第22話β 心眼の兆し


 本格的に命令が下って数日。

 達海は、忠実にその任務を全うしていた。


 日中は平装を装いながら過ごし、夜になっては街のいたるところを捜索する。

 とはいえ、自分以外の能力者がどちらの所属かなど、新米である達海には分かるはずもなく。


 だからせめて、市内で何が起きているかを達海は逐次報告するにとどまっていた。



 無線の奥からモニター班である獅童の声が聞こえる。


『藍瀬、CからBブロックへ移動。道中の様子を観察してくれ』


「CからB? ちょっと待て、ルートを確認する。...了解。このあたり、モニター薄い?」


『もともとはあったんだがな、数日前の戦闘で破壊されて以降、新築してない。というわけだ、頼むぞ!』


「了解」


 手短に言葉を返し、先ほど端末で確認した道を進む。

 すると、その道中、達海の鼻腔を煙臭い何かが付いた。


(銃...なのか?)


 数日の間で何度か感じた匂いなため、おそらく間違いないだろうと達海は踏んだ。そうして、少しばかり警戒心を強める。


 匂いが新しい。...つまり、戦闘がすぐ近くであった。もしくは...


「!!」


 サプレッサーがついていたためか小さかったが、確かに達海は銃の音を聞き取った。そして、戦闘が近くで起こっていることを改めて認識する。

 

 背中に冷や汗が走る。

 どれくらいの距離だろうか? 人数はどれだけいるだろうか? その比率は? 戦局は?


 一瞬も、油断が許されない状況で、達海は声を小さくしながら獅童に連絡を入れた。


「こちら達海。...獅童、近くで戦闘が起こってる。そっちにデータはいってるか?」


『確認する。...いや、入ってない。始まったばかりかもしれない。近づいてくれるか?』


「了解...!」


『よし、近づいたら連絡をくれ』



 こういった会話は大事ではあるものの、それで敵方に気が付かれては元も子もない。だからこそ、その長さは意識しなければならない。



 手短な連絡を終え、達海は音を頼りに足を進めた。

 進んでいくにつれ、次第に道は細くなる。地理的な不利を考えると、ここで戦闘はしたくないと思う達海であったが、どうやら戦闘はすぐそこで行われているみたいだった。


 一人の男性の姿が目に映る。手にしているサプレッサーのついたピストルを見つけたとき、達海は音の正体がここだと確定できた。


「...見つけた。数は...」


 目を凝らして、動きを確認する。どうやら合計5人ほどの人数が戦っていた。

 ...もともとは8人だったのだろう。すでに屍となっていた人間が、その足元に3つ転がっていた。


 達海はそれに気づき、少し目をそらしてその人数を獅童に伝えた。


「数は5。...どちらの所属かはここからでは確認できないが、死体が3。...どうすればいい?」


『所属不明なのが気にかかるな...。うちは戦闘する人間に発信機が付いてるはずだから、本来は戦闘している人数がこちらで把握できるはずなんだが...。どういうことだ?』


「...通信ジャマー系の能力ってあるのか?」


『分からないが...その方向で見た方がいいだろう。あるとすれば磁力操作...電力操作...。...待て、電力? そうか...。...可能性がある以上、慎重に動いた方がいい』


「どういうことだ?」


『...とりあえず、経過観察をしてくれ。...もし、高校生くらいの少女がいたら、引いた方がいい』


「え?」


『いいな?』


 通話越しの獅童の声は焦りと緊張感を孕んでいた。それに事の重大さを感じた達海は、獅童の言葉に黙って従うことにした。


 建物の隅に隠れて、見える範囲で戦闘を追う。

 銃撃、斬撃、不可思議な能力。


 その全てを目で追って、そして...



 達海の瞳は、見覚えのある一人の少女を捉えた。




 それはあまりにも意外で、信じたくない光景で、達海は思わず声を上げた。



「白嶺...?」


 もう一度瞳がその姿を捉える。顔まで確認できた今回は間違えようのなかった。




 そこにいたのは、舞だった。

 


 達海は動揺を表に出さないように、獅童に連絡を入れる。


『報告どうぞ』


「...白嶺、で、間違いないのか?」


『...やっぱりか。藍瀬、ポイント更新だ。今すぐこの場を離れろ』


「やっぱり、ソティラスの能力者なのか...?」


『ああ。それも、バリバリの武闘派だ』


「でも...」


『奴は危険だ。...それとも、死にたいのか?』


「...了解」


 まだ、死にたくない。

 その一心があるからこそ、達海は不満を残しながらも、その場を立ち去った。考えるのは後でもできる。命さえある限り。


 戦闘の現場から離れて、比較的安全地帯である肺ビルの中に隠れた達海は、落ち着いて獅童に連絡を入れることにした。



「こちら達海。...戦闘区画から離脱」


『了解。移動ポイント、並びにルートはこっちで考える。しばらく時間をもらうぞ』


「なあ、獅童。...やっぱり、白嶺がソティラスの能力者ってことは、桐もそうなるのか?」


『風音か? ...まあな。行動している雰囲気で把握はつくだろ』


「だよな...」


 学校にいたとき、舞が桐にべったりだった理由を、達海はここでようやく理解した。

 一番理解したくなかったタイミングで。



『あいつらはヤバい。並の能力者で勝てると思わない方がいい』


「そんなになのか?」


『それぞれS型の能力者だからな。...それを抜きにしても、戦闘訓練の量が違う。戦うべくして戦ってる人間だ』


「そう...なのか」


 仲良くしていた人間が、あってほしくなった状態だった時、人間はどうするのが正解だろうか?

