ、分かってるわ」
「...んじゃ、今日はもう寝るか。言った通り、こうしてゆっくりできる日は、今のところ限られてる。...明日を守るために、今日を大事にしなきゃいけないだろ」
「そうしましょう。...さて、シャワーでも浴びてきましょうかね」
ベッドに腰かけていた零はおもむろに立ち上がり、シャワー室へ向かおうとした。
その途中、思い出したように振り向き、達海に告げた。
「ああそう、達海。あなたのベッド、そこだから」
「そこって...」
指で指示された方を見ると、先ほどまで零が腰かけていたベッドがあった。
しかし、ベッドは一つしかない。
それが何を意味するか達海は即座に把握したが、だからこそ、それが思い上がりじゃないことを零の口から聞き出そうとした。
「零は?」
「私もそこよ」
「あ、了解」
「つまらないこと聞かないで。...それじゃ。...入ってこないでよ」
達海に釘を刺して、零はシャワー室のドアをぴしゃりと締めた。一人残されて達海は、ベッドへと向かう。
一応、誰かが洗濯はしているのだろう、ベッドの布団類はとても清潔感が保たれていた。しかし、それでも使用者の匂いは完全には消えていなかった。
「...んまあ、分かってたけど...」
零が使用しているベッドであることを再確認するのに、時間はいらなかった。
「...これじゃ、本当に同棲してるみたいだよな...。まあ、俺としては...ありがたいけどさ」
気持ちが変に高揚している達海だったが、赤面することはなかった。そしてそのまま、ベッドの上に倒れこんだ。仰向けになり、天井を見上げる。
白一面の物寂しい天井に、達海は手を伸ばしてみた。
「...分かってるさ。...強く...ならないとな...」
してそうするうちに、達海をかなり強めの睡眠欲が襲った。零が目覚めない間、任務と零の心配で心の休まってなかった達海は、久しぶりに疲労というものを実感した。
「...」
ほどなくして、達海は眠りについた。取り憑いていた全てが消えたように、穏やかな顔で。
...
気が付けば、達海の頭は柔らかい何かの上にあった。
朦朧とした意識の中で、達海は自分は特に枕も布団も使っていないことを思い出す。
だからこそ、今自分が体感している感触を不思議に思い、重たい瞼を開けた。
「...あ」
達海の頭は、零の膝の上にあった。
それが膝枕であることを知るのに、スリープしていた脳でも3秒もかからなかった。
「え?」
急に達海が目覚めると予想していなくて、達海に膝を貸していた零は声を上げた。
「え、あ、これは...」
「...あ、ありがとう...」
とりあえず、達海はまだ朦朧としている意識、眠ったままの脳で、直感のままに感謝を述べた。赤面する零の顔が映って、ようやく意識が覚める。
「...とりあえず、もう少しこのままいてもらってもいいかな?」
「...いいわよ。今日は、何でも聞いてあげる」
零はどこか疲れの残る顔で、優しく微笑みかけた。達海は零の厚意に甘え、意識を残したまま目を伏せる。
零の表情が達海の瞳に映らなくなったところで、零は語りだした。
「...冷静になった今だから、言わせてほしいことがあるの。...私が、これからの戦い、どうするかって話」
「...そうだな、さっきは結局、俺が一方的に畳みかけただけだった気がするし...」
零が目覚めて、混乱していたのに乗じて自分の言葉を乗せただけで合って、達海は零の意志を聞くことは出来なかった。
一方的に守ることだけが、真実じゃない。
達海はその言葉を受け入れた。
「私は...戦えと言われたら、戦うわ。能力を使わなければいけない場面なら、迷わず使う」
「...そうか」
「達海のことも...その...好き、だけどね。でも、世界を守りたいって気持ちは、それ以上に大切で...譲れないの。だから...。悪夢にうなされても、生きることが厳しくなっても...私は戦う」
「...それが零の意志なら止めないさ。...そうして欲しくないのが本心ではあるけどさ、そうやって一方的に考えを押し付けるの、何か違う気がするんだ。...だから、一緒に考えて、答えを出したい」
共に進むことは、人間の知恵である。
人に生き、人に死ぬ以上、知恵のもとにあるのは理想的な姿と言えた。
零はそれに感謝するように一度頷いて、それでいて達海に続けた。
「...けど、あなたに守ってもらえると言われたの、嬉しかった。今まで何度もいろんな人と縁を持ったけど、そう言ってくれたのはあなたが初めてだったから。...だから、その言葉が嘘じゃないなら...私を守ってほしい」
「分かった」
「...あと、それだけじゃない。...私を守るって言っても、そのために死なないで。...好きになった人を、失いたくないの。だから...」
「分かってるよ」
達海は目を開けて、零の目を見つめて答えた。
それが、自身の気持ちが嘘でないということの証明。零は、達海を信じた。
「...信じてるわ。あなたのこと」
「...答えるさ。好きな人に信じられてるんだ。裏切れるわけないだろ?」
「...そうね。...さ、寝ましょ。明日から忙しくなるわ」
零は膝枕の状態を解いて、自分も就寝の用意を始めた。その間、達海は一度ベッドを綺麗に直しておいた。
その後零が帰ってくるなり、零は布団に直帰した。
達海は、その隣に邪魔にならないように入る。
「ダブルベッドって初めてなんですけど...。...というより、このベッド一人で使ってたんだろ? 狭く感じないか?」
「私は平気よ。...まさか、こうやって誰かが入ると思わなかったけれど」
「そ。...それじゃ、寝ますかね」
「ええ、おやすみなさい」
そうして明かりの消えた部屋、男女二人で何も起きないはずもなく...。なんてことはなく、二人は曇りのない眠りについた。
来るべき、闇のために。今はただ、眠る。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます