第23話β 鍵師


 翌日、達海は少しだるさの残る身体を動かしながら、ガルティアの本部へと達海は向かった。

 しかし、そこで達海を待っていたのは異様な雰囲気だった。


 施設に入った瞬間、すれ違う人一人一人から複雑な視線を送られる。時にはひそひそと声がする。



(...なんか、まずいことしちゃったか...?)


そんな疑問を抱えながら、先日のモニタールームに行くと、また一斉に視線を向けられた。その中で、見知ったところから声がかかる。


「藍瀬、すまんがちょっとこっち来てくれ」


「え? ああ、獅童。了解了解」


 言われるがままに、獅童に連れられて達海は応接室みたいな部屋に連れられた。

 そこには零おろか、黒谷まで座っていた。


 変な緊張感が走り、達海は唾を飲む。



「えっと...今日はどういった要件ですか...?」


「...藍瀬君。昨日の任務中の事、覚えてる?」


「えっっと...白嶺の戦闘の事ですか?」


「違うわ。そのあとのこと」


「あぁ...確か」



 そう言われて、ようやく昨日何があったかを思い出した。

 謎の頭痛の正体。敵の発見。


 多分、こちらのことだろう。



「藍瀬君、コア、ってわかる?」


「それはどのようなものか、って意味の方ですか?」


「違うわ」


 首を横に振り、零はどう伝えたものかと考えながらつづけた。


「えーーっと...。そうね、言い方を変えるわ。藍瀬君、昨日の頭痛の場所、これから行ってもらえるかしら?」


「これから、ですか?」


 そうは言うものの、零の目はいつになく真剣だった。

 その瞳を受けて、達海はうんと頷いた。


 


 そのまま、自分の能力をフルで活用してダッシュで昨日の場所を目指す。

 すると、やはりその道中、昨日同様の頭痛が達海を襲った。


 つけてある連絡機で、獅童に連絡を入れる。



「...今日も、頭痛がするんだけど」


『もうちょっと進んでくれ』


「...了解」


 正直、これ以上進むと頭痛がさらにひどくなる気がしたが、それが命令であれば仕方がない。

 まあ、命を賭ける仕事よりはましだろうと、達海は進んでいった。


 ほどなくして、その体は祭壇みたいな建物についた。

 見たことのない建物に、達海は困惑する。



「...これ、なんだ?」


『...データは取れた。藍瀬、戻ってきてくれ』



 獅童の連絡があったので、達海はきた道を全力で往復することにした。




---





「それで...何を調べたかったわけ?」


「あなたの頭痛の正体よ。知りたいでしょう? 藍瀬君も」


「それは...まあ確かに知りたいですけど...」


 無関心な話題ではない分、断りは入れられなかった。


「まあ、簡単に言えば...あなたには、コアを発見する能力がある、ということよ」


「...コアの発見?」




 言ってることの分からない達海が問い返すと、代わりに獅童が答えた。


「もともと、コアって存在が認識されていないんだ。白飾の大気中に浮かんでいるようなものな分、本元は基本人間には分からない。だから俺たちも、コアがあるところが祭壇と呼ばれる場所は知ってるが、それまで。実物がそこにあるかどうかは離れると分からないんだ」


「それが、俺にあると?」


「...どこまでできるかは知らないが、有体に言えばそう。その正体が、お前の頭痛ってわけだ。祭壇に近づくにつれて、頭痛が強くなったのはその証拠だろう」



 それは、達海に与えられた特別な力だった。

 コアの発見。


 ぼんやりとではあるが、達海にはそれがあった。

 果たして、嬉しいものか、嬉しくないものか。


 少なくとも、笑うことは出来なかった。



「...それって、すごいことなのか?」


「できる人間は限られてるわ。一応、前までそのポストの人間はいたのだけれどね」


「開坂さんですか?」


「そ」


 つまり、先日重要な役割の人間が殺され、そのポストが今見つかりつつあるということみたいだった。

 その結論に至るまでは、意外と早いものだった。



「...なら、俺が開坂さんの代わりになれと、そういうことですか?」


「そこまでは言わないけど...。そうね、その意もあるかしら」


 変な嘘はつかないと、零は半ば肯定の意を示した。

 しかし、組織に与する以上、後釜などのやり方は当たり前のこと。


 達海は、それを飲みこんだ。


「つまり、今日俺が呼ばれたのは、任務内容の更新ってことですか」


 達海はそう口にしてこれまで一言も発さなかった黒谷のほうに目をやった。



「...ふむ、まあ、そうなるな。とはいえ、これまで同様、諜報活動をしてもらうのは変わらないな」


「はぁ...」


「それでもって、私から命令を下すわ。...藍瀬君、これから私の直近の部下として働きなさい」


「...ん?」


「簡単に言えば、昇格よ。感謝なさい」


「...あれ?」


「いいわね?」


「は、はあ...」



 勢いで押され、達海は分からないままうんうんと頷くのみだった。

 数秒して、その意が伝わる。


「...え、いいんすか?」


「実のところを言うとだな」


 間から黒谷が割って入る。



「昨日の連絡。あれがなければコアが被害を受けていたかもしれないわけだ。それを、君の直感の一報のおかげで未然に防げたというわけだ。派手ではないが、勲章物の働きだったわけだよ」