 悲しむべきか。考えないべきか。


 未熟な達海は、その解にたどり着くことは出来なかった。


 戦う覚悟もできない。だからこそ、今は引いて正解だったと思える。

 少し震える声音を抑えて、達海は獅童に話しかける。



「そういえば...獅童は能力者なのか?」


『...ん? ああ。言ってなかったか。とはいえ、気づいてただろ?』


「組織に入ってから、それなりには...。けど、能力までは知らない」


『まあ、今は任務中だ。その話は今度してやる。...それより、ほら、ポイント更新したぞ。データを送る』


 ほどなくして、達海の端末に次なる指示が送られた。

 さきほどの戦闘区画を大きくそれているそのコースにありがたみを覚えつつ、達海は了解の意を告げる。


「これでいいんだな?」


『ああ。こちらは比較的大通り沿いな分、戦闘は少ない。...その分モニターが少ないんだ。足りない部分の補填、頼む』


「承知」


 そして、達海はその場をようやく動いた。

 じっくり時間をかけて考えたいことはいくらでもある。


 しかし、今は任務中なのである。

 余計な雑念は、そこには必要なかった。


---



 命令された通りのポイントで達海は監視を行う。

 が、案の定反応はなかった。


 人の毛もしなければ、近くで戦闘の様子もない。

 一応確認のために、獅童に連絡を入れてみることにした。



「こちら達海。...一応、目下で戦闘は確認できないけど...そっちで情報は入ってないか?」


『ないな。まあ、懸念していた通りだ。...それより藍瀬。そろそろ交代の時間じゃないか?』


「え、もう時間か?」


 改めて達海が端末に表示されている時間を見てみる。時刻は夜の2:00あたりを挿していた。

 最初は少し眠気混じりの仕事だったが、いつの間にかその緊張感により達海は眠気を感じることは無くなっていた。


 そうなれば、時間が経つのも早く感じる。

 今日もいつの間にか自分の勤務時間を終えようとしていた。


「...もう、こんな時間なんだな」


『どうだ。慣れたか?』


「恐ろしいくらいに。...けど、全く眠たくないのが不思議だ」


『そんなもんだろうな。...さて、交代要員がどれくらいで準備できるか。連絡を入れるから少し待ってろ』


 そうして獅童はミュート状態となる。

 その間、達海はぼーっと遠くの方を眺めていた。


 真っ暗な夜空。星もない。

 しかし、誰も通らないはずの道には明かりがともっている。


 だからこそ、白飾の夜は明るかった。

 おびただしい大きさの闇を孕んでいながら、である。


「...ん?」


 それはふとした瞬間だった。

 何気なく、達海は西側の空が気になった。


 そちらの方向を向くと、少しばかりの頭痛が達海を襲った。


「...っ!? なんだ...これ? 気味が悪い...」


 吐き気とかそういうものではなく、どこか居心地の悪さが達海を襲った。

 その理由は分からなかったが、気になった達海は獅童に問ってみることにした。



「獅童、獅童」


『...ん、なんだ?』


「ちょっと様子のおかしい箇所があるんだ。偵察行っていいか?」


『レーダーには何も映ってないが?』


「念のため。...大丈夫。戦闘には注意する」


『...了解。一応、サポートはする』


 獅童の了承を受けて、達海は足早に目的地を目指した。

 それは特別どこかと分かるものではなかった。どこか消えない胸騒ぎだけを頼りに、達海は進む。



 能力を使用し、重力負担を減らし、全力で加速。

 

 進むにつれ、達海の頭痛はだんだんと大きくなっていった。

 頭痛を後目に進み続けると、今度は人の気配を感じた。


 達海は近くの建物に身を寄せ、その観察を行う。

 見れば、10人弱の人間がどこかを目指してひそかに行動していた。


 普通は敵と味方の区別もままならない達海だったが、今回ばかりはそれがソティラスの人間であると断定で来た。

 事の急を獅童に伝える。



「こちら達海。...獅童、目の前にソティラス団員。人数は1、2、3、...9? 9だ」


『嘘だろ...? 確認する。少し待て...。...間違いない。しかもここは...祭壇近くか!?』


 獅童の声音が一気に変わる。


『少し待て! 祭壇付近の人間に指令を出す!』



 そういうなり獅童は一方的に通話を切った。

 やがて数十秒後、獅童は通話に戻ってきた。


『...よくやった藍瀬。今の情報は助かった』


「役に立ったのはいいけど...。...結局、なんなんだ? おまけに変に頭痛がするし...」


『...藍瀬、今日はもう交代しろ。そして明日昼頃、本部に来い』


「え、了解」


『じゃあ、そういうわけだ。切るぞ』


 そう言い残して、獅童は再び一方的に通話を切った。そのまま、次繋がる気配もないことを悟って、達海は踵を返した。


 頭痛の正体が知りたい達海ではあったが、おそらくこのまま進んでは先ほどの連中と鉢合わせになるだろう。

 それだけは避けたい達海は、おとなしく変えることにした。




 しかし、そんな疑問を抱えたまま眠りにつけるはずがなかったのは、言うまでもない。



 

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