「は、はぁ...」



 それが褒められるべきことであることは達海は分かっていた。

 が、あまりにも実感がなさ過ぎたためか、驚きが隠せないでいた。


 自分としては、ただ違和感のままに動いて、やるべきことをやっただけと思っているわけだから。


 また、急に褒められた分、少し自信が無くなって達海は問ってみた。



「そもそも、俺って諜報部員として、役に立ってるんですか?」


「ええ。新規参入者の割には、相当優秀な方よ、あなたは」


「そう...なんですか?」


「諜報をするにあたって、いくつか必要とされる重要な能力があるわ。そのうちのいくつかを、あなたは持っている。...それだけで、存在する価値があるわ」


「具体的には、どんな?」



 零はあごに手を当てて、しばし考えながら答えた。


「そうね...。まず、昨日のような直感、かしら。コアの位置が大雑把に分かる、というのがもう優秀な力ではあるわね。それを除くにしても、俊敏な行動、命令への従順さ、報告のタイミング、自分で意志を持っての行動、全てにおいて標準値はあるわ。戦力にはなってるわ。安心なさい」


「そうですか。...ははっ」


 達海は目をそらして、乾いた笑いを放った。

 命令への従順さ、とは言ったものの、オペレーターである獅童の言ったことから昨日は一度背こうとしたため、そこだけは素直に受け取れなかった。


 しかし、それ抜きにしても、ほめられたのは素直に嬉しかった。

 


「けど、驕ってはだめよ」


 気づけば、零の気持ちはとっくに切り替わっていた。

 少し浮かれ気分だった達海も、その一言で我に返り、表情から笑みを消した。



「諜報部員だからといって、戦闘に巻き込まれる可能性がないわけじゃないわ。仮にもしそうなった場合、あなたも戦わなければならない。...そこは、分かっていて?」


「分かってます。...極力、そうしたくはないですけど」


 自分の能力で、誰かを傷つけることができる。

 けれど、極力達海はそうしたくなかった。


 しかし、それを簡単に許してくれないのが、この闇社会というもので。

 零は、一層強いまなざしを達海に向けた。厳しい声音で達海をたしなめる。



「...いい? 藍瀬君。あなたがむやみに自分の力を傷つけるためにふるいたくないのは分かる。...でもね、この世界はその油断の一つで、命を落とすことになるわ。...ましてや今は戦争中。都合のいい話はないのよ」


「そう...ですね」


「死にたくないから殺す。簡単な話よ。...この世界に入った瞬間から、命乞いをする権利なんて私たちにはないの。だから、戦うしかない。...気づきなさい」


 零が代表してその言葉を告げるが、黒谷も獅童も同じような瞳をしていた。

 単に達海に覚悟が足りていないことを示唆するように。


 そこでようやく、達海は己の無力を知る。

 それでも、戦わなければ生き残れない世界なら、その力をふるうしかない。


(弱さなんて持ってたら...即死だよな)


 つまり、切り替えるしかない。

 日常の浮かれ気分は、もういらない。

 この世界には、この世界のおきてがある。


 郷に入って郷に従うべく、達海は覚悟を決める。

 一度深呼吸をして、息の代わりに言葉を吐き出す。



「...分かりました。今後、気を付けます」


 その瞳の色が変わったことに気づいたのか、三人はそれ以上は何も言わなかった。


「そう。それでいいの。...さて、この話は終わりかしら」


「そうだな。それじゃ、俺もそろそろ業務に...」


 そう言って獅童が先に退出する。


「では、私も店の準備があるのでね」


 黒谷の理由はかなり私情のものだったが、止めることは出来ず、黒谷も部屋から退出した。


 部屋には、達海と零の二人のみ残った。

 

「...さて、藍瀬君」


「はい」


「改めて、よろしく頼むわ」


「いいんですけど...具体的に何をすればいいんですか?」


 

 零の直属になったのは分かるものの、それで業務内容がどう変わるというのだろうか、ということである。

 零は達海の目を見ずに答えた。


「簡単よ。私が必要としたとき、私の隣に来なさい。それ以外は、現在のところいつもどおり諜報に徹して頂戴」


「えぇ...よくわからないですね」


「要するに、私があなたを必要としたときに、私の傍に来ること。それがあなたの仕事よ。そこで何をするかは、状況次第ね」


「時によっては戦うことも?」


「あるわ。...まあ、私がいれば百人力よ。安心なさい」


「は、はぁ...」


 零の言っていることは、えらくお嬢様の思考のようなものだった。

 実際、零のガルディアにおける身分は高いので、そうしたこともあるのだろう。


 達海は湧いてくる疑問の全てを押さえつけた。


「とりあえず、そうします」


「ええ、そうしなさい。...そろそろ、白学も復活する。そっちの諜報も頼むわよ」


「分かりました。...あと、その途中で会長に呼ばれたら俺はどうすればいいですか?」


「来なさい」


「あ、了解です」



 


 果たしてこれが昇格なのかどうか、達海には判断が付かなかった。

 

